6 / 25
6日目
鏡
しおりを挟む 霧が気になっていたのは、自分の作ったそのストーリーだ。
(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)
母親と子供の、涙の再会。
(ベタだよなぁ……。お涙ちょうだいのおセンチな内容。奪われた子供、取り戻すために奔走する母親。あたしの母親とは大違いの、愛情に満ちた、優しい、通りすがりの生き物すら助ける慈愛に満ちた女性……。この娘は、幸せだな。きっと信じていただろう、母親が、助けに来てくれると……)
そこまで考えて、霧は、ハッとした。
(あ……そうか……)
霧の心に刺さっていた、何か。
その、正体に気付いたのだ。
(この子供は、あたしなんだ。あたしは自分のために……自分の願いを消化するために、この物語を作ったのか)
突然それに思い当たり、愕然とする。
大人になった今もなお、霧の中には、膝を抱え、愛情に餓え、泣き叫ぶ子供がいる、ということに。
(ああ……そうか。そういうことか)
霧はやるせない溜息をつくと、呟いた。
「あたしは……迎えに来てほしかったのか……。あんな、クズでも、愛して欲しかったのか……あたしを捨てて、二度と帰ってこなかったのに。はは……あほらしい……」
自虐的に歪んだ唇の端に、あふれ出した涙が、滑り落ちてゆく。
自己憐憫の涙は、陶酔的な甘い香りを放ちながら、絶望的な苦味と吐き気を催すほどの激辛風味を併せ持ち、霧の心中を打ち据えた。
それは容認しがたい苦しみを伴って、何度味わっても慣れることなく、霧を無力な子供に戻してしまう。
泣いている自分が苛立たしい。過去の痛みに翻弄される自分が、心底煩わしかった。
止めたいのに、一度堰を切ったその涙は次から次へと溢れ出て、霧の頬を濡らしていく。
「忘れたい……もう全部……それなのになぜ……。悪夢だ。もう終わったこと」
そう言い聞かせても、心に刻みつけられた傷跡は、ことあるごとに疼きだす。
人とは、なんと脆弱な生き物だろう。
霧は尚も自分をあざ笑った。いまだ親の与えた暴力と枷から抜け出せない自分を。
「考えるな、思い出すな、今はもう、こちらにいるのだから……」
しかし思い出すまい、とすればするほど、過去の亡霊が恨みがましく脳裏によみがえってくる。
霧の両親は、控えめに言っても、クズだった。
母親は、他人の稼ぎで楽をして生きいきたいという思いで結婚し、当然ながら目論見が外れた。「夫婦は合わせ鏡」という言葉がある。人は自分と同じランクの人間としか出会えないという。両親の結婚は、それを悪い意味で如実に反映した結果となった。
結婚当初それなりに稼いでいた父親は、霧が生まれた後に仕事を辞めてしまい、酒浸りの毎日となる。母親は、幼い霧に数々の暴言を吐きながら育て、やがて貧乏と夫の浮気に嫌気がさし、小さな娘を置いて家を出て行った。その後、父親は霧の世話を放棄し、挙句の果てに娘で金もうけをしようと、娘の裸を撮影し、いかがわしい連中と取り引きを始めた。
その時のことを思い返せば、今でもゾッとする。
荒い息を吐きながら子供の裸を凝視する、見知らぬ大人の男たち。
あの気持ち悪い目。触れてくる汚い手。邪悪な欲望にまみれた、変態たち。
「ううっ……!!」
霧は吐き気を催して顔を手で覆った。
(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)
母親と子供の、涙の再会。
(ベタだよなぁ……。お涙ちょうだいのおセンチな内容。奪われた子供、取り戻すために奔走する母親。あたしの母親とは大違いの、愛情に満ちた、優しい、通りすがりの生き物すら助ける慈愛に満ちた女性……。この娘は、幸せだな。きっと信じていただろう、母親が、助けに来てくれると……)
そこまで考えて、霧は、ハッとした。
(あ……そうか……)
霧の心に刺さっていた、何か。
その、正体に気付いたのだ。
(この子供は、あたしなんだ。あたしは自分のために……自分の願いを消化するために、この物語を作ったのか)
突然それに思い当たり、愕然とする。
大人になった今もなお、霧の中には、膝を抱え、愛情に餓え、泣き叫ぶ子供がいる、ということに。
(ああ……そうか。そういうことか)
霧はやるせない溜息をつくと、呟いた。
「あたしは……迎えに来てほしかったのか……。あんな、クズでも、愛して欲しかったのか……あたしを捨てて、二度と帰ってこなかったのに。はは……あほらしい……」
自虐的に歪んだ唇の端に、あふれ出した涙が、滑り落ちてゆく。
自己憐憫の涙は、陶酔的な甘い香りを放ちながら、絶望的な苦味と吐き気を催すほどの激辛風味を併せ持ち、霧の心中を打ち据えた。
それは容認しがたい苦しみを伴って、何度味わっても慣れることなく、霧を無力な子供に戻してしまう。
泣いている自分が苛立たしい。過去の痛みに翻弄される自分が、心底煩わしかった。
止めたいのに、一度堰を切ったその涙は次から次へと溢れ出て、霧の頬を濡らしていく。
「忘れたい……もう全部……それなのになぜ……。悪夢だ。もう終わったこと」
そう言い聞かせても、心に刻みつけられた傷跡は、ことあるごとに疼きだす。
人とは、なんと脆弱な生き物だろう。
霧は尚も自分をあざ笑った。いまだ親の与えた暴力と枷から抜け出せない自分を。
「考えるな、思い出すな、今はもう、こちらにいるのだから……」
しかし思い出すまい、とすればするほど、過去の亡霊が恨みがましく脳裏によみがえってくる。
霧の両親は、控えめに言っても、クズだった。
母親は、他人の稼ぎで楽をして生きいきたいという思いで結婚し、当然ながら目論見が外れた。「夫婦は合わせ鏡」という言葉がある。人は自分と同じランクの人間としか出会えないという。両親の結婚は、それを悪い意味で如実に反映した結果となった。
結婚当初それなりに稼いでいた父親は、霧が生まれた後に仕事を辞めてしまい、酒浸りの毎日となる。母親は、幼い霧に数々の暴言を吐きながら育て、やがて貧乏と夫の浮気に嫌気がさし、小さな娘を置いて家を出て行った。その後、父親は霧の世話を放棄し、挙句の果てに娘で金もうけをしようと、娘の裸を撮影し、いかがわしい連中と取り引きを始めた。
その時のことを思い返せば、今でもゾッとする。
荒い息を吐きながら子供の裸を凝視する、見知らぬ大人の男たち。
あの気持ち悪い目。触れてくる汚い手。邪悪な欲望にまみれた、変態たち。
「ううっ……!!」
霧は吐き気を催して顔を手で覆った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴
もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。
潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。


旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

奇妙丸
0002
歴史・時代
信忠が本能寺の変から甲州征伐の前に戻り歴史を変えていく。登場人物の名前は通称、時には新しい名前、また年月日は現代のものに。if満載、本能寺の変は黒幕説、作者のご都合主義のお話。

幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる