夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子25

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今日は千紗とショッピングに来ている。


まずお昼ご飯だということで、近くにあったパスタ屋さんに入って、この前陽介くんにお誕生日会に誘われたことを話した。


すると…


「ちょっと何言ってんの花!」


見たこともないほど呆れた顔をした千紗がそこにはいた。


「え?」


「陽介くんがみんな来るよーって言ってたの?」


「ううん。でもね、すごく緊張してたみたいだから、多分私の助けが必要と思ってくれたんだと思う。」


「ほんと、何言ってんの!」


…本日2度目の「何言ってんの!」
いただきましたー。


普段の切れ長の瞳からは考えられないくらい目を見開いた千紗は大きくため息をついた。


「…まあいいや。お昼食べ終わったら花の洋服見に行こう。」


「あれ、でも今日、新しくできた雑貨屋さん行きたいって行ってなかったっけ?」


「それより大切な用事ができたの!それは花の服です!」


「…んー?」


「陽介くんの誕生日、出かけるんでしょ?」


「うん。」


「その時に着ていく服を買おう!」


「えー、いいよ。」


かわいい服着たら、ワクワクするけど、陽介くんと女の子を見たら絶対嫌な気持ち持っちゃうもん。おめかししてもむなしくなりそう…。


「花、」


「はい。」


「買うよ。」


「…はい。」


でも、千紗の気迫に押されて頷いてしまった。


満足そうに頷いた千紗は、普段の2倍以上のスピードでパスタを平らげた。



*
「これ、花に似合いそう!」


パスタを食べ終わった私たちは早速服屋さんに来ていた。


千紗はさすが4年目の付き合いとあって、私がよく購入する服屋さんに迷わず入った。


でも、千紗と私の服を選びに来るのは初めてだ。


なぜなら…


千紗から手渡されたハイウエストのゴムなしワンピースを広げてみる。


淡い黄色のロングワンピはとっても可愛くて私好みだ。


でも…


私は頭をフル回転させる。


肩幅…は大丈夫そう。


ウエストは、ギリギリ入るか入らないか。でも、入ったとしてもお腹の贅肉が浮き出るだろう。


そして意外と見落としがちなのがウエスト下の細さ。


これは下腹までくっきりでそうなデザインだ。


…私が普通の体型だったら、ぜひとも着たいワンピースだ。


こういうことが起こるから、友達と洋服を買うのは好きではない。


でも、千紗の好意は無駄にしたくない。


「あ、これも!」


もう1枚選んでくれた薄いラベンダー色のテロンとしたワンピースは入りそうでほっとする。


それと自分で選んだニットとスカートを持って私は試着室に入った。



「くっ…」


予想通りだ。


千紗が選んでくれたワンピースのファスナーが、お腹辺りで引っかかる…!


ため息を吐いてそそくさと脱いで、薄いラベンダー色のワンピースを着る。


「…」


これは、いいんじゃないだろうか?


顔にも合ってるし、気になるところがきれいに隠れて若干細く見える。


それにデザインは上品で可愛くて私好みだ。


そっと試着室のカーテンを開けて外を覗く。


「あ、着れた?」


予想が外れて真横にいた千紗に驚きながらも私は恐る恐る外に出る。


「…どうかな?」


「え、すっごい可愛いよ花!似合ってる!いいじゃん!花的にはどう?」


目を輝かせながら頷いてくれる千紗にほっとする。


「うん、私もこれ好き。」


笑顔で答えた私に千紗は嬉しそうに笑った。


そしてその後声をかけてくれた店員さんが「こんな感じでネックレスつけるとお客様の女性らしい雰囲気にぴったりだと思います。」
と、にこにことほめてくれるものだから、結局千紗が選んでくれたワンピースと、ネックレスを購入した。



「千紗、選んでくれてありがとう!とーっても嬉しい!」


お店を出てからそう言うと千紗は「もうほんとかわいかったから!11日それ着ていきなよー!」
あー、楽しみ!

