夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子15

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「…寝すぎた。」


楠田くんからの告白とか色々考えて寝たのが朝の3時。


そして今はお昼の13時。


「はあーよかった今日は店番なくて。」


うーんと伸びをして部屋を出る。


洗面所で顔を洗い、歯を磨いていると


「ただいまー!」


と陽介くんの明るい声が聞こえてきた。


「おかえりー」


洗面所から顔だけ出して出迎える。


スッピンなのはもう気にしない。なぜなら夏目荘に来て2日で彼に見られたからだ。


「あー、花ちゃん今起きたの?おはよう!」


「そうなんだ。寝すぎちゃって。」


側に来て話しかけてくれる陽介くんからふわりと香るいつもと違う石鹸の香り。


ああ…そうだった。


陽介くんはマリちゃんの家に行っていたんだった。


この石鹸の香りをかぐのだって、何回も経験している。


何もする気もないくせに、嫉妬だけは一人前だ。


正直に言おう。


昨日の楠田くんの告白も電話もすごく嬉しかった。


寝られないほど考えた。


でも、陽介くんが側にいるだけで、私の気持ちはジェットコースターのように揺れ動く。


「今からサンドイッチ作るんだけど、陽介くんも食べる?」


私の気持ちが彼にばれて、傷付くのは嫌だから。


汚い感情にはふたをしてにっこりと笑う。


「食べる食べるー!わーい!俺も手伝うよ!」


無邪気に笑う陽介くんを見て、やっぱりこの笑顔すきだなあとしみじみと思う。



私たちはキッチンに移り、私は野菜を切り、陽介くんはゆで卵を作り出す。


「昨日ね、梨奈さんからお寿司の写真来たよ。」


俺もお寿司食べたかった~!


心底悔しそうに言う陽介くん。


「あはは!美味しかったよ!夏目さんがサーモン多めにしてくれてね、サーモンたくさん食べられたよ!」


私の1番好きな寿司ネタはサーモンだ。


ちなみに陽介くんもサーモン。


そう言った私を見て、陽介くんはこの世の終わりのような顔をした。


「なんか俺がいない時に限っていいもの食べてる気がする…」


もしかして、伯父さんに嫌われてるのかな…


しゅんと肩を落としてうなだれる陽介くん。


「そんなことないよ!夏目さん、今度陽介くんがいる時にお寿司パーティーしようって言ってたもん。」


夏目さんはいつもとっても優しい。でも、確かに時々陽介くんにちょっとした意地悪をしているような気もしなくはない。


ただそれは、陽介くんがいつも面白い反応をするから、かわいくてやってるんだと思う。


とは言えず、にこっと笑ってごまかす。


「ほんと!それならよかった!」


一気に元気になった陽介くんは「たまごのお湯流そ~」と鼻歌を歌い出す。


ざばーっという小気味いい音を聞いた瞬間、


私の左腕に強烈な熱がかかった。


「あ"っ!!!」


なんともまあかわいくない声を出して私は腕を握りしめた。


どうやらお湯がかかったようだ。


とりあえず、冷やそう。


そう思った時、強い力で体を引き寄せられた。
一気にせっけんの香りが強くなる。


「花ちゃんっ!!ごめんっ、本当にごめん!大丈夫!?」


焦ったような声に、そっと取られる私の左腕、そして水が流れる音が聞こえて熱のある部分を冷やされる。


なぜこんな実況をしているかというと、見えないからだ何も。


でも、背中にまわっている大きな手と、全身で感じる他の人の熱に、陽介くんに抱きしめられていると理解する。


そして、優しく捕まれている左腕の熱は引いていくが、彼の体温を意識して私の体全体が熱を持つ。


どうしてこうなった!


この体勢はなんだろう…!


陽介くんの長い腕は私の体をすっぽりと包み込む。


鍛え上げられた体はしなやかでがっしりとしている。


うわ、女の子とハグするのと全然違う。


突然起こった好きな人に抱きしめられているという憧れのシチュエーションに動悸が止まらない。


心臓がドキドキっ!とかいうかわいいものではない。


息切れ、動悸の動悸だ。


「本当にごめんね!熱かったよね!」


私の背中をさすりながら、どんどん鼻声になっていく陽介くん。


……鼻声?


「どうしよう、きれいな肌傷付けちゃって…痕が残ったら…」


今にも消え入りそうな声は震えている。


…え、陽介くん泣いてる?


せっかくの憧れのシチュエーションだが、そっと彼の胸を押し、離れると、黒目がちな瞳から今にも涙がこぼれそうになっていた。


えええええ、え、そこまで!?


「よ、陽介くん、私、大丈夫だよ!陽介くんがすぐに冷やしてくれたし、今痛みとかも全然ないの!」


思わずキッチンペーパーを手に取り陽介くんの目元に当てる。


「本当に?」


いたわるようにそっと私の左腕をなでる陽介くん。


そうされると実はちょっと痛いけどね!


