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ぽっちゃり女子×犬系男子26
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「うわっ、私、ヒトデ初めて触ったかも~!」
「思ったより柔らかいね。」
今日は梨香さんと砂本さんと陽介くんと一緒に水族館に来ている。
半年ほど前に夏目荘から車で20分ほどの所にできたこの水族館に、結局誰も行っていないということに、私たちは気付いてしまったのだ。
「次はふれあいコーナーに行きたいです!」
そしてここの素晴らしい所は、水族館に、小動物とふれあえる場所が併設されていることだ。
元気いっぱいの梨花さんを筆頭に私たちはふれあいコーナーへと向かった。
「うわあ!」
うさぎ、モルモット、カピパラ、さらには犬と猫まで、ここではたくさんの動物と触れ合えるようだ。
私はふらふらとうさぎとの触れ合いコーナーへ吸い込まれていく。
ぴょんぴょんと跳ね回る子や、隅の方で動かない子、人懐っこく人間の周りをうろうろしている子なと、様々だが…
…かわいすぎる。
私は小動物が大好きだ。
実家で、小さい頃はハムスターに金魚、そして、今では猫を2匹飼っている。
ふわふわもふもふの生き物はどうしてこうも癒されるのだろうか。
どの子と仲良くなろうかと見渡していると、隣でふふふと笑う声が聞こえてきた。
はっとして横を見ると、にこにこと笑う陽介くんがいた。
「花ちゃん、動物が好きなんだね。目がすごいキラキラしてる。」
かわいい。
そう呟いた陽介くんに大きく頷く。
「本当にかわいいよね!私、あの白い毛の子と仲良くなりたいなあと…」
さっき決めたうさぎを陽介くんに紹介していると、なぜかぽかんとした陽介くんだけど、そのままゆっくりと笑みを深めた。
「っ?」
まただ。また、あの文化祭の日の朝の、あの笑顔だ。
とろけるような、思わず目を反らしたくなるような甘い笑み。
とたんに心臓がどきどきと落ち着かなくなって、私は彼からぱっと目を反らした。
「ちょっとあの子に挨拶してくるね。」
緊張で固くなった声でそう言って陽介くんの側を離れるけど気配で陽介くんが後ろからついて来ているのが分かる。
ううう。
緊張するよ~。
いつの間にか梨香さんたちの姿が見えなくなってしまった。
陽介くんと2人だと気付いてしまうと、途端に自分の行動全てがぎこちないものになっていくのが分かる。
そしてうさぎには…
「えっ」
「あれっ」
側に行くと逃げられてしまう始末…
今まで動物には好かれるタイプだと思っていたのに…
がっくり肩を落として近くのベンチに座る。
そう言えば陽介くんはどこに行ったんだろう?
キョロキョロと辺りを見渡していると、前の方から歩いてくる陽介くんを見つけた。
「花ちゃん!」
満面の笑みを浮かべて私の側に来た陽介くんの腕にはあの白いもふもふちゃんが…
腕の中にすっぽり収まった白いうさぎは安心したように鼻をヒクヒクさせている。
うさぎを抱っこしている陽介くんにも、陽介くんに抱っこされているうさぎにも、羨ましいという感情がわいてくる。
「わあ…」
思わず陽介くんたちを見つめてしまっていると、にっこりと笑った陽介くんは私の隣に座って、ゆっくりと白いうさぎを私の膝の上に乗せてくれた。
太ももに微かに触れた陽介くんの体温に思わずどぎまぎしていると、
「花ちゃん、手!手を!」
少し焦ったような声にはっと我に返り、うさぎにそっと手を添えた。
ふわふわで柔らかく、私の腕の中で落ち着いているうさぎを見て、どんどん顔が緩んでいく。
「ありがとう陽介くん!どうやってこの子と仲良くなったの?」
「飼育員さんに教えてもらったんだ。名前を呼ぶと信頼関係を築きやすいって。」
ね、ユキミちゃん。
白いうさぎ改め、ユキミちゃんは名前を呼んだ陽介くんを見て、耳をぴくぴくと動かした。
「うわあ、すごい!賢いんだね!」
ユキミちゃんの顔を覗き込むと、恥ずかしそうに顔を伏せた…ように見えた。
「かわいいなあ」
ユキミちゃんが膝に来てくれてから、私の頬は緩みっぱなしだ。
「そうだ…ユキミちゃんの写真を…」
そう思い付き、カバンに手を伸ばそうとするも、ユキミちゃんがどこかに行ってしまいそうで中々スマホを取ることができない。
すると、
「花ちゃん、よかったら撮るよ」
スマホを持った陽介くんがにこにこと私を見ていた。
「え、いいの?」
なんて優しいんだろう!
私はユキミちゃんを心持ち陽介くんの方に向ける。
「ユキミちゃーん!」
優しく名前を呼んで、微笑む陽介くんは本当に素敵だ。
きらきらしている。
「おっ、撫でさせてくれるの?」
そう言ってユキミちゃんに優しく触れる大きくて骨張った手。
彼の大きな瞳には、ユキミちゃんが映っている。
いいなあ…
『花ちゃん!』
そう言って私に満面の笑みをくれて、私の頬に触れるのは陽介くんの大きな手…
「…ちゃん!」
「花ちゃん!」
横から顔を覗き込まれ、はっと我に返る。
え、私今何考えてた?
