夏目荘の人々

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ぽっちゃり女子×犬系男子21

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『私、諦めるよ。』


そう言った2日後。


私は陽介くんと一緒に車の後部座席に乗り込んでいた。


「じゃあ出発しんこーう!!」


「運転するのはお前じゃなくて俺なんだよ。」


助手席には梨香さん。


そして運転手は夏目さんの息子さんで時々夏目荘に遊びにくる夏目大地さん。


そして私の隣には…


「わー、楽しみだなあ。」


え?本当に?


というほど覇気のない陽介くん。


なぜこうなったかと言うと…


話は花火をした後にさかのぼる。






花火もなくなり、そろそろ解散しようということになった。


マリちゃんを駅まで送るという陽介くんや電車組のみんなと別れ、私は夏目荘まで送ると言ってくれた楠田くんの言葉に甘えさせてもらうことにした。


陽介くんを諦めると決心した以上、これからは陽介くんとの距離の取り方を考えないと。 


もやもやとどうするか考えていると


「今日、楽しかった。」


横から優しい声が聞こえた。


視線を横に向けると、微笑みを浮かべた楠田くんと目が合った。


「ほんと、楽しかったねー!」


花火も久しぶりだったし綺麗だったなあ…


そう呟く私に楠田くんもうんうんと頷いた。


花火…


ダメだ!綺麗って言ったけど、嶺二くんとの会話が邪魔して全然花火がどんなんだったか思い出せない!


それにしても嶺二くん、マリちゃんが好きだったんだなあ…


好きな人が友達の彼女で、友達の陽介くんとも仲良くしてて、マリちゃんとの仲も心配して応援して…


嶺二くんって本当は優しいんだなあ。


万人に優しい訳ではないんだろうけど、近しい人に見せるその優しさを知って、嶺二くんに対する意識はだいぶ変わった。


そんなことをぼんやりと考えていると、


自転車のチリンチリンという音が聞こえたなあと思った瞬間に、腕をぐいっと引かれた。


そのすぐ後に、私の側を2台の自転車がすごいスピードで通り抜けていった。


体勢を崩して、頭を楠田くんの胸元に預けているような形になっていた私は


「うわっ!ごめん!ありがとうね!」


と、慌てて離れた。


恥ずかしい。


ていうか、背中支えてくれたから、背中のお肉が…!


恥ずかしい気持ちが体全身をかけめぐり、私はうつむくしかなかった。


「いや、僕も、急に引っ張ってごめん。」


心なしか楠田くんの声が強張っているように聞こえる。


…もしかして、背中のお肉が多すぎて引かれた?


いつか何かの雑誌で読んだことのある、「意外と男性は見ている女性の後ろ姿!」という見出しを思い出し、ゾッとする。


言わずもかな男性は異性の体型に、女性よりも敏感だ。


楠田くんは私の性格を見て好きになってくれたんだろうけど、やっぱりお肉に引いたかな…


そう考えると、なんだか気持ちが落ち込んでしまう。


それからなんとなく2人とも黙ってしまい、夏目荘までの道のりを無言で進んだ。


そして…


「あ、ついた。」


玄関の門の前にたどり着いた。


「楠田くん、送ってくれて本当にありがとう。」


にっこりと笑ってみたけれど、なんだか気持ちは沈んだまま。


「うん…」


静かにそう言った楠田くんは、視線をしばらくさ迷わせたあと、おもむろに口を開いた。


「さっき、高瀬さんと距離が近くなった時、高瀬さんからすごくいい香りがして、その、緊張してしまって…だからその…気まずい思いをさせてしまってごめん。」


早口でどんどんと尻すぼみになっているその言葉に一瞬固まったあと、カッと顔が熱くなった。


「うっううん。全然。送ってくれてありがとうね!」


動揺を隠しきれなくてどもってしまった。


けど…


お肉に引かれた訳じゃなかったのか。


それに一番ほっとした。


その後すごい早足で駅の方へと消えていった楠田くんを見送り、私は夏目荘のドアを開けた。




「え、くさい!」


そしてお風呂の準備をして服を脱いだ瞬間、私は叫んだ。


煙とお肉と汗と何か分からないけどとにかく臭い。BBQしましたー!という匂いだ。


これがいい匂いとか嘘でしょ?


