夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子4

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結局看板はインパクトがあって、逆にいいかもとそのままにすることになって、準備が早く終わったので、千紗とご飯を食べに行くことにした。


大学の近くにモールがあるので、そこの、私たちのお気に入りの和食中心の定食レストランに入る。


店内はとっても日当たりがよくて、一つ一つの席が広々としていてゆったりと座れる。ご飯も美味しいのに、いつ来てもあまり流行っていないので、千紗と私はこの4年間、少しビクビクしながら通っている。


「高瀬さん、藤田さん、いらっしゃい。」


そう言って落ち着いた声で迎えてくれたのはここの店員さんの楠田くん。


「楠田くん久しぶりー!やっぱ授業ないとここ来るのも少なくなるもんねー!」


バシバシと彼の背中を遠慮なく叩く千紗に顔をしかめながらうなずく楠田くん。


実は楠田くんは大学も学科も一緒だ。


私たちの日本文化学科は30人ほどの少人数で、取る授業がかぶることが多い。だから仲良くなるんだけど、楠田くんは一匹狼タイプの男の子だった。


いつも前の方の席で1人で授業を受けていて、誰かと楽しそうに話す姿は見たことがない。


しゃんと伸びた背筋に、いつも綺麗に切り揃えられた清潔感のある黒髪、銀縁眼鏡の奥に覗く瞳は切れ長で鋭い。


そんな彼はどこか近寄りがたい雰囲気があり、学科の男の子たちもあまり積極的に関わらなかった。


でも、グループワークで私たち3人で組んだ時に、千紗と私は楠田くんと親しくなった。


なんでも感覚で進めていく私と大雑把な千紗のことを彼はよく面倒を見てくれた。


確かに口数は少ないし、目つきは鋭いけど、面倒見のいい、優しい人だと気づいた。そしてただ単にすごい人見知りなことも。


そんな彼を私たちは大好きになった。


だから、偶然入ったこのお店で楠田くんがアルバイトしていると知った私たちは通うことを決めたのだ。


「楠田くん、元気だった?」


席に案内してくれた彼にそう尋ねると、


「ああ。」


という一言と微笑みが返ってきた。


ほら、仲良くなるとこんなに柔らかい表情が見られるんだから。


大学の中で、彼のこんな表情を知っている数少ない1人だと思うと、なんとも鼻が高くなる。


「楠田くーん、今日のオススメは何?」


千紗は楠田くんがいる日はメニューを開かない。理由を聞くと、「だって選ぶの面倒くさいんだもん!」となんともまあ千紗らしい返事が返ってきた。


「今日はアジの開きの定食かな。しかも月曜日だからデザートはくず餅だよ。」


私達がこのお店に2.3回来た辺りから千紗の好みを把握したのか、毎回楠田くんは迷うことなくおススメメニューを提案する。


「ほんとー!わーい!じゃあそれで!」


千紗もいつもおススメメニューを気に入る。


「高瀬さんは?」


「うーんとね、ごめんね、ちょっと待ってね。」


一方私は千紗のようにおススメを聞けるわけでもなく、優柔不断な性格も相まってなかなかメニューを選ぶことができない。


「ゆっくりで大丈夫だよ。」


そう言って微笑んでくれた楠田くんに甘えてじっくりとメニューを見る。


何回も来てるのに…なんでこんな迷うんだろう。


ああ、刺身定食美味しそう。でも、ハンバーグ定食も…


「何と何で迷ってる?」


千紗のお水を入れながら、楠田くんはさらりと私に聞いてきた。


「えーっとね、刺身定食とハンバーグ定食。」


素直にそう答えると、


「そうだな、今日のハンバーグは僕がこねたからおススメだよ。あと、デザートがプリン。」


楠田くんがメガネを押さえながらそう言った。


か、かわいい。


もう3年目になる付き合いで、楠田くんがメガネを押さえながら何か言う時は、照れている証拠だと分かるようになった。


それに、僕がこねたって…!


この涼しい顔をした楠田くんの照れる姿は毎度何とも破壊力がある。


それにプリンは私の大好物だ。


「じゃあ、ハンバーグ定食で!ありがとう、楠田くん。」


笑顔でそう言うと、楠田くんは嬉しそうに笑った。


颯爽と去っていく楠田くんの後ろ姿を見送っていると、前からすごく視線を感じた。


思わず視線を前に戻すと、千紗がにやにやとしながら私を見ていた。


「な、何?」


不審に思いながらそう聞くと、


「いや、前から思ってたんだけど…」


そう言ってもったいぶった千紗に視線で続きを言うように促す。


「…楠田くんって絶対花のこと好きよね。」


きゃー、言っちゃったー!
と1人で盛り上がる千紗をぼんやりと見つめる。


え、今なんて?


楠田くんが私を好き?


「あはははは!いや、あり得ないよ!楠田くんはとっても素敵なのに。楠田くんに失礼だよ!」


私は太ってて性格にも知的にも何も魅力なんてないんだから。


自分でそう思いながら悲しくなってくるけど、まあ事実だから仕方がない。


にっこり笑って千紗を見ると、眉を寄せて頬を膨らませていた。


あ、まずい、これは怒る手前の表情だ。


そう思った時にはすでに遅く、千紗は勢いよく話し出した。


「もー!花はなんでそんな卑屈なの!花は全然太ってないし!ギュってする時とかすごく柔らかくて気持ちいし!ちょっとぽっちゃりしてるだけじゃない!胸もあるからいいじゃない!性格だって…こんなに、こんなに優しくて面白いのに!もう!!」


ぷいっとそっぽを向いてしまった千紗に思わず苦笑する。


卑屈…大正解だ。私にぴったりな言葉。


全然太ってないけど、ぽっちゃりしてる…はちょっと矛盾している。


「ああ、花に必要なのは自信だ自信。」


とぶつぶつ言っている千紗の手をそっと取る。


むうっとしたままの千紗はちらりと私を見たけど、またぷいっとそっぽを向いてしまった。


でも、いいところを見つけてくれて、悪いところを知った上で千紗はいつも私の側にいてくれる。


本当にありがとう。


「うん…ごめんね。でもどうしても自信がないの。」


中学で体重が落ちた時、学校の男子の態度は変わらなかったけど、それ以外の異性の態度はちょっとちがった。


塾や、お店の人…はっきりと、以前より優しくなったのが分かった。


ああ、見た目ってすごく重要なんだ。むしろ見た目がよかったら世間は優しいんだ。


そう気付いた私は、卑屈になった。


正直、過去には「あ、この人多分私に好意がある」と感じた人がいた。


でも、綺麗で細い子はたくさんいるし、今は良くても年月がたてば、絶対そっちの方がよくなると思った。


見た目で判断されたくないと心から思っているのに、私は見た目で判断する。


なんともまあひねくれてしまったものだ。


「もう!花は!宝のもちぐされって言うの!」


よく分からない言葉を言いながら、千紗が私の手を握り返してくれたところで


「はい、お待たせー」


ちょうど楠田くんが料理を持ってきてくれた。


まんまるい大きなハンバーグからホクホクと湯気が出ていて私の食欲を刺激する。


「わー、美味しそう!ハンバーグにしてよかった!ありがとう楠田くん。」


思わず笑顔になりながらそう言うと、楠田くんは何も言わずにメガネを押さえた。


あああかわいい。


「食べよ食べよー!」


くず餅を持った千紗に急かされ、私も急いでお箸を取る。


千紗は好きなものを先に食べるタイプらしい。よくデザートから食べている。


「「いただきまーす!」」


「んー!美味しい!」


ぷるんぷるんとゆれるくず餅を頬張りながら笑う千紗を見ていると私も幸せな気持ちになる。


柔らかなハンバーグにお箸を入れて一口頬張る。


「んー!これも美味しい!一口食べる?」


「うん!」


ひな鳥のようにパクパクと口を開けている千紗に大きめに切ったハンバーグを放り込む。


「ん~!」


美味しい美味しいといいながらご飯を食べていると、チリンチリンとお客さんが入ってくる音がした。


ただ今店内には3組のお客さんがいる。


今日は繁盛してるのかな?と何気なく入り口に目をやると、


「あ…」


「花?どうしたの?」


お箸を止めた私を不思議に思ったのか、千紗も入り口に目を向ける気配がする。


「ああ。」


千紗は楠田くんが対応している人たちを見て、納得したように頷いた。


「あれ?わー!はなちゃーーん!」


私が見過ぎだせいで視線を感じたのか、彼は私を見つけて太陽のように笑った。
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