と、とんでもない妄想を…!
きょとんとした陽介くんの表情に、ますます羞恥心が煽られる。
「じゃあ撮るよー!」
でも、そんな私を気にした様子もなく、陽介くんは私たちにむかってスマホを構える。
「陽介くん、ありがとう。でも、写真はユキミちゃんだけで…」
そんな、陽介くんに写真を撮ってもらうなんて…恥ずかしすぎてつらいです。
心の中で必死に首を振っていると、陽介くんはいいことを思いついた!とでもいうように、ふわりと笑った。
「じゃあみんなで一緒に写真撮ろう!」
あれよあれよと私の側にきた陽介くんは自撮りしようと長い腕を伸ばす。
いきなり近付いた距離に、ふんわりと香る優しい洗剤の匂い。
ひい!いい匂いがする!
今度は違う意味でつらい!
「ごめん花ちゃん、もうちょっと近付いてもらってもいいー?」
そんな私の心情を知る由もない陽介くんはなんてことないようにそんなことを言う。
……もう、どうにでもなれ!これはラッキーチャンスだと思っておこう。
ユキミちゃんを抱え直し、私は陽介くんにぐっと近付いた。
*
あの後、存分にふれあいコーナーで楽しんだ私たちは夏目荘へと帰ってきた。
「見てください!これがユキミちゃんです!すごいかわいかったんですよー!」
「これ、ポニーのララくん!おめめくりっくりで愛らしかったのー!」
リビングはそれぞれが見つけた推しの発表会が行われている。
「砂本さんは、お気に入りの子できました?」
端っこのソファで静かにスケッチをしていた砂本さんは私の質問ににっこりと笑った。
「この子、とても優しい子でね。帰るまでずっと僕の側に座っていたんだ。」
ジュンくんっていうんだ。そう言って見せてくれたスケッチブックには、かの有名なアニメに出てくる大型犬と同じ種類の犬の絵が描かれていた。
口角を上げて舌を出している様子はまるで笑っているようだ。
「うわあ、かわいいですね!」
「彼らは本当にすごいよね。無条件の愛情をためらいもなく与えてくれくんだから。」
微笑みながら、鉛筆を止めない砂本さん。
「そういえば…」
犬の絵を見て思い出した。
「新作は順調ですか?」
犬と女の子のお話をかくと言っていた。
すると砂本さんは少し眉を下げて微笑んだ。
「だいたいは決めたんだ。これからきちんと細かい話の流れ、セリフを決めるんだけど…」
これが中々大変なんだよ。
おもしろいように話す砂本さんだけど、絵本をかくのは、本当に大変だと思う。
砂本さんのたくさんの葛藤や努力の上にあんなに素敵な絵本たちがあるということを忘れてはいけない。
「そうですよね…」
「私にも、何かお手伝いできることがあったらいつでも言ってくださいね。」
きっと何もできないと思う。けれどもそう言わずにはいられない。
すると、砂本さんはきょとんとした後、いつものように優しく微笑んだ。
「そう言ってもらえると心強いな。花ちゃん、ありがとう。」
2人でにこにこと笑い合っていると、
「え、何これ可愛すぎるんですけど~!」
推しの見せ合いっこをしていた梨花さんが、楽しそうな声を上げた。
「ちょ、スマホ返してくださいよ!」
そんな梨花さんに対して、焦ったように声を上げる陽介くん。
ユキミちゃんの写真かな?と思いつつ姉弟のように仲の良い2人を見て思わず笑ってしまった。
*
「本当に返してくださいって!」
花ちゃんがもうこちらを見ていないと確認したところで急いで梨花さんの手からスマホを奪還する。
「花ちゃんに見られたら大変じゃないですか。」
「え、でもこれもちゃんと花ちゃんに送るでしょう?」
「まあ、あ、いや…」
スマホにうつるのは、花ちゃんとユキミちゃんのツーショットだ。
恥ずかしがっていた花ちゃんに内緒で撮ってしまった。
照れたように目線をウロウロさせる花ちゃんはどうしようもないほどかわいかった。
そして写真には俺に撮られてるとも知らず、嬉しそうに頬を緩ませて、ユキミちゃんを大事そうに抱っこする花ちゃん。
はあ、天使…!
そして、花ちゃんとユキミちゃんと俺で撮ったスリーショット。
花ちゃんと写真が撮りたい。
花ちゃんの写真が欲しい。
そんな私利私欲にまみれた気持ちでつい「写真撮るよ」なんて言ってしまったけど。
これは…本当によかった!
