夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子23

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「バイト先の人から映画のチケットもらったんだけど、よかったら一緒に行かない?」


陽介くんたちと出かけた日、楠田くんからかかってきた電話は映画のお誘いだった。


…私は陽介くんが好きなのに、正直他の異性と出かけるのは気が引ける。


いやいや、陽介くんと付き合っているわけでもないでしょ、と自分でツッコミをいれる。


それに楠田くんは私を好いていてくれるのだ。


告白の返事もしていないのに遊びに行くのは不誠実ではないだろうか?


そんなことをぐるぐる考えていたけど、今まで異性と2人きりで出かけたことのない私がいくら考えても分かるわけがなかった。


そんな私の心を読んだように


「今ちょうど高瀬さんが好きな本の実写化してるでしょ?僕もその本読んで、すごい面白かったから、よかったら一緒に見たいなあと思って…」


穏やかな声に私を気遣う言葉をふんだんに使いながら楠田くんが言った。


申し訳ないと思いつつも、好きな本の実写化が気になっていたのは事実だ。


「うん…行きたいな。」


「うん。」


電話口から「よかった」と囁くような声が聞こえた気がした。




*
「…着ていく服、どうしよう。」


そして楠田くんと遊びに行く前日。


私は2着の服をベッドに並べて悩んでいた。


1着目はシンプルなニットワンピだ。色もブラウンと地味だが、なんと言っても…


細く見えるのだ!


楠田くんは男の人にしては華奢だと思う。


身長もそれほど高くない。


そして涼しげな佇まいのおかげで2割り増しぐらいでシュっとして見えると思う。


そんな彼の隣に並ぶのだ。できる限り細く見せたいというのが本音…


でも、使いやすそうと思って購入したため着ててテンションは全く上がらないし、私的にはもっとかわいい格好をしたい。


そして2着目はこの前購入したばかりの花柄のワンピース。


くすみピンクで私の肌にもぴったり馴染んだ。かためのレース生地で着ぶくれしないし、ウエストがきゅっとしている形もお気に入りだ。


すごくかわいいし、ぜひ着たいと思っていた。予定もないのにデート服にかわいいなあと思っていた。


いや、明日は楠田くんと2人で出かけるからデートと言ってもいいかもしれないけど!


…でも、あんまり気合い入ってるって思われたら恥ずかしいし、それに、確実に細く見えるのはブラウンの方だ。


隣に私がいることで楠田くんに恥をかかせないためにも、ここは無難にブラウンでいこう。


決意を固めて合わせる小物も考えようとしていると、誰かが扉をノックした。


「はーい、どうぞ。」


声をかけると、入ってきたのは


「おじさんが柚子茶いれてくれたから花ちゃんもどうー?」


とほかほかと湯気の立っているマグカップを持った陽介くんだった。


「わー、ありがとう!」


陽介くんからマグカップを受け取ると、


「花ちゃん、どこかに出かけるの?」


ベッドの上をみた陽介くんはそう言った。


「…うん、明日映画を観に行くの。」


誰ととは私が勝手に気まずくて言わない。


「この2つで迷ってるんだね。」


「そうなの。」


2人で2着のワンピースを見下ろす。


「…この花柄のワンピースが花ちゃんっぽくて可愛いと思うけどなあ。」


私を見てにこっと笑った陽介くんに嬉しくなる。


「本当?これ、一目惚れして買ったからそう言ってもらえてとっても嬉しい!」


思わず満面の笑みを浮かべた私に陽介くんもさらに笑みを深める。


「…でも」


細く見えるのは…


「ブラウンの方がいい?」


思わずうつむいた私の顔をのぞきこんでそう言う陽介くんに小さく頷く。


「…細くみえるかなあって!」


陽介くんに気を遣わせたくなくて、明るい声を出してそう言う。


すると陽介くんは一瞬目を見開いた後、きゅっと不機嫌そうに眉をひそめた。


「?」


でもその表情は一瞬だけで、すぐに普通の顔に戻った。


「…明日一緒に出かけるのは男の子?」


じっと目線をワンピースに落とす陽介くんの口調はいつもと変わらない。


でも、まとう雰囲気が固くなった。


「うん、楠田くんと…」


怖くて思わずそう言ってしまう。


「そう。」


そう言ったっきり陽介くんは黙ってしまった。


えええ…どうしよう、この空気。


何か私、気に触ること言ったかな?