となんだかニヤニヤと笑っていた。


「陽介くんにあげるプレゼントは決まってるのー?」


ぶらぶらと道を歩いていると、千紗が口を開いた。


「うーん、お菓子の詰め合わせかな。」


また誕生日のあとすぐに彼女さんできそうだし、やっぱり無難にいこう。


すると千紗は目をむいた。


「他!何かあげたいと思うものないの!?」


お菓子の詰め合わせはさすがにかわいそうだよ…


なんて千紗が呟いているのは知らずに、私はうーんと考える。


あ…


「万年筆…?」


社会人になるし、陽介くんは建築系の会社に入社する。使う場面があるかもしれない。


「お!いいじゃん!じゃあ見に行こう!」


…でもあげてもいいのかな?陽介くん、気を遣わないかな…?


そんな一抹の不安も、千紗に手を引かれたことによってすぐに消えてしまった。





百貨店にある万年筆売り場。


静かな空間。


上品に微笑みながらこちらを見てくる店員さん。


周りには、ダンディなおじ様たち。


そして、大学生の私たち。


「うわ!これすっごいきれいじゃない!」


普段滅多に来ない場所だからか千紗は若干テンション高めだ。


そんな千紗に慌ててしーっとしながらも大きく頷く。


深い色に上品な光沢がある万年筆は確かに見ていて楽しい。


「プレゼント用ですか?」


うろうろしていると、とうとう店員さんが声をかけてくれた。


「あ、は、はい。」


万年筆は本当によく分からないから、ここは潔く店員さんに頼ろう!


「…来年から社会人になる友達に、贈ろうと思って…」


小さな声でそう言った私に、店員さんはますます笑みを深めた。


「それでしたら、こちらのメーカーの製品が人気でございます。」


店員さんに案内してもらったのは、スタイリッシュだけど、ザ・万年筆という感じのデザインで、比較的値段も張らないエリアだった。


これなら…と眺めていると、ある一本に目が行く。深い色の木目調の万年筆だ。


「きれい…」


思わずこぼれた言葉に店員さんがにっこり笑った。


「こちら非常に人気のデザインになります。温かな色合いと上品なデザインですので、場面を選ばずに使いやすいと思いますよ。」


千紗の方を見ると、


「うん、素敵だと思う!」


笑顔で頷いてくれたので、私はこの万年筆に即決した。




*
「いいの買えてよかったねー!」


「本当に!」


店員さんがとっても素敵にラッピングしてくたのもあって、私たちのテンションは高い。


陽介くんは喜んでくれるだろうか…


そもそも私はきちんとこれを渡せるのだろうか…


とたんに不安が募ってくる。


「陽介くん、絶対喜んでくれるよ!」


私の気持ちをくみとったように千紗がそう言ってくれる。


「…そうだといいな。」


そんな千紗の言葉に、私の心は少し軽くなった。


今度こそ今日の目的だった新しくできた雑貨屋さんへと向かう。


「最近だいぶ涼しくなったよねー。」


「本当だねー!」


何てことない話をしながら歩いていると、


「…花?」


予想もしてなかった人物に声をかけられた。


反対側から歩いてきたその人は


「嶺二くん…」


そして横からひょこっと顔を覗かせたのは


「あれ、花ちゃんだー!」


相変わらず美しいマリちゃんだった。



『私、諦めるよ。』


あの日確かにそう言った。


忘れてたわけじゃない。


けど、一緒に出かけたりしたし、今度誕生日をお祝いする予定もある。


…そして陽介くんと別れたマリちゃん。


陽介くんから色々聞いてしまった身としては、今2人に会うのは私的に非常に気まずいのだ。


心の中はどうしようどうしようのカオス状態なのに、顔は勝手に笑顔を作る。


「わー、嶺二くん、マリちゃん、久しぶりだねー!」


にこにこと笑いながら2人に近付く。


勝手ながらマリちゃんの元気そうな姿にほっとする。


でも、少し…痩せた?
元々シャープな顎がさらにすっきりした気がする。


考えの浅い私はもしかして陽介くんと別れたからかと瞬時に思ってしまう。


「2人は買い物ー?」


マリちゃんが先程買った万年筆の袋をにこにこと見つめる。


やましいことは何もないはずなのに、私は袋をそっと横にずらしてしまった。


「うん、そうなんだ!2人はー?」


「私たちはね、カフェでちょっと卒論見直そうと思って!」


マリちゃんが、ねっ!と嶺二くんを振り返ると、嶺二くんは薄く微笑んだ。


…うわ!


