死神になった日

いとま

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21日目

赦されなかった血筋

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 村が光で満ちたのは、ほんの一瞬のことだった。村を襲った夜魔を全滅させるには、それで十分だった。

「今のは何だ……空から光が降ってきたが……」
「神様だ……辰様が村を守ってくださったんだよ」
「ああ、喜びごとだ 夜魔退治の喜びごとだ!」

 村が歓喜に沸いた。
 民家の戸から棒が外され、笑顔の人々が外に顔を出した。杖を持った紅飛斗たちもほっとした様子で、広場に集まってきている。

 辰様はその様子を見て、嬉しそうに目を細めた。けれど、すぐに私の手を引いて歩き出した。
「辰様? どこに行くのですか」
「……もう戻りましょう。少し疲れました」
 確かにあれだけの力だ。いくら神様といえど疲れてしまうのも無理はない。

 村人たちからの笑顔と感謝の言葉、それらの祝福が降り注ぐにぎやかな通りを抜けて、薄暗い天人廟へと入った。


 天人廟の中は、以前は何もなくてがらんとしていたけれど、辰様が住むようになってからはさまざまなものが持ち込まれていた。敷物が敷かれ、壁には大傘や織物が掛けられている。食事用の座卓と灯りのための油皿は、今は布団とともに部屋のすみに移動している。

 辰様は豆葡萄の敷物に腰を下ろした。
 髪をかき上げて頭を振る。黒い髪がさらさらと揺れた。
「辰様……?」
 応えるように目を上げて、私を見つめてくる。辰様の目は強い。いつも穏やかな口調だし、泣き虫だし、だからふだんは全然意識しないのだけれど。若葉を思わせる碧の瞳は、ただ美しいだけではない煌めきが宿っていた。日の入り込まない薄暗い室内で、白目の部分がくっきりと浮かび上がっている。その目でじっと見つめられると射貫かれたように動けなくなる。
 乱れた髪の一筋が頬に掛かり、血の気の引いた白い頬が余計に白く見えた。妙な色気が漂っている気がして、どきりとする。
 薄くあけた唇から小さく溜息を吐くと、苦しげに目を伏せた。まつげがかすかに震えている。心配で胸がしめつけられ、そばに膝を突いた。

「辰様、もしかして体調が……」
「短期間に喜びごとを重ねたので……。でも大丈夫ですよ、ちょっと休めば平気です」
 そうはいっても心配だった。
「どうかゆっくりお休みください。そうだ、そろそろお昼ですし、食事を持ってきますね。あと、何か元気が出そうな物を探してきます」
 私は天人廟を出ると、まっすぐ村長さんのお宅に向かった。村長、いや、紅飛斗長なら、神様を元気づけるものを持っていらっしゃるかもしれない。


「おや、副長のところの娘さんではありませんか」
 村長は玄関先で、笑顔で出迎えてくれた。
「そういえば副長はまだ御帰還されませんなあ。交渉ごとが長引いているのですかね」
「交渉ごと? 父は今そういう仕事をしていたのですか」
 早く辰様の話をしたかったが、村長の雑談をむげにするわけにもいかない。
「ああ、ご存じなかったですかね。あなたのお父様はいま隣村で交渉……というか、野菜の値切り交渉を頑張っておられるのですよ」
「……それは知りませんでした」
 苦笑してしまうと、村長はわざとらしくきまじめな顔をした。
「いや、笑い事ではないのですよ。鰺一匹で蕪菁かぶ二つ、それが約束だったのに、あちらの村が鰺一匹に蕪菁一つだと言い出して……あちらの言いなりになっていたら、海から魚がいなくなりますよ。これは厳密には紅飛斗のお役目ではないですけど、でもこういう仕事も決して疎かにして良いものではありません」
「はい」
 確かに村長の言うとおりだと思い、頷く。

「それでご用件は」
「実は神様のことなんです」
 早口でそう切り出すと、村長はにやりと笑った。
「でしょうねえ、そうだろうと思いましたよ」
 いや、それこそ笑い事じゃないのだけれどと憮然としてしまう。
「随分と仲良くされていらっしゃるようだ。紅飛斗として大変喜ばしいことです」
「う……」
 村長の何もかもお見通しだぞと言わんばかりの意味深な目つきに、私はうろたえてしまう。
「そ、それでですね、神様は随分とお疲れのようなのです。神様の疲労回復には何が良いのか、村長さんのお知恵をお借りしたいのです」

「ああ、先ほどは喜びごとで村を守ってくださいましたからね。しかも村だけでなく村周囲まで浄化するようなご威力でした。さぞお疲れでしょうなあ」

 村長はううんと唸った。
「いや、しかし、あれほど強大なお力の神様なら安心できますな」
「安心というのは……?」
「辰様がいらっしゃる以上、この村には今後新しい神様は産まれません。梅が咲く時期に辰様が箱に戻って死んで、梅雨に生き返るということを毎年繰り返すわけです。この村はずっと辰様ひとりだけということになる」

 ふと疑問が頭をよぎった。

――本来であれば、ことしは別の神様が産まれていたはずだ。その神様は一体どうなったのだろう。

 村長がご自分の頭をぺしんと叩く音に、はっと思考を現実に引き戻される。
「もしも辰様のお力が弱かったら困るなあと心配しておったのですよ。でも、あれなら申し分ない」

 村長は一度屋敷の奥に引っ込み、黒紀酒の入った壺を持ってあらわれた。
「お疲れには黒紀酒が一番良いと思いますよ。いやあ、それにしても辰様はやはり武神のようですね。いや私はそうなんじゃないかなとずっと思っていたんですよ。たくましいお体と美しいお顔! 私の読みは間違っていませんでしたな。お餅を降らせたときから、これはただものではないなと思ってたんですよ。そもそも人型の神なんて前例がない。何もかもが

 話しながら壺を差し出されたので、頭をさげて受け取った。ずしりと重い。
「辰様ほどのお力なら、ひょっとすると夜魔の親分も倒せるかもしれませんね」
 夜魔の親分だなんて、誰も見たことがない、伝説の存在だ。

 あの人にそこまでの期待を背負わせないであげてほしい、そう思った。

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