臭かったのを、気を遣ってくれたんだ…。


しゅんっとまた落ち込んで下を向き、自分のお腹が目に入り更に落ち込む。


今日は筋トレを多めにするか。


ため息を吐き、熱いシャワーを浴びる。



そんなに体型を気にするならダイエットすればいい。


心底そう思う。


ただ、食べることが大好きすぎるのだ。だからせめてこれ以上は太らないようにと筋トレは頻繁にしている。


おかげでいつもプラマイゼロだ。


何の自慢にもならないが、まあいいか。


ダイエットを頑張った時期あったけど、結局ちょっと痩せては満足。というのを繰り返してきた。
なんだかんだ、今のままでいいと思っているのかもしれない。


もう誰も私の体型に何も言わない。


大好きな人たちに囲まれて毎日を過ごしている。


間違いなく幸せだ。


でも、なんだか心にすっぽりと穴が開いている気がするのはなぜだろう。


もう一度私はため息を吐いて、湯船にざばんと沈みこんだ。






*
お風呂から上がって、リビングでまったりしていると、


「ただいま」


玄関から陽介くんの声が聞こえてきた。


「おかえりなさーい!」


声をかけて、陽介くんがリビングに入ってくるのを待つ。


が、上の方からガチャっと音が聞こえ、彼がそのまま自分の部屋に行ってしまったことに気づいた。


…珍しい。


いつも必ずリビングに顔を出して部屋に行くのに。


「あれ、陽介部屋行ったの?」


疑問に思ったのは梨奈さんも同じだったようで、2人で顔を合わせて首をかしげた。


その後結局一度もリビングに降りて来なかった陽介くんをみんなで不思議に思いながらも私たちは寝るために自分の部屋に帰って行った。




次の日、私は大学が休みだった。というよりも、卒業に必要な単位はとっているので、4年生になってからは週に2日しか大学にいっていない。


のんびりと起きた時には時計は午前9時を指していた。


「おはよう花ちゃん。よく眠れた?」


眠け眼をこすりながらリビングへと入ると、縁側から砂本さんの優しい声が聞こえた。


「砂本さん、おはようございます。ぐっすり眠れました。」


砂本さんはスケッチブックにせっせと何かを描いている。


新作の絵本に使うのだろうか。


私はお茶をコップに注いで、砂本さんの邪魔にならないように縁側の少し離れたところに座った。


「…ちょっと寒いな。」


もう羽織もなく縁側に出るのは寒い季節になった。


「ふふふ。そうだね。」


そう言いながらいつの間にか私の側に来ていた砂本さんは、私の背中にブランケットをかけてくれた。


「わあ、ごめんなさいわざわざ。ありがとうございます!」


そのまま隣に座った砂本さんに恐縮しながらお礼を言い、ブランケットの暖かさを甘受する。


これはお話してもいいのかな?と受け取った私は、スケッチブックからちらりと見えた絵を見て口を開く。


「それは、犬…ですか?」


ふわりと笑った砂本さんは頷いてスケッチブックを私に見せてくれた。


「うん。みんなには内緒にしていて欲しいんだけど、次の絵本はこのわんちゃんと女の子の物語にしようかなと思っているんだ。」


スケッチブックの中には、砂本さんらしい繊細で優しいタッチで描かれたなんとも愛くるしい大型犬と、口だけに笑みを浮かべた何とも言えない表情の少女がこちらを見ていた。


大型犬はいつもの砂本さんの絵本の登場人物のように優しい、可愛い絵だ。


ただ、女の子の方はかわいいに変わりないが、少し影があるように感じる。


「わあ!どんなお話になるか楽しみです!」


これから作りあげていく物語だ。


あまり深く聞いてはいけないと思いながらも、どうしても女の子の絵に目が行ってしまう。


「ああ、この子が気になる?」


あまりにも見てしまっていたのか、砂本さんのふふふという声が聞こえ、彼は口を開いた。


「この子はね、自分に自信がないんだ。とっても素敵な女の子なんだけどね、なぜかそれを絶対に信じないんだ。いつも自分がどれほどダメかを数え上げて、落ち込んでる。でも強がっちゃうから、周りにはバレないようにいつも笑顔でいるんだ。」


ああ、だからこの子には影を感じるのか。


絵でそれを感じ取らせてしまう砂本さんは改めてすごい人だと感じる。


「なんだか、この女の子、影があるなって思って気になっていたんです。教えて下さってありがとうございます。」


そう言ったものの、砂本さんの絵本が大好きな私はどんどん好奇心が溢れてくる。


「じゃあきっと、このわんちゃんはそんなこの子に愛情をたくさん注いでくれるんですね!」


犬と言えば飼い主に従順、そして愛情深い動物というイメージがある。


どんな物語かもっと知りたくて、自然にこの言葉が出てきた。


すると砂本さんはきょとんとした後、ちょっといたずらに笑った。


「僕の物語の動物たちは人間と同じように考え、話すことができるからね。そんな素直ないい子って訳でもないんだけど…」


そうだな…


言葉を迷うように砂本さんは口を開いた。


「この子は選ぶんだ。このどうしても後ろ向きな女の子の隣で彼女を応援することを。」


「…だって、この子はこの女の子が大好きだからね。」


そう言って愛おしそうにわんちゃんと女の子の絵を撫でた砂本さんは、私ににっこりと笑いかけた。




少し遅めの朝食を食べ終えた私は、ドラッグストアに行く用事を思い出して用意をしようと席を立つ。


するとリビングのドアがそろーっと開いた。


そして顔を覗かせたのは


え?誰?


「あっ。」


その人物は私と目が合うとすぐにドアを閉めた。


え、誰?