私、嶺二くんの笑顔(決して笑顔ではない)を見たの、初めてかも!


う、美しい!


性格を知らなければ本当に儚げな王子様にしか見えない。


「おい、花。」


すると、見つめ過ぎたのか嶺二くんが不快そうに私を呼ぶ。


「…はい。」


こっち。とでも言うようにあごを後ろにくいくいとした嶺二くん。


そしてそのまま私たちとは反対方向へと進む。


これは、着いてこいってこと…?


「…ちょっと行ってくるねー!」


ひきつる頬を落ち着かせ、2人にそう言った。


嶺二くんは曲がり角を曲がって、そして急に私の方を振り向いた。


「ひっ…」


や、やっぱり嶺二くんは怖い。


無表情で私を見つめるその瞳に思わず小さく悲鳴をあげる。


「…」


「…」


「…はあ。」


しばらく無言の時間が続いたかと思うと嶺二くんはいきなりため息をついた。


そして私をじっと見つめてきた。


毛穴1つ見当たらない陶器のように白い肌。


長い睫毛に縁取られた美しいヘーゼル色の瞳。


すっと通った鼻筋は日本人とは思えないほど高い。


そして形のいい薄めの唇。


こんなに近くで嶺二くんを見たのは初めてだけど…やっぱり美しすぎる。


でも、そんな異国の王子様のような彼の口から飛び出すのはバリトンの低い声。


「おい、花。」


そして辛辣な言葉の数々…


「今まで悪かった。」


「…え?」


思いがけない言葉に今度は私が嶺二くんを見つめてしまう。


微妙にわたしから目を反らしている彼と視線は決して交わらない。


「…?」


嶺二くんに謝られるようなことあったっけ?


今までって?


ぽかーんとしている私にしびれを切らした嶺二くんはどんどん顔を歪めていく。


「俺、今まで花に態度悪かっただろ!?それについてだよ!」


「余計なこともいっぱい言っただろ!?」


顔を赤くさせてそっぽを向いてしまう嶺二くん。


確かに嶺二くんは怖かった。だって会う度ににらみつけてくるし。
陽介くんの近くにいたらもうほんと般若みたいだし。チクチク嫌味は言われるし。


でもそれ以上に私をいつも名前で呼んでくれる所とか、何だかんだいつもお話してくれるところとか、誕生日プレゼントも、作るのが苦手なはずの手作りお菓子もくれた。


嶺二くんは私を嫌ってるわけじゃない。
ただ、とても大切にしたい人がいるだけ。


あのBBQの時、それを知ったから。


私は嶺二くんを見つめてにっこり笑う。


「私、嶺二くんのこととっても好きだよ。」


「確かに怖いし、最近まで絶対嶺二くんは私のこと嫌いなんだろうなって思ってたよ。あっ別に、好かれてるなんてうぬぼれてないよ…!」


「でも、嶺二くんには本当に大切な人がいて、その人をすごく大切にしていて、その人を守るために全力をつくせる嶺二くんはとっても素敵だし、本当に尊敬してるの。」


「みんなに好かれたくていつもへらへらしてる私とは大違い。」


「それにね、私、こんな体型だから今までいろんなあだなで呼ばれてきたけど、嶺二くんがいつも名前で呼んでくれるの、本当に嬉しいよ。ありがとうね。」


だから、謝らなくていいよ…


と最後は心の中でつぶやく。


「花…」


静かな声で私を呼んだ嶺二くんを見上げると


「ひょっ!」


両頬を引っ張られた。


「にゃ、にゃにしゅてるの?」


ほんといきなり何してるの!?