「うん、本当だよ!ありがとう!今からお薬塗って包帯かなんかで密封しておけばすぐに治るよ!よかったら包帯巻くの手伝ってもらってもいい?」


笑顔でそう伝えると、陽介くんも弱々しく微笑んだ。


よかった。


私は陽介くんに気付かれないようにほっと息をついた。



*
「わー、きれい!陽介くんありがとう!」


陽介くんが巻いてくれた包帯を見てテンション高めにそう言う私に陽介くんはゆるゆると首を振る。


「本当にごめんね。」


陽介くんはさっきから幾度となくその言葉を口にする。


今まで気付かなかったけど、陽介くんはとても気にしやすい性格のようだ。


「陽介くんあのね…」


こうなったら奥の手を使おう。


「?」


「実は昨日、ご飯の後みんなでコンビニに行ってね、夏目さんがアイス買ってきてくれたの。陽介くんの大好きなやつ。」


お寿司を食べた後、夏目さんがコンビニに行くと言ったので、カロリーを消費したかった私たちもついて行くことにしたのだが、夏目さんはそこで陽介くんの好きなアイスを買い占めるようにたくさん買っていた。


陽介くん、とっても愛されているなあと思って心が温かくなった。


「もちろんみんなも遠慮なくたべてね。」


と夏目さんは笑っていたけど。


そう言うとピンときたのか陽介くんの瞳がキラキラと輝き出す。


「しかも濃厚バニラ味!しかもいっぱい!食べる?」


「うん!」


私にかぶせるように返事をした陽介くんに思わず笑ってしまう。


「じゃあ取ってくるねー。」


そう言って立とうとした私の腕をつかんでソファに座らせた陽介くんは


「俺、取ってくるよ。」


優しい笑顔で私を見つめてキッチンへと消えていった。


よかった。元に戻ったかな。


「はい」


「ありがとう。」


私の実家では特別な時にしか買ってもらえなかったちょっといいアイス。


夏目荘に来てからは結構頻繁に食べている気がする。


「んー、美味しいねえ!」


やっぱりこのアイスはうま味がすごいなあ。


思わず笑顔になってしまう。


「本当だねえ!」


陽介くんも満面の笑みだ。


陽介くんとのほほんとしながらアイスを楽しむ。


そこで私のではないスマホの着信音がなる。


おもむろにポケットからスマホを出した陽介くんはスマホを見て少し考えるそぶりを見せた。


「ねえ花ちゃん」


「んー?」


「明日さ、文化祭終わりに夜、マリとか嶺ニとかと花火するんだけど、よかったら来ない?」


思わぬお誘いだった。


でも…


「えーっと、他には誰が来るのー?」


その2人ならまだしも、陽介くんの友達がそれ以上増えるのはちょっと怖い。


たまに学内で見かけるにぎやかな集団を思い出して少し気が引けた。


「後は山岡だけだよー!」


そう聞いてほっとする。


「だから千紗ちゃんとかもどうかな?」


「聞いてみるね!」


この前一緒にご飯を食べて、今までよりは仲良くなれたかもしれないけど、千紗がいるほど心強いことはない。


さっそく私は千紗にメッセージを送る。


『明日の文化祭終わりに、陽介くんが、まりちゃん、山岡くんと嶺ニくんと花火しない?って誘ってくれたんだけど、千紗も一緒にどうー?』


するとすぐに返事が来た。


『花火!楽しそう!それってもう1人友達呼んでもいいかな?』


「千紗がもう1人友達誘ってもいいかって…大丈夫?」


「うん、もちろん!」


陽介くんのニコニコ笑顔に安心する。


「ありがとう!」


それにしても、誰を誘うんだろう…?


クラスの他のメンバーを思い浮かべても、いまいちピンと来なかった。


もしかして…もしかして…


まさかの楠田くん…?


ブンブンと首を振るが、千紗ならやりかねない。


どうしようと頭を悩ませていると、


「花ちゃん、ここ、アイス付いてるよ。」


その声と共に温かい手が私の頬に触れた。


…え?


驚いて陽介くんを見ると思ったよりも近くに彼はいた。


「!」


「ん、取れた。」


にっこりと間近で微笑んだ陽介くんを見て、顔に熱が集中する。


だめだ、かっこよすぎる。


思わず目を反らしてしまう。


取れたと言ったのに、陽介くんはなかなか頬から手を放してくれない。


「よ、陽介くん…手を…」


やっとしぼりだした声は上ずってしまった。


「…そうだね。」


ぐっと何かを堪えるように陽介くんは眉をひそめると、ゆっくり手をおろしてくれた。


「あ、食べ終わった?ゴミ捨ててくるよ!」


そしてコロッと何事もなかったように立ち去った陽介くんを見送り、私はソファに深く沈み込んだ。


さっきのは何だったんだろう。


今だに収まらない顔の熱を冷ますように、私はアイスで冷えた手を頬に当てた。
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