しばらく2人で黙ってワンピースを見つめていると、


「花ちゃんは…」


陽介くんが口を開いた。


陽介くんをみるけれど、彼の目線は相変わらずベッドの上だ。


「花ちゃんは、とっても魅力的だよ。だから体型を気にする必要はない。こっちの花柄のワンピース、着て行きなよ。楠田くんも喜ぶよ。」


静かにそう言った陽介くんはそのまま静かに私の部屋を出ていった。


褒め言葉をもらったはずなのに、その間1回も合わなかった視線と、「楠田くんも喜ぶよ。」の一言が、何度も頭の中で繰り返されて、なぜだか全く嬉しくなかった。




*
「よしっ!」


そして迎えた当日。


私は結局花柄のワンピースにした。


陽介くんもこっちがいいって言ってくれたし。この際細く見えるかどうかは極力気にしないことにした。


それに、やっぱりせっかくのお出かけ、可愛い服を着て行きたい。


髪の毛もゆるくウエーブして、目元のメイクはナチュラルに。その代わり、唇にはぱっと華やかなチェリー色の口紅を軽くのせる。


「よしっ。」


全身鏡でチェックして、心の中で何度も
大丈夫と唱える。


気合いを入れて部屋を出る。


玄関で靴を履いていると、


「今からお出かけするの?」


いつの間にか陽介くんが玄関先まで来ていた。


「わあ陽介くんおはよう!」


びっくりして少し飛び上がってしまう。


「おはよう。」


そして、陽介くんはふわりと笑みを浮かべた。


「うん、やっぱりその服、花ちゃんにぴったりだ。とってもかわいいよ。」


その言葉にかあっと頬に熱が集まる。


「あ、そうかな、はは!陽介くんが選んでくれたおかげだよ。ありがとうね。」


なるべく平然を装ってにっこり笑う。


すると、陽介くんは何を思ったのか、唐突に私の髪の毛に触れた。


「ひゃっ!」


びっくりして声が出てしまった私に、陽介くんはさらに一歩近付いた。


「髪の毛、ふわふわにしてるの珍しいね。」


至近距離で陽介くんと目があってしまい、私は急いで目を反らした。


そのまま陽介くんは私の髪の毛をふわふわと優しい手つきで触り続ける。


「ちなみに花ちゃんは理想のデートはあるの?」


至近距離で見つめられ、上手く息ができないのに、陽介くんは相変わらず私の髪の毛を触りながら唐突にそんな質問をしてくる。


緊張してそんなの考えられないよ!


と思いながらも頭をフル回転させてなんとか思い浮かんだものを言葉にする。


「なんか、物作りとか、体験とか一緒にするの楽しそうだなあって!作った物を交換とかしてみたい。あと、一緒に綺麗な景色見ながら散歩して、美味しいご飯食べに行くとか…?」