思わぬ出来事に上手く反応ができない。


「はははっ!」


そんな私の顔を見て笑う嶺二くんはとても失礼だけど…


「っ!」


今度こそ初めて見た彼の笑顔に、息が止まった。


眉を下げて笑う嶺二くんは普段のツンっとした雰囲気からは想像できないほど優しくて…


言葉を失って思わずガン見してしまっていると…


「っ、見るな!」


嶺二くんははっとしたように笑うのを止めてしまった。


ああ、残念…



「諦めるなよ。」


私の頬から手を離した嶺二くんは、ぼそりと何かをつぶやいた。


「え?」


聞き取れなくてとまどっていると、


「陽介のこと、諦めるなよ。あの日言ったことは忘れろ。都合がいいこと言ってるのは分かってる。でも、諦めるな。」


勢いよくそう言う嶺二くんに驚きながらも、私はあの日自分が犯した失態に頭を抱えそうになった。


嶺二くんに、好きな人がバレてる…!


そりゃそうだ。


嶺二くんは遠回しに距離をおいてほしいと言ったのだ。


私はそれに「うん、気を付ける」と答えればよかったのに頭の中で整理して勝手に「諦める」って…!


…はあ。


でもバレてしまったものは仕方がない。嶺二くんが誰にも話さないのを願うだけだ。


…心配しなくても、嶺二くんはそんなことをしないと知っている。


「うん、ありがとう。」


でも、陽介くん、好きな人ができたんじゃないかなあ。


と聞きたい気持ちをぐっと押さえて私は笑顔で頷く。


「嶺二くんも…」


マリちゃんのことを、と言いかけて慌てて口をつぐむ。


こんなこと言ったら怒られちゃう。


それにマリちゃんだって今、陽介くんと別れて辛いはずだ。


そんな私を見て一瞬嶺二くんは眉をひそめたけど、すぐに無表情に戻って


「俺は地道に行くわ。」


ぼそりとそうつぶやいた。


…!