写真を見ながら思わず緩んでしまう頬。
「幸せそうでよかったけど、本人がそこにいるんだから普通に顔見て話してこればいいのに。」
とうとうストッパー外れてきたわね。隠れストーカーにならないように気をつけて。
呆れて少し引いたように笑う梨花さんに思わず首を傾げると
「心よ心のストッパー。」
花ちゃんに対してのね。
俺にすら聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いた梨花さんは
「お風呂はいってきまーす!」
と颯爽と消えていった。
一瞬呆気に取られたが、俺はすぐに頭を抱えた。
梨花さんにも花ちゃんが好きだとバレている…!
なぜ、こんなにも俺の周りには鋭い人ばかりなんだ!
それに、ストーカーだなんて…!
失礼な、と思ったが、本人の了承を得ずに撮ったこの写真はもしかして、盗撮と呼ばれるものなのだろうか…
でも、でも消したくはない!絶対!
俺は再び頭を抱えた。
*
部屋に戻ってからしばらくすると、
『今日はありがとう。楽しかったねー!』
その文面と共にたくさんの写真が陽介くんから送られてきた。
そこにはユキミちゃんのかわいいショットがずらりと並んでいる。
陽介くん、すごく写真撮るの上手…
そして、
「うわあああ…」
最後に送られてきたのは陽介くんとユキミちゃんと撮ったスリーショット。
大きな口を思いっきり広げて笑う陽介くんはいつものキラースマイル。
ユキミちゃんはどこか向こうを向いている。
そして、陽介くんの側にはぎこちない笑みを浮かべる私…
…もう自分の顔はもう見ないことにして、陽介くんの顔をぐっとアップにする。
…なんで同じ人間なのにこんなにかっこいいんだろう?
いつもキラキラとしている黒目がちな目も、大きい口も、小さめな鼻も、そしてふわふわの髪の毛も…
全部全部素敵だ。
普段じっくりと見れないぶん、写真で思いっきり観察してしまう。
陽介くんのことを考えながら、口元がにやけている自分にハッと気がついて我に返る。
だめだ…最近本当に変態みたいだ。
ぶんぶんと首を振って、そしてふと気づいた。
陽介くんはもしかして私のためにユキミちゃんを連れてきてくれたのではないだろうか。
白い子と仲良くなりたいと言いながらも逃げられてしまった私を不憫に思ってくれて…
いや、分からない。たまたまだったかもしれない。
でも、そうだったとしても、陽介くんは優しい。
心がじんわり温かくなっていくのを感じていると、
トントンとドアがノックされた。
ドアを開けるとそこには…
「陽介くん…!」
にこにことした陽介くんが立っていた。
「花ちゃん!ちょっと話いいかな?」
そう言う陽介くんに頷いて
「うん!中にどうぞー!」
体を隅へと寄せた。
すると陽介くんは迷うように視線を彷徨わせて…
彷徨わせて…
「…陽介くん?」
全然中に入らない陽介くんにもう一度声をかける。
すると、
「ご、ごめん。お邪魔します!」
ハッとしたように私を見た陽介くんは急いで部屋の中に入った。
…?
大丈夫かな?疲れてるのかな?
心の中で私は首をかしげた。
丸テーブルを囲んで座った私たち。
陽介くんはそっと口を開いた。
「あにぉ…」
…あにぉ?
噛んだのか、と思った瞬間、陽介くんの耳が一気に赤くなったのが分かった。
かわいい、かわいすぎる。
思わずにやけてしまいそうになるけど、そこはぐっとこらえる。
「11日のことについて話したいなあと思って!」
でも、さすが陽介くん、すぐに笑顔になってそう言った。
「わあ、もうすぐだもんね!」
プレゼントも買ったし、着ていく服も決まっているし、準備万端だ。
「当日は13時出発でいいかな?」
「うんもちろん!」
元気よく返事した私に陽介くんは優しく笑った。
「ご飯はここで食べようと思ってるんだ。」
と陽介くんがスマホで見せてくれたのは、おしゃれなイタリアンレストランのホームページだった。
「うわあ!すごく素敵だね!」
思わずテンションが上がっていると、陽介くんも嬉しそうに笑った。
「よかった。じゃあそろそろ部屋に戻るね。」
そう言って立ち上がった陽介くんに、今まで聞きたかったことを尋ねてみる。
「ちなみに、陽介くんのお誕生日会の時は、何人くらいくる予定?」
私の知り合いがいるのか、男女比はどのくらいか知っていることは心の準備に大変役に立つ。
すると、ゆっくり振り返った陽介くんは困ったような顔をしていた。
?