言った!言ったぞ。だから、手を離してほしい本当に。心臓に悪いから…


ああもう変な汗が出てきた。


「わあ、いいね!」


ちらりと陽介くんを伺うと、満面の笑みでこちらを見ていた。


ひい、まぶしい。


こんな体験したことがないので、あまりの恥ずかしさに目が潤んでくるのを感じる。


「あ、あのっ。」


やめてもらおうと出した声は蚊のなくように小さかった。


「ひっ。」


そしてその時間は、陽介くんが髪の毛を私の耳にかけたことで終了した。


そして、恐る恐る顔を上げた私と目があった陽介くんは、


「っ!」


顔を真っ赤にして勢いよく私から距離を取った。


…どうしたんだろう。


「陽介くん?」


そう声をかけるけど、陽介くんは口元を手で押さえたまま


「いってらっしゃい気をつけてね!」


大きな声でそう言って、勢いよくリビングの方へ消えていってしまった。


「…いってきます。」


なんだか陽介くんの様子、おかしかったな。


この前出かけた時に、陽介くんは思っていることを話してくれた。


そしてその後はすっきりしたように笑っていたけど、やっぱりマリちゃんと別れたことを気にしてるのかな。


首をかしげつつ、まだ頭にほんのり残っている陽介くんの感触を思い出し、また体が熱を持った。



*
待ち合わせの駅前に着くと、楠田くんはすでに来ていた。


楠田くんは絶対早くくると思って私も早めにきたのに…


「楠田くんっ、ごめん、お待たせしました。」


急いで楠田くんの元へ駆け寄る。


「高瀬さん、おはよう。まだ時間より早いのに…走ってきてくれてありがとう。」


目をまん丸くした楠田くんはそう言って優しく笑ってくれた。


「そんなっ、楠田くんも、だいぶ待たせちゃったでしょう?」


いやいや優しすぎる。と思っていると、楠田くんはふるふると首を振った。


「いや、高瀬さんを待つ時間も楽しかったから。」


真っ直ぐ私を見つめた楠田くんはそう言った後、しばらくしてメガネを押さえた。


わー、照れちゃった。


そんな彼を見て私もつられて照れてしまう。


「じゃあ、行こうか。」


しばらくしていつもの無表情に戻った楠田くんの言葉に頷き、私たちは歩き出した。


「大学院にいく準備は順調?」


「うん。」


楠田くんは大学を卒業したら、そのまま院に行くことになっている。


「高瀬さんは、就職するのどう?緊張する?」


「うーん、そうだなあ。また何年かは今と同じ場所で働くみたいだからあんまりかも。でも、同期の子とかと仲良くできるかは心配だなあ。」


会社の社長と面接した時に、「勤務地どこでもいいの?本当に?じゃあ今のままでいい?杉野店長が高瀬さんのことすごく気に入っているみたいで。」と言われた。


今のお店は皆さん優しいし、働いている人達の年齢も近くて話しやすい。


だから社長のその言葉は環境を変えるのが得意ではない私にとってはすごく助かった。


「高瀬さんは人を和ませてくれる力があるからきっと大丈夫だよ。」


みんなと仲良くなれると思う。


そう言ってくれた楠田くんを思わず見つめてしまう。


和ませる…


そんな風に思っていてくれたんだ。


「ふふ、ありがとう。」


そう言って笑った私に、楠田くんは頷いてくれた。



*
「うわー、楽しみ過ぎてどきどきする!」


ジュースを買って席に座った私は思わずそう言ってしまった。


「僕も。」


じっとCMを眺め続ける楠田くんもなんだかそわそわしているように見える。


2人して黙ってCMを眺めていると、とうとう映画が始まった。


原作はサスペンスで、簡単にあらすじを説明するとこうだ。


ある大学で起こった殺人事件。そして被害者を取り巻く環境と様々な人々。


強力な容疑者が何人もいて、警察は翻弄されながらもある1人に焦点を当てていく。


という内容だ。


主人公の刑事も原作とぴったりで、私はどんどん映画にのめり込んでいった。



*
「…すっごくよかった!」


映画が終わって私たちは近くのカフェで感想を話していた。


「うん、すごく面白かった。」


キャスティングも外れなしだったし、原作よりもスピーディに進んでいく展開もこれはこれでよかった。


「バイト先の方に私からのお礼もよろしくお願いします。」


今日これを見られたのはその人のおかげだ。


ペコリと頭を下げた私の上から「ふふふ」と笑う声が聞こえた。


「うん、伝えておくよ。」


顔をあげると、正面で頬を緩める楠田くんとばっちり目があってしまった。


「っ、」


その瞬間、


あれ、何だろう。


目の前にはいつもより柔らかい雰囲気の楠田くん。


テーブルにおかれたおしゃれな飲み物にお菓子。


そしていつもよりめかしこんだという自覚がある私…


…これ、すごく、デートっぽい。