この美しい人と、好きな人の話をするようになるだなんて…。


1年前の自分に教えてあげたい。


「うん!頑張ろう!嶺二くんの魅力は無限大だからね!」


興奮して思わず嶺二くんの手を取ってしまった私に


「おい、花、触るな。」


と睨み付けながらも、手をふりほどかない嶺二くんは、やっぱり優しい人だと思った。


*
「あっ、戻ってきた!」


私たちを見つけた千紗とマリちゃんがぶんぶんを手を振ってくれている。


千紗達の側に着くと、マリちゃんがにこにことしながら近付いてきた。


「花ちゃん!」


「はーい!」


目の前に来たマリちゃんは迷うように目線をさ迷わせた後、私を見てきれいな笑みを浮かべた。


「今日のイヤリングもすごく似合ってるね!今度、一緒に買い物行かない?」


「わー、本当?マリちゃんにそう言ってもらえるととっても嬉しい!ぜひ行こうねー!」


多分マリちゃんが話したかったのはこのことじゃない。


小さな違和感が心の中にもやっと広がるけれど…


「じゃあまたねー!」


相手が考えて言うのをやめたことを追及する必要はあるのだろうか。


でも…


「ごめん、3人ともちょっと待っててくれるかな!」



おしゃれで美人で気さくで明るい。


そして知り合った時からずっと仲良くしてもらっている。


会ったら話す友達だから、そこまでマリちゃんのことを深く知っている訳ではない。


それでもやっぱりずーっとにこにこと張り付けたように笑っていたマリちゃんはいつもと様子が違う。


「あの、これ!」


近くの有名なケーキ屋さんにあった色とりどりのマカロン達をマリちゃんに渡す。


「え?」


「私、甘いものがとっても好きで、特にこのケーキ屋さんのマカロンはすごくおいしいの!」


「食べたらうわーって一瞬で幸せいっぱいだから、ぜひ楽しんで!」


言葉を伝えるのは難しい。


前にも言ったけど、私はマリちゃんが好きだ。


だから今日のマリちゃんは少し気になるのだ。


上手く言葉にできないままマリちゃんを見つめていると、彼女はふわりと困ったように笑った。


「うん、ありがとう!私、マカロン大好きなの!」


あ、戻った。


よかった。


そして私たちは今度こそ別れた。





*
「マリ、そろそろ行くか?」


そう尋ねる嶺二の手にも、花ちゃんがくれたマカロンの入った袋。


千紗ちゃんにもあげていた。


「あー、うん、そうだね!」


しばらく2人が消えていった方を向いていた私は急いで頭を切り替える。


「ここのマカロン、美味しいって有名なんだ。」


甘いものが大好きな嶺二の声は嬉しそうに弾んでいる。


「えー、楽しみ!」


返事をしながらも、頭によぎるのは陽介と別れた時の夜だ。


『好きな人がいるんだ。』


ああやっぱり。


と思ったのが最初だった。



*
陽介は誰とでも仲良くするし、話しやすい。人気のあるタイプだ。


付き合う上でそこは心配だった。


でも、女の子達の誘惑をものともせず、彼女がいるという理由で陽介はそれらを簡単にかわしていた。


前に冗談で聞いたことがある。


『陽介また女の子に話しかけられてたねー!あの子かわいかったし、なんかクラっとこないの?』


びっくりしたように私を見つめる陽介を見て、ああ、聞くべきじゃなかったと思った。


でも、陽介はさも当然と言うように、


「俺にはマリがいるのに。どうして他の子に目移りするの?」


と真顔で言ってのけた。


あの時は私が特別なんだと嬉しくなったけど、今は違う。


ただ、少しでもモラルに外れることはしない。余計なことはしない。
彼にとって「彼女」という存在がいる間は他の女の子は視界にない。


多分それは、誰が彼女であっても同じだったと思う。


周りからすれば、大切にされてる、愛されてる…ように思われるかもしれない。


でも実際、彼女になってみれば分かる。確かに大切にされてるし、愛されてる。でも、それが恋人としてかと言われると、首をかしげてしまうのだ。


陽介は恋人の私に対して、驚くほどサバサバしていた。


でも、だからこそ余計に、あの子の存在が際立って見えたのだ。




*
<花ちゃん>


という存在を知ったのは、付き合って2週間ほどした頃だっただろうか。


デート中、急に大雨になり、近いからということで夏目荘にお邪魔することになったのだ。


「お、陽介くんお帰り。雨、急に降りだしてきたね。と、お客さんかな?」


いらっしゃいと優しく微笑んでくれたメガネの男性が私たち2人をタオルと共に迎えてくれた。


「マリの服はそうだなあ…花ちゃんに借りられるかな。」


上に行こうか。


という陽介に連れられ、2階に行くと、彼はある1つのドアを叩いた。