何かまずい質問だったかな。
「それって11日の話?」
「うん!」
すると、陽介くんは悲しそうに眉を下げて再び私の隣に座り直した。
「花ちゃん…」
「うん?」
「11日は2人で遊びに行こうと思ってた…」
「…え?」
思わず目を見開いて陽介くんを見てしまう。
「もしかして、ずっと何人かで出かけると思ってた?」
困ったように微笑む陽介くんにこくんと頷くと、陽介くんは寂しそうに笑った。
その様子にもしかしたら彼を傷付けてしまったかもしれないと思った。
「違うの!今まで2人でおでかけしたことなかったから、今回もグループだと思ってて!」
かわらず寂しそうな笑みを浮かべたままの陽介くんに
「勘違いしててごめんなさい。」
心からの謝罪を込めて、頭を下げる。
すると、
「いや、違うんだ花ちゃん!頭をあげて!」
焦ったような陽介くんの声に恐る恐る顔を上げると、困ったように笑う、けどさっきとは明らかに違う温度の笑顔があった。
ほっとして私も口元が緩む。
陽介くんを傷付けた自分への罰だ。恥ずかしいけど、本人に笑顔で本音を伝えることとしよう。
私は大きく息をすって考える。
私が好意的な言葉をかけると、拒否されてしまうかもしれない。え、もしかして俺のこと好き?いやいややめてくれよこんな太ってる人。
なんて陽介くんは絶対に思わないと思う。思わないと思うけど、世間の反応は大抵こんな感じだと思う。
だからあまり自分の本音は言わない。誰かが私の好意を感じて、それのせいで心を閉ざされたくないから。
でも、陽介くんは私を2人でお出かけに誘ってくれたし、嫌われてはないはず。だから本音を少し言っても大丈夫なはず。
好きな人の前では臆病で、好意を知られたくなくて、気付いたら自分の素直な気持ちは出さなくなってしまった。そして陽介くんに言う言葉も頭の中で組み換えて組み換えて伝える。
「「陽介くんのことが好きだから、誘ってもらえて本当に嬉しい。でも、私と出かけても楽しんでもらえるか不安。でも本当に楽しみ。」」
なんて本音は口が裂けても言えない。
でもいいの。拒否されるよりは。
「陽介くんといるといつもとっても楽しいから、11日お出かけするのも本当に楽しみ!」
笑顔でそう伝えると、なぜか本当に困ったような顔になってしまった陽介くんは
「あーーー!俺もっ!楽しみにしてるから!」
と元気な声で言ってから素早く部屋から出て行ってしまった。
……やっぱり言わなければよかった。言わなければよかった!もう!絶対引いてたよね…
恥ずかしくて耐えきれなくて、後悔で目頭が熱くなるのを感じた。
……2人でお出かけか。
それなら…
私はあるキーワードを検索ボックスに入れた。
*
とうとうやってきた陽介くんのお誕生日。
出発時刻の2時間前、私は千紗とビデオ通話をしていた。
それはもちろん、私のいろんなもろもろを見てもらうため。
「ねえ、メイクはこれでいいかな?」
スマホに顔を近づけて千紗に確認してもらう。
「ブラウン系?ばっちり!かわいいじゃん!」
笑顔でそう言ってくれる千紗にほっとする。
「この前一緒に買ったワンピース着てくね。」
ワンピースを着た後、全身鏡の方にスマホを移動させる。
「もー、ほんとかわいいわよ花!陽介くんもメロメロ!」
大きい声で褒めてくれる千紗に「壁が薄めだから…」とトーンを下げてくれるようお願いする。
すると千紗はごめん!と言った後、「花…」と真面目な声で私を呼んだ。
「ん?」
「楽しんでね。陽介くんが自分の誕生日に私と一緒に出かけたいと思ってくれたんだ!って、自信を持って。」
「陽介くんなら存分に知ってるだろうけど、花の優しくてかわいくて楽しいところ、思いっきり見せつけてやりなね。」
そう言って微笑んでくれた千紗に心がじんわりと温かくなる。
2人で出かけると知ったあの後、私はすぐに千紗に電話を掛けた。彼女の第一声は「やっぱり⁉︎知ってた!」だった。
そして私は遊びに行った時に千紗が言った「ほんと何言ってんの花!」という言葉を思い出した。
そうか、あの時から千紗は気付いていたのか。
「そうなの⁉︎」
「そりゃあ…うん。楽しんでおいで!プレゼント、万年筆にしてよかったでしょ?」
お菓子もいいけどやっぱり残るものが嬉しいわよ!と千紗にからかわれた後、話題は大学のことに移った。
“長い時間2人きりで過ごしたことがないから不安だ。”
“陽介くんは私と一緒に出かけて果たして楽しいのだろうか。”
“もし何かがあって、陽介くんに嫌われるようなことがあったらどうしよう。”
他のことを話していても、私の心の中はそんな不安な気持ちで埋め尽くされていた。
でも、こんなことは言えない。
千紗は私が自信を持っていないことを知っているけど、こんな面倒な気持ちを彼女に伝える勇気はない。
だからその日は他愛のない話をしてそのまま電話を切った。
陽介くんの誕生日のために、できる準備は全部した。
ここ一週間は筋トレもいつもより頑張った。
ネットで話すと楽しそうな話題も調べてみた。
でも不安だった。
だから、今、千紗のこの言葉に救われた。
「うん…。本当にありがとう。」
