死神になった日

いとま

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21日目

赦されなかった血筋

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「ユーファさん、洗い物ですか? そこに置いておいてもらえれば私がやっておきますよ」

 調理場で明日の下準備をしていたバルトロにそう声をかけられて我に返った私は、慌てて彼に声を返した。

「あ、いいえ、自分で洗うから大丈夫よ。あなたも忙しいでしょう?」

 そう断って薬湯の椀を洗い物用の水桶に浸けながら、先程の出来事がぐるぐる頭の中を回って、その余韻に頬を染めずにはいられなかった。

 あんなふうにおやすみのキスをされるの、初めてだった。子どもの頃だってあんなことしてきたことなかったのに―――。

 思い出すと全身が火照ってくるので、私はそれを頭の片隅に追いやりながら自分自身に喝を入れた。

 色々とすごいことがあった気がするけれど、しっかりしなきゃ―――今はそれどころじゃないんだから。

 うん、明日が終わるまで、余計なことは考えない! 今は目の前のことに集中する!

 そう言い聞かせて無理やり気分を入れ替えた私はバルトロに尋ねた。

「ねえ、確かネロリのつぼみを乾燥させたものがあったわよね。あれってまだある?」
「はい、そこのカウンターの上に置いてある容器の中に」
「あれね。少しもらっても大丈夫?」
「ええ、どうぞ」

 柑橘系の植物であるネロリの花には、様々な精神的ストレスを緩和してくれる効能がある。このつぼみを乾燥させたものを軽く潰して茶葉にすると、微かな苦みと優しい味わいが特徴のハーブティーになるのだ。心の苦しみを和らげてくれる妙薬として昔から重宝されているハーブだ。

 気休め程度かもしれないけれど、これをスレンツェに淹れてあげたい。そしてフラムアークのアドバイス通り、あなたを心配しているのだということを素直に彼に伝えよう。

 お湯を沸かして茶葉をじっくりと蒸らしている間、私はバルトロと彼の恋人レムリアの話をした。昨年大変な出来事を乗り越えた二人の絆は一段と深まっているようで、その仲睦まじさは聞いていて思わず溜め息がこぼれるほどだった。

「あなたがフラムアーク様の任務に同行する機会が増えて、レムリアは寂しがっているんじゃない?」
「はは、よく寂しいとは言ってくれています。ですが彼女もフラムアーク様には少なからぬ恩義を感じていますし、私の気持ちもよく理解してくれていますから、大丈夫ですよ。任務地が遠方の場合は出先から必ず手紙を書くようにしていますし、今回も最後に立ち寄った町で彼女に手紙を出しました。あ、もちろん機密に関わるようなことは一切書いていません」

 バルトロはそう言って照れ臭そうにはにかんだ。

「不謹慎かもしれませんが、今回の件に関われたことが私は少し嬉しくて。……実は、私は元々騎士団への入団を希望していたんです。残念ながら願い叶わず、現在の職場への配属となりましたが……。そういった経緯もあって、自分がこういう場にいられるということに不思議な高揚感があるんです。明日、自分が戦場へ立つわけではありませんが、その空気の中にいられるだけで、何というかこう……感慨深いものがあって」

 色々な考えを持つ人がいる。

 バルトロは別に殺し合いを望んでいるわけではなく、騎士として祖国を守るという立場に憧れ、叶わなかった夢の舞台にいる昂りを覚えているだけなのだろう。

 彼らには意図的にぼかした情報しか与えていないから、私達との認識に温度差が生じてしまうのは致し方ないことなのかもしれない。

 けれど、何とも言えないもどかしさとやるせなさに苛まれた。

「……後方支援になるけれど、私達の役目も重要よ。私達は私達できちんと自分の役目を果たしましょうね」

 そう口にするにとどめた私に、何も知らないバルトロは「はい!」と力強く頷いた。
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