意識してしまうとそれは続くもので…


「高瀬さん、そのフォーク、逆だよ。」


「高瀬さん、駅反対方向。」


…何度もケアレスミスを繰り返す。


「ご、ごめんね。」


それでも謝るたびに楠田くんが柔らかく微笑むものだから…


「っ」


真っ直ぐに向けられる好意に少しの罪悪感と純粋に嬉しいという気持ちがごちゃ混ぜになってこみ上げてくる。


「あ、着いたね。」


複雑な気持ちに困惑していると、楠田くんの静かな声が耳に届いた。


いつの間にか、夏目荘にたどり着いたようだ。


「あ、本当だ。」


玄関の門を前に向き合う。


「今日は付き合ってくれて本当にありがとう。」


楠田くんがそう言って微笑んだ。


「ううん、こちらこそ本当にありがとう。とっても楽しかった!」


私も素直な気持ちを笑顔と共に届ける。


すると楠田くんは何かまぶしそうなものを見るように目を細めた。


「…」


…今までで初めて見る表情だ。


「楠田くん…」


ん?と首をかしげる彼に思ったままの言葉がぽろりと出た。


「その表情、すごく綺麗。」


とても大切な何かを見るような優しい表情。


思わず私は食い入るように楠田くんを見つめてしまった。


「……えっ?」


すると楠田くんは目を見開いてしばらく固まってしまった。


あ…


驚いた顔になってしまった楠田くんに心の中で残念だと思う。


すると楠田くんはぐっとメガネを押さえ込んだ。


「き、きれいだなんて初めて言われたよ。」


そのまま2人の間に気まずい沈黙が流れる。


でも、それが嫌じゃなかった。


「…今日は本当にありがとう。
…じゃあ、僕、帰るね。」


メガネを押さえたままの楠田くんはおもむろに口を開くとBBQの時のように早足で帰って行った。


そんな彼の後ろ姿に手を振って、私は玄関の扉を開けた。




*
「今日のデート、どうだったの?」


事前に楠田くんと遊ぶと伝えておいた千紗に、今帰ったよとメッセージを送ると、待っていましたというように電話がかかってきた。


「うん、楽しかったよ。」


私は迷わずそう答える。


「映画観てー、おしゃれなカフェでお話して、ぶらぶらして…あ、これデートっぽいって思った時はちょっと恥ずかしかったけど。」


その時の自分の数々の失敗を思い出し、思わず苦笑する。


電話の向こうで、千紗があははと明るく笑うのが聞こえた。


「いいじゃない、慣れよ慣れ!」


で、どうよ楠田くんは実際。


千紗のその質問に私は黙り込む。


つまり、付き合うことに対してだろう。


私は慎重に言葉を選ぶ。


「…楠田くんは、ずっと友達だったし、とってもいい人。今日別れ際に、ちょっとほら、甘酸っぱい?感じの雰囲気を感じたけど、それもなんだか嫌じゃなかったの。」


すると、千紗は意外そうに「へえ」と言った。


そしてしばらくの沈黙が流れる。


「ねえ、」


そしてその沈黙を破ったのは千紗だった。


「デートの時さ、陽介くんのこと、思い出したりした?」


その突拍子もない質問に、私は首をかしげる。


「え?」


「今一緒にいるのが陽介くんだったらいいのに、とか、ここ、陽介くんと一緒に来たいなとか…」


ゆっくりとそう話す千紗の言葉に耳を傾けるけど…


「うーん、1人の時は陽介くんとデートしたらどんなんだろうとか想像したりするけど、今日は全然。だって楠田くんと陽介くんは別の人だし。遊びに行く場所も違うだろうし…」


なんでこんな質問をされているか分からないまま正直に答えると、「…なるほどね。」と千紗は1人で納得しているようだった。


「花、ずっと言ってきたじゃない?誰か1人の特別になりたいって。私だけの王子様が迎えに来てくれないかなって。

きっと楠田くんはお姫様みたいに花を大切にしてくれるよ。花も楠田くんの好意、嫌じゃないんでしょ?ここ重要よ。花が彼氏とか、結婚相手を求めてないなら別だけど…」


ごめん、押し付けがましいこと言ってる。


そう言って千紗はそのまま黙ってしまった。


「ううん。心配してくれてありがとう。」


千紗は何となく感じとっている。私が恋愛に対して強い憧れを持っていながらも、1人でいることを好んでいるのを。


好意を持たれるのは純粋に嬉しい。だけど、私の人となりを深く知られるのは怖い。


中身のない、すかすかな人間だとばれてしまう。


なぜ千紗になら平気なのに、相手が異性になるとこんな風に思ってしまうのだろう。


本当に、世の中のカップルや夫婦はすごいと思う。そして身近なカップルを思い浮かべようとしてふと気付いた。


「千紗…」


「ん?」


「陽介くん、マリちゃんと別れたんだって。」


「…え?…えーーーー!」
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