そう伝えると、千紗は「連絡まってるわ。」と照れたように笑った。
気づけば約束の時間の10分前。
と言っても夏目荘の玄関先だけど。
もう一度全身鏡で自分をくまなくチェックする。
「ふう~」
大きな深呼吸をしてにっこり笑顔を作る。
「…よしっ」
いつもより少し早い自分の鼓動を感じながら、私は部屋を出た。
「思ったより柔らかいね。」
今日は梨香さんと砂本さんと陽介くんと一緒に水族館に来ている。
半年ほど前に夏目荘から車で20分ほどの所にできたこの水族館に、結局誰も行っていないということに、私たちは気付いてしまったのだ。
「次はふれあいコーナーに行きたいです!」
そしてここの素晴らしい所は、水族館に、小動物とふれあえる場所が併設されていることだ。
元気いっぱいの梨花さんを筆頭に私たちはふれあいコーナーへと向かった。
「うわあ!」
うさぎ、モルモット、カピパラ、さらには犬と猫まで、ここではたくさんの動物と触れ合えるようだ。
私はふらふらとうさぎとの触れ合いコーナーへ吸い込まれていく。
ぴょんぴょんと跳ね回る子や、隅の方で動かない子、人懐っこく人間の周りをうろうろしている子なと、様々だが…
…かわいすぎる。
私は小動物が大好きだ。
実家で、小さい頃はハムスターに金魚、そして、今では猫を2匹飼っている。
ふわふわもふもふの生き物はどうしてこうも癒されるのだろうか。
どの子と仲良くなろうかと見渡していると、隣でふふふと笑う声が聞こえてきた。
はっとして横を見ると、にこにこと笑う陽介くんがいた。
「花ちゃん、動物が好きなんだね。目がすごいキラキラしてる。」
かわいい。
そう呟いた陽介くんに大きく頷く。
「本当にかわいいよね!私、あの白い毛の子と仲良くなりたいなあと…」
さっき決めたうさぎを陽介くんに紹介していると、なぜかぽかんとした陽介くんだけど、そのままゆっくりと笑みを深めた。
「っ?」
まただ。また、あの文化祭の日の朝の、あの笑顔だ。
とろけるような、思わず目を反らしたくなるような甘い笑み。
とたんに心臓がどきどきと落ち着かなくなって、私は彼からぱっと目を反らした。
「ちょっとあの子に挨拶してくるね。」
緊張で固くなった声でそう言って陽介くんの側を離れるけど気配で陽介くんが後ろからついて来ているのが分かる。
ううう。
緊張するよ~。
いつの間にか梨香さんたちの姿が見えなくなってしまった。
陽介くんと2人だと気付いてしまうと、途端に自分の行動全てがぎこちないものになっていくのが分かる。
そしてうさぎには…
「えっ」
「あれっ」
側に行くと逃げられてしまう始末…
今まで動物には好かれるタイプだと思っていたのに…
がっくり肩を落として近くのベンチに座る。
そう言えば陽介くんはどこに行ったんだろう?
キョロキョロと辺りを見渡していると、前の方から歩いてくる陽介くんを見つけた。
「花ちゃん!」
満面の笑みを浮かべて私の側に来た陽介くんの腕にはあの白いもふもふちゃんが…
腕の中にすっぽり収まった白いうさぎは安心したように鼻をヒクヒクさせている。
うさぎを抱っこしている陽介くんにも、陽介くんに抱っこされているうさぎにも、羨ましいという感情がわいてくる。
「わあ…」
思わず陽介くんたちを見つめてしまっていると、にっこりと笑った陽介くんは私の隣に座って、ゆっくりと白いうさぎを私の膝の上に乗せてくれた。
太ももに微かに触れた陽介くんの体温に思わずどぎまぎしていると、
「花ちゃん、手!手を!」
少し焦ったような声にはっと我に返り、うさぎにそっと手を添えた。
ふわふわで柔らかく、私の腕の中で落ち着いているうさぎを見て、どんどん顔が緩んでいく。
「ありがとう陽介くん!どうやってこの子と仲良くなったの?」
「飼育員さんに教えてもらったんだ。名前を呼ぶと信頼関係を築きやすいって。」
ね、ユキミちゃん。
白いうさぎ改め、ユキミちゃんは名前を呼んだ陽介くんを見て、耳をぴくぴくと動かした。
「うわあ、すごい!賢いんだね!」
ユキミちゃんの顔を覗き込むと、恥ずかしそうに顔を伏せた…ように見えた。
「かわいいなあ」
ユキミちゃんが膝に来てくれてから、私の頬は緩みっぱなしだ。
「そうだ…ユキミちゃんの写真を…」
そう思い付き、カバンに手を伸ばそうとするも、ユキミちゃんがどこかに行ってしまいそうで中々スマホを取ることができない。
すると、
「花ちゃん、よかったら撮るよ」
スマホを持った陽介くんがにこにこと私を見ていた。
「え、いいの?」
なんて優しいんだろう!
私はユキミちゃんを心持ち陽介くんの方に向ける。
「ユキミちゃーん!」
優しく名前を呼んで、微笑む陽介くんは本当に素敵だ。
きらきらしている。
「おっ、撫でさせてくれるの?」
そう言ってユキミちゃんに優しく触れる大きくて骨張った手。
彼の大きな瞳には、ユキミちゃんが映っている。
いいなあ…
『花ちゃん!』
そう言って私に満面の笑みをくれて、私の頬に触れるのは陽介くんの大きな手…
「…ちゃん!」
「花ちゃん!」
横から顔を覗き込まれ、はっと我に返る。
え、私今何考えてた?