すぐに


「はーい」


という優しい声が聞こえた。


「わあ!陽介くんすごい濡れてるね!大丈夫?」


「うん、さっき砂本さんにタオルもらったんだー。」


陽介で姿は見えないが、ゆったりと優しい声で話す女の子の様だ。


そして突然陽介が私の隣に立ったかと思うと、


「俺の彼女のマリなんだけど、一緒に濡れちゃって…花ちゃん、服が乾くまで洋服って貸してもらえるかな?」


そう言って女の子に紹介してくれた。


私が少し見下ろすくらいの高さにいた「花ちゃん」は私の姿を見て目をまん丸にした。


「うわあ、大変!早く着替えないと風邪ひいちゃう!」


その驚いた声さえもゆったりふわふわしている彼女は私の手首を優しくつかむと、部屋の中に入れてくれた。


「ここどうぞー。」


と案内されたブラウンのソファに浅く腰かける。


ブラウンやグリーン、白と明るくて落ち着いた色でまとめられた部屋。そして部屋全体に香る甘いフルーツのような匂い。


そして


「これかな?いや、マリちゃんには大きすぎるでしょ。」


「んー、これ?うん、これにしよう!」


クローゼットを覗き込みながら首を傾げて独り言を言う花ちゃん。


ふわふわゆったり流れていく時間になんだかほっとした。


「マリちゃん、これどうぞ!」


ふわりと人懐っこい笑顔を向けられてなんだかきゅんときた。


かわいい。


なんと言うか…そうだ、これが癒し系女子というのか。


「ありがとう。」


私もつられて微笑むと、花ちゃんはますます嬉しそうに笑った。


「これでよし!」


花ちゃんが貸してくれたのはネイビーのポロシャツワンピースだった。
袖口に赤と白のラインが入っていて、シンプルだけどかわいいデザイン。そして私好みだ。


ちょっとテンションが上がりながらも下の階に降りていくと、何か料理を作っているような、いい匂いがしてきた。


リビングを覗くと、先程のメガネの男性が何か料理をしているところだった。


「あ、マリちゃんだね。先程は自己紹介できなくてごめん。ここの住人の、砂本です。」


砂本さんはわざわざ手を止めて自己紹介をしてくれた。


「あっ、木下マリです。よろしくお願いします!」


私も急いで頭を下げる。


「陽介、まだ降りてきてないからそっちのソファでゆっくりしてて下さいね。」


にこりと笑う砂本さんはどこまでも優しい。


「はい、ありがとうございます!」


そう言って勧められるがままに大きな液晶テレビと、上品で柔らかそうなソファがある場所に移動する。


「あっ、マリちゃん!わっ、そのワンピースすごい似合ってる!」


さすが、モデルさんみたいだねー!


そこにはにこにこと笑う花ちゃんがいた。


「このワンピ、すごいかわいい!本当にありがとうね!」


私もそんな花ちゃんに笑顔を向けた。


「さっきハーブティー入れたんだ!」


よかったら…とソファに座るようにすすめられ、私は浅く腰かける。


コトン、と目の前のテーブルにおかれたハーブティーからは、ほっとするような優しい香りがただよう。


しばらく2人とも無言でハーブティーを口に運ぶ。


「お!マリもう降りてきてたのか。待たせてごめんね。」


その後数分もたたないうちに陽介が降りてきた。


私の隣に座った陽介くんに花ちゃんが


「陽介くんもハーブティー飲むー?」


と聞く。


「うん、飲みたいな。」


それにふんわり優しく微笑む陽介。


「はい、どうぞ」


「ありがとう。」


…私は決して嫉妬深いタイプではない。それに、陽介のことを信頼している。


今まであまりにも女の子に対して陽介がきちんと距離を取っていたから気にしなかったけど…


陽介の周りにいる子たちと花ちゃんは違う。


直感的にそう思った。


でも、一緒に住んでいるというのは距離が近くなる一番の要素じゃないだろうか?


しかも、年頃の男女の部屋が隣って!


普通、階でわけるでしょ!


いや、住む上で色々ルールとか規約とかはあるとは思うけど!


やっぱおかしい!


と、今さらどうにもならなさそうなことに腹を立てていると、


「あっ、マリちゃんハーブティーのおかわりいる?」


のほほんと花ちゃんが私の顔をのぞきこむ。


「あ、うん、頂こうかな…」


うーーーん。


確かに彼氏の部屋の隣に同じ年の女の子がいるのは心配だけど。


花ちゃんは身も堅そうだし、それに、女の子らしいが、女を全く出していない。こういうと誤解を招きそうなので説明するが、なんというか、ふわふわしすぎていて妖精さんのようなのだ。異次元というか、そう、キャラクターだ!何かに出てくる可愛いキャラクターのようなのだ。