顔しか見えなかったけど、砂本さんはここにいるし、梨香さんと夏目さんは仕事だし…


陽介くん?にしてはあまりに顔が腫れぼったかった…。


いやいやどろぼうじゃない限り陽介くんしかいない。


私は急いでリビングのドアを開け、階段を上っていくその背中に声をかけた。


「陽介くんっ。」


いつも声かけには笑顔で応じてくれる陽介くんだけど、今日は私の方を見てくれない。


昨日そのまま自室に行ってしまったのも不思議だったのだ。


…何かあったの?


「陽介くん…?」


次に私の口から出たのは、あまりにも弱々しい声だった。


私の呼びかけにぴくりと反応した陽介くんは恐る恐る振り返ってくれた。


けど…


「!」


思わず、どうしたのその顔!と言おうとして、いや失礼だと口を閉じる。


いつもの二重の大きな目は腫れ上がり、鼻も赤く大きくなっていた。そして顔の浮腫がひどい。


陽介くんは花粉症ではない。きっと泣いたんだろう。だから気まずくてさっき私と目があってすぐ引き返した。


きっと誰にも見られず冷やす物をとりたかったはずだ。


「陽介くん…、後で保冷剤、お部屋に届けても大丈夫?」


小さな声で言った私に彼は


「ありがとう」


とかすれた声で呟いた。




急いでタオルと保冷剤を用意して、陽介くんのお部屋をノックする。


「花ちゃん、ありがとう。入ってもらっていい?」


鼻声に、全然出てないかすれた声に、私の心はざわめく。


部屋に入ると、陽介くんはベッドを背もたれにして床に座っていた。


私は彼の前に座る。


「花ちゃんごめんね、迷惑かけて。」


そう言って目を合わせない陽介くんにちくりと胸が痛むけど、それよりもどうしてこうなったのかが気になる。


「ううん。大丈夫だよ。はい、保冷剤。タオルにくるんで使ってね。替えもここに置いとくね。」


でも、陽介くんは知られたくないだろう。


準備したものを素早く陽介くんの側において、部屋を出ようと立ち上がると、


「!」


手首をパシッと掴まれた。


思わず陽介くんを見るけれど…


彼は下を向いたまま顔をあげない。


ここにいてもいいということだろうか。


私は恐る恐る陽介くんの隣に座り込んだ。


「…俺、マリと別れたんだ。」


どれくらい時間がたっただろう。


ぼそっとそう言った陽介くんに目を見開く。


保冷剤に隠れて彼の表情は見えない。


「別れようって言ったらマリ、すごく泣いちゃって。嫌だ嫌だって…」


ぽつりぽつりと話し出す陽介くんの言葉を聞き逃さないよう注意深く聞く。


「俺、すごく不誠実だ。マリに甘えて、結局マリを傷付けただけだった。」


陽介くんの声は震えていた。


こんなに泣いてしまって、マリちゃんを傷付けたと後悔して…


でも


「…どうして、別れることになったの?」


つい昨日も仲の良さそうな2人を見たばかりだ。


別れ話をする雰囲気など全くなかった。


「俺が、はっきりしなかったから。」


…ん?どういうことだろう。


そしてそのまま陽介くんは続きを話すことなく、私もそれ以上聞くこともできず、しばらく私たちは黙って並んで座っていた。



そして陽介くんの目のはれもすっかりひいて迎えた夕飯時、


「陽介、昨日そのまま部屋行ったし、何か今日、元気なくない?」


今日は早番だったという梨香さんを迎え、久しぶりのみんなでそろってご飯を食べていると、梨香さんが怪訝そうにそう言った。


「あー、」


陽介くんは迷うように視線をさ迷わせた後、


「別れたんです。マリと。」


小さな声でそう言った。


「ええ!」


「えっ?」


「ん?」


3人とも違う反応で陽介くんに応えた。


「なんで?すごい仲良かったわよね?」


「それは、はい。」


そのまましゅんと黙ってしまった陽介くんにつられるようになんだか私までしゅんとしてしまう。


みんなが黙るなか、明るい声が沈黙を破った。


「よーし!明日ぱあっと遊びに行きましょ!陽介明日も休みでしょ?」


ぐっと顔をのぞきこまれた陽介くんはびくりとしながらも頷く。


「花ちゃんは休み?」


梨香さんに笑顔で聞かれ、反射的に「はい!」と答えた。


「ああ、そう言えば明日大地がちょっと顔出すって言ってたなあ。」


今思い出した、というように夏目さんが言った。


大地さんは夏目さんの1人息子さんで、時々夏目荘に帰ってくる。


「本当ですか!じゃあ大地に車出してもらおう。」


そして、偶然にも梨香さんと同じ大学で同じ学部だったらしい。


ただ、会うたびに口ゲンカというか言い合いをしているけど。


…でもなんだかんだ仲がいいんだろうなあと思う。


明日も授業だという夏目さんと、執筆に取りかかった砂本さんは今回は行けないということで、4人で出かけることになった。


「じゃあ明日、楽しみにしててね!」


そう言って陽介くんの肩を優しく撫でた梨香さんに、陽介くんは笑顔を返していた。


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