と、とんでもない妄想を…!
きょとんとした陽介くんの表情に、ますます羞恥心が煽られる。
「じゃあ撮るよー!」
でも、そんな私を気にした様子もなく、陽介くんは私たちにむかってスマホを構える。
「陽介くん、ありがとう。でも、写真はユキミちゃんだけで…」
そんな、陽介くんに写真を撮ってもらうなんて…恥ずかしすぎてつらいです。
心の中で必死に首を振っていると、陽介くんはいいことを思いついた!とでもいうように、ふわりと笑った。
「じゃあみんなで一緒に写真撮ろう!」
あれよあれよと私の側にきた陽介くんは自撮りしようと長い腕を伸ばす。
いきなり近付いた距離に、ふんわりと香る優しい洗剤の匂い。
ひい!いい匂いがする!
今度は違う意味でつらい!
「ごめん花ちゃん、もうちょっと近付いてもらってもいいー?」
そんな私の心情を知る由もない陽介くんはなんてことないようにそんなことを言う。
……もう、どうにでもなれ!これはラッキーチャンスだと思っておこう。
ユキミちゃんを抱え直し、私は陽介くんにぐっと近付いた。
*
あの後、存分にふれあいコーナーで楽しんだ私たちは夏目荘へと帰ってきた。
「見てください!これがユキミちゃんです!すごいかわいかったんですよー!」
「これ、ポニーのララくん!おめめくりっくりで愛らしかったのー!」
リビングはそれぞれが見つけた推しの発表会が行われている。
「砂本さんは、お気に入りの子できました?」
端っこのソファで静かにスケッチをしていた砂本さんは私の質問ににっこりと笑った。
「この子、とても優しい子でね。帰るまでずっと僕の側に座っていたんだ。」
ジュンくんっていうんだ。そう言って見せてくれたスケッチブックには、かの有名なアニメに出てくる大型犬と同じ種類の犬の絵が描かれていた。
口角を上げて舌を出している様子はまるで笑っているようだ。
「うわあ、かわいいですね!」
「彼らは本当にすごいよね。無条件の愛情をためらいもなく与えてくれくんだから。」
微笑みながら、鉛筆を止めない砂本さん。
「そういえば…」
犬の絵を見て思い出した。
「新作は順調ですか?」
犬と女の子のお話をかくと言っていた。
すると砂本さんは少し眉を下げて微笑んだ。
「だいたいは決めたんだ。これからきちんと細かい話の流れ、セリフを決めるんだけど…」
これが中々大変なんだよ。
おもしろいように話す砂本さんだけど、絵本をかくのは、本当に大変だと思う。
砂本さんのたくさんの葛藤や努力の上にあんなに素敵な絵本たちがあるということを忘れてはいけない。
「そうですよね…」
「私にも、何かお手伝いできることがあったらいつでも言ってくださいね。」
きっと何もできないと思う。けれどもそう言わずにはいられない。
すると、砂本さんはきょとんとした後、いつものように優しく微笑んだ。
「そう言ってもらえると心強いな。花ちゃん、ありがとう。」
2人でにこにこと笑い合っていると、
「え、何これ可愛すぎるんですけど~!」
推しの見せ合いっこをしていた梨花さんが、楽しそうな声を上げた。
「ちょ、スマホ返してくださいよ!」
そんな梨花さんに対して、焦ったように声を上げる陽介くん。
ユキミちゃんの写真かな?と思いつつ姉弟のように仲の良い2人を見て思わず笑ってしまった。
*
「本当に返してくださいって!」
花ちゃんがもうこちらを見ていないと確認したところで急いで梨花さんの手からスマホを奪還する。
「花ちゃんに見られたら大変じゃないですか。」
「え、でもこれもちゃんと花ちゃんに送るでしょう?」
「まあ、あ、いや…」
スマホにうつるのは、花ちゃんとユキミちゃんのツーショットだ。
恥ずかしがっていた花ちゃんに内緒で撮ってしまった。
照れたように目線をウロウロさせる花ちゃんはどうしようもないほどかわいかった。
そして写真には俺に撮られてるとも知らず、嬉しそうに頬を緩ませて、ユキミちゃんを大事そうに抱っこする花ちゃん。
はあ、天使…!
そして、花ちゃんとユキミちゃんと俺で撮ったスリーショット。
花ちゃんと写真が撮りたい。
花ちゃんの写真が欲しい。
そんな私利私欲にまみれた気持ちでつい「写真撮るよ」なんて言ってしまったけど。
これは…本当によかった!