「私、ちょっと砂本さんのところに行ってくるね!」


そう言って私と陽介に笑いかけた花ちゃんはそのままキッチンの方へと向かった。


でもやっぱり少しは心配だ。


「マリ、よかったら今日ここで晩御飯食べて行かない?」


でも、ぐりんと私の方を向いてふわりと笑う陽介に、そんな私の心配ごとはどこかに飛んでいってしまった。


結果、花ちゃんは本当にいい子だった。


同じ大学と知ってからは姿を見つけては声をかけてくれたり、私も声をかけたり。


穏やかで、優しくて、ふんわりしていて、フラットに話してくれる花ちゃんは今までの私の周りにいたタイプの友達とは違ったけれど、すぐに大好きになった。


あの後デートで何回も夏目荘に遊びに行ったけど、花ちゃんがいる時は嬉しかった。確かに陽介と花ちゃんは仲良しみたいだが、この2人だからかいい距離感を保っている…と思う。


でも、いつからだっただろうか。


ふと気付いてしまったのだ。


あれ、いつもデートに誘うのって私だな。もちろん、誘ったら快く受けてくれるし、毎回すごく楽しいデートを計画してくれる。


スキンシップも私からしなければ必要最低限だな。


そして冒頭の「恋人として大切にされているのかどうか…」に戻るのだ。


でも、陽介はとても優しいし、一緒にいて楽しい。そして浮気は絶対しない。


そんなにラブラブやロマンチックを求めていない私にとって、陽介は本当に理想だった。


友達の延長線上。


この関係が楽で居心地よかったのだ。


でも…


「あっ、花ちゃん!」


偶然大学で花ちゃんに駆け寄る陽介を見た時、なんとも言えない感情に支配された。


これは嫉妬だ。
元々あった感情が見えてきただけなのか、それとも花ちゃんだからなのか…


必要以上に女の子に近寄らない陽介が花ちゃんには駆け寄っていく。


「はは。」


思わず乾いた笑いが漏れた。


"鈍感"
"無自覚"


その2つの単語が頭を支配した。




…陽介は、なんて残酷なんだろう。


でも、私は陽介が好きだし、いい関係を築けているし、自分からは絶対に別れないと決めていた。


例え陽介が文化祭で会った花ちゃんと幸生くんがいなくなるまで見つめていても。


例えBBQの時に仲良くしている2人を見て拳をぎゅっと握っていても。


例え………


別れの時は思ったよりも早く来た。


きっと陽介の好きな人は花ちゃんで間違いないだろう。


元々私が押せ押せで付き合ったのだ。


高校生までなら泣いて別れたくないとわめいていただろう。


でも、もうそんなことはできなくなってしまった。


冷静に陽介と別れてから1週間、2週間とたち…


私はあまり食欲がなくなってしまった。


頭では大丈夫だと思っていたが、身体は正直だ。


思ったよりも陽介と別れたことはダメージが大きかったらしい。


「おい、マリ、飯行くぞ。」


そう言って毎日のように連れ出してくれる嶺二がいなかったらどうなっていただろうか。


「それ以上スタイル良くなってどうするんだよ。」


貧相な私の身体のことをそう言って気にかけてくれる。


ほら、これも食べろ!


といつも自分のおかずを私のお皿にのせてくれた。


そして別れて1か月以上たってだいぶ元気になった今日、花ちゃんと会った。


本当は嶺二が声をかけるより先に気付いていた。でもなんて言ったらいいか分からなかった。


思ったよりも笑顔はうまく行かなかったらしい。


花ちゃんに心配をかけてしまった。


結局気分がどうしても上がらず、そんな私を見た嶺二が「今日は帰るか」と言ってくれたので、卒論の見直しはせず、そのまま家に帰ってきた。


かわいい箱を開けて、もらったマカロンを一口かじってみる。


あまくて、優しい味がした。




…私は、陽介に選ばれたはずなのに、選ばれなかった。


マカロンを一口頬張る度に視界がぼやけていく。


「ふふ、うらやましいなあ花ちゃん。」


小さく呟いた本音は、きっとこれからも、誰にも言うことはないだろう。
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