写真を見ながら思わず緩んでしまう頬。
「幸せそうでよかったけど、本人がそこにいるんだから普通に顔見て話してこればいいのに。」
とうとうストッパー外れてきたわね。隠れストーカーにならないように気をつけて。
呆れて少し引いたように笑う梨花さんに思わず首を傾げると
「心よ心のストッパー。」
花ちゃんに対してのね。
俺にすら聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いた梨花さんは
「お風呂はいってきまーす!」
と颯爽と消えていった。
一瞬呆気に取られたが、俺はすぐに頭を抱えた。
梨花さんにも花ちゃんが好きだとバレている…!
なぜ、こんなにも俺の周りには鋭い人ばかりなんだ!
それに、ストーカーだなんて…!
失礼な、と思ったが、本人の了承を得ずに撮ったこの写真はもしかして、盗撮と呼ばれるものなのだろうか…
でも、でも消したくはない!絶対!
俺は再び頭を抱えた。
*
部屋に戻ってからしばらくすると、
『今日はありがとう。楽しかったねー!』
その文面と共にたくさんの写真が陽介くんから送られてきた。
そこにはユキミちゃんのかわいいショットがずらりと並んでいる。
陽介くん、すごく写真撮るの上手…
そして、
「うわあああ…」
最後に送られてきたのは陽介くんとユキミちゃんと撮ったスリーショット。
大きな口を思いっきり広げて笑う陽介くんはいつものキラースマイル。
ユキミちゃんはどこか向こうを向いている。
そして、陽介くんの側にはぎこちない笑みを浮かべる私…
…もう自分の顔はもう見ないことにして、陽介くんの顔をぐっとアップにする。
…なんで同じ人間なのにこんなにかっこいいんだろう?
いつもキラキラとしている黒目がちな目も、大きい口も、小さめな鼻も、そしてふわふわの髪の毛も…
全部全部素敵だ。
普段じっくりと見れないぶん、写真で思いっきり観察してしまう。
陽介くんのことを考えながら、口元がにやけている自分にハッと気がついて我に返る。
だめだ…最近本当に変態みたいだ。
ぶんぶんと首を振って、そしてふと気づいた。
陽介くんはもしかして私のためにユキミちゃんを連れてきてくれたのではないだろうか。
白い子と仲良くなりたいと言いながらも逃げられてしまった私を不憫に思ってくれて…
いや、分からない。たまたまだったかもしれない。
でも、そうだったとしても、陽介くんは優しい。
心がじんわり温かくなっていくのを感じていると、
トントンとドアがノックされた。
ドアを開けるとそこには…
「陽介くん…!」
にこにことした陽介くんが立っていた。
「花ちゃん!ちょっと話いいかな?」
そう言う陽介くんに頷いて
「うん!中にどうぞー!」
体を隅へと寄せた。
すると陽介くんは迷うように視線を彷徨わせて…
彷徨わせて…
「…陽介くん?」
全然中に入らない陽介くんにもう一度声をかける。
すると、
「ご、ごめん。お邪魔します!」
ハッとしたように私を見た陽介くんは急いで部屋の中に入った。
…?
大丈夫かな?疲れてるのかな?
心の中で私は首をかしげた。
丸テーブルを囲んで座った私たち。
陽介くんはそっと口を開いた。
「あにぉ…」
…あにぉ?
噛んだのか、と思った瞬間、陽介くんの耳が一気に赤くなったのが分かった。
かわいい、かわいすぎる。
思わずにやけてしまいそうになるけど、そこはぐっとこらえる。
「11日のことについて話したいなあと思って!」
でも、さすが陽介くん、すぐに笑顔になってそう言った。
「わあ、もうすぐだもんね!」
プレゼントも買ったし、着ていく服も決まっているし、準備万端だ。
「当日は13時出発でいいかな?」
「うんもちろん!」
元気よく返事した私に陽介くんは優しく笑った。
「ご飯はここで食べようと思ってるんだ。」
と陽介くんがスマホで見せてくれたのは、おしゃれなイタリアンレストランのホームページだった。
「うわあ!すごく素敵だね!」
思わずテンションが上がっていると、陽介くんも嬉しそうに笑った。
「よかった。じゃあそろそろ部屋に戻るね。」
そう言って立ち上がった陽介くんに、今まで聞きたかったことを尋ねてみる。
「ちなみに、陽介くんのお誕生日会の時は、何人くらいくる予定?」
私の知り合いがいるのか、男女比はどのくらいか知っていることは心の準備に大変役に立つ。
すると、ゆっくり振り返った陽介くんは困ったような顔をしていた。
?
何かまずい質問だったかな。
「それって11日の話?」
「うん!」
すると、陽介くんは悲しそうに眉を下げて再び私の隣に座り直した。
「花ちゃん…」
「うん?」
「11日は2人で遊びに行こうと思ってた…」
「…え?」
思わず目を見開いて陽介くんを見てしまう。
「もしかして、ずっと何人かで出かけると思ってた?」
困ったように微笑む陽介くんにこくんと頷くと、陽介くんは寂しそうに笑った。
その様子にもしかしたら彼を傷付けてしまったかもしれないと思った。
「違うの!今まで2人でおでかけしたことなかったから、今回もグループだと思ってて!」
かわらず寂しそうな笑みを浮かべたままの陽介くんに
「勘違いしててごめんなさい。」
心からの謝罪を込めて、頭を下げる。
すると、
「いや、違うんだ花ちゃん!頭をあげて!」
焦ったような陽介くんの声に恐る恐る顔を上げると、困ったように笑う、けどさっきとは明らかに違う温度の笑顔があった。
ほっとして私も口元が緩む。
陽介くんを傷付けた自分への罰だ。恥ずかしいけど、本人に笑顔で本音を伝えることとしよう。
私は大きく息をすって考える。
私が好意的な言葉をかけると、拒否されてしまうかもしれない。え、もしかして俺のこと好き?いやいややめてくれよこんな太ってる人。
なんて陽介くんは絶対に思わないと思う。思わないと思うけど、世間の反応は大抵こんな感じだと思う。
だからあまり自分の本音は言わない。誰かが私の好意を感じて、それのせいで心を閉ざされたくないから。
でも、陽介くんは私を2人でお出かけに誘ってくれたし、嫌われてはないはず。だから本音を少し言っても大丈夫なはず。
好きな人の前では臆病で、好意を知られたくなくて、気付いたら自分の素直な気持ちは出さなくなってしまった。そして陽介くんに言う言葉も頭の中で組み換えて組み換えて伝える。
「「陽介くんのことが好きだから、誘ってもらえて本当に嬉しい。でも、私と出かけても楽しんでもらえるか不安。でも本当に楽しみ。」」
なんて本音は口が裂けても言えない。
でもいいの。拒否されるよりは。
「陽介くんといるといつもとっても楽しいから、11日お出かけするのも本当に楽しみ!」
笑顔でそう伝えると、なぜか本当に困ったような顔になってしまった陽介くんは
「あーーー!俺もっ!楽しみにしてるから!」
と元気な声で言ってから素早く部屋から出て行ってしまった。
……やっぱり言わなければよかった。言わなければよかった!もう!絶対引いてたよね…
恥ずかしくて耐えきれなくて、後悔で目頭が熱くなるのを感じた。
……2人でお出かけか。
それなら…
私はあるキーワードを検索ボックスに入れた。
*
とうとうやってきた陽介くんのお誕生日。
出発時刻の2時間前、私は千紗とビデオ通話をしていた。
それはもちろん、私のいろんなもろもろを見てもらうため。
「ねえ、メイクはこれでいいかな?」
スマホに顔を近づけて千紗に確認してもらう。
「ブラウン系?ばっちり!かわいいじゃん!」
笑顔でそう言ってくれる千紗にほっとする。
「この前一緒に買ったワンピース着てくね。」
ワンピースを着た後、全身鏡の方にスマホを移動させる。
「もー、ほんとかわいいわよ花!陽介くんもメロメロ!」
大きい声で褒めてくれる千紗に「壁が薄めだから…」とトーンを下げてくれるようお願いする。
すると千紗はごめん!と言った後、「花…」と真面目な声で私を呼んだ。
「ん?」
「楽しんでね。陽介くんが自分の誕生日に私と一緒に出かけたいと思ってくれたんだ!って、自信を持って。」
「陽介くんなら存分に知ってるだろうけど、花の優しくてかわいくて楽しいところ、思いっきり見せつけてやりなね。」
そう言って微笑んでくれた千紗に心がじんわりと温かくなる。
2人で出かけると知ったあの後、私はすぐに千紗に電話を掛けた。彼女の第一声は「やっぱり⁉︎知ってた!」だった。
そして私は遊びに行った時に千紗が言った「ほんと何言ってんの花!」という言葉を思い出した。
そうか、あの時から千紗は気付いていたのか。
「そうなの⁉︎」
「そりゃあ…うん。楽しんでおいで!プレゼント、万年筆にしてよかったでしょ?」
お菓子もいいけどやっぱり残るものが嬉しいわよ!と千紗にからかわれた後、話題は大学のことに移った。
“長い時間2人きりで過ごしたことがないから不安だ。”
“陽介くんは私と一緒に出かけて果たして楽しいのだろうか。”
“もし何かがあって、陽介くんに嫌われるようなことがあったらどうしよう。”
他のことを話していても、私の心の中はそんな不安な気持ちで埋め尽くされていた。
でも、こんなことは言えない。
千紗は私が自信を持っていないことを知っているけど、こんな面倒な気持ちを彼女に伝える勇気はない。
だからその日は他愛のない話をしてそのまま電話を切った。
陽介くんの誕生日のために、できる準備は全部した。
ここ一週間は筋トレもいつもより頑張った。
ネットで話すと楽しそうな話題も調べてみた。
でも不安だった。
だから、今、千紗のこの言葉に救われた。
「うん…。本当にありがとう。」
そう伝えると、千紗は「連絡まってるわ。」と照れたように笑った。
気づけば約束の時間の10分前。
と言っても夏目荘の玄関先だけど。
もう一度全身鏡で自分をくまなくチェックする。
「ふう~」
大きな深呼吸をしてにっこり笑顔を作る。
「…よしっ」
いつもより少し早い自分の鼓動を感じながら、私は部屋を出た。
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