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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
恐怖の婚約パーティー side麗良
しおりを挟む婚約発表パーティー襲撃時の麗良目線です。書籍版では雛子目線に変わっています。
*・゜゚・*:.。..。.:* .。・**・゜゚・*: .。.:*・゜゚・*
目の前に、憎くて憎くてたまらない女の顔がある。
上質な布地で作られた青いドレスに、煌くティアラとネックレス。左の薬指には大きなダイヤモンドが眩しい輝きを放っている。
――すべて私の物になるはずだったのに、この女がいるせいで……コイツのせいでっ!
「雛子~! おまえなんか、おまえなんか……っ!」
不幸の元凶を絶つことに躊躇などなかった。麗良は目標に向かってまっすぐ突進していく。
「うわぁああ! 死ねっ!」
カッターナイフを高く掲げ、大声で叫びながら青いドレスの胸元に刃先を突き立てようとした時……突然後ろから羽交い締めにされた。
「麗良、やめろ!」
「朝哉様……っ!」
それは夢にまで見た王子様の声。耳元に響くその美声は、今ようやく麗良の名前を口にした。
――朝哉様、私はあなたのためにここまで来たのです! 朝哉様っ!
「今すぐカッターナイフを離せ! ヒナを傷付ければ容赦しない!」
「朝哉様っ!」
――どうして!?
やっと、やっと再会できたのに、愛しい人は残酷にも他の女性の名を叫ぶ。
「ヒナっ、早く逃げるんだ!」
暴れる麗良を締めつけながら朝哉が言うと、麗良の瞳が怒りで燃えた。
――どいつもこいつも……。
「雛子雛子雛子って……クソくらえだ!」
ザシュッ!
「うわっ!」
麗良がカッターナイフを勢いよく横に引くと、目の前の朝哉の手の甲にシュッ! と真っすぐな切れ込みが入った。
スパッと切れた真一文字の傷にはみるみる血が滲み、カーペットにポタポタと鮮血を滴らせていく。
締めつける力が緩んだ隙に麗良はガッと肘鉄を喰らわせ、朝哉の腕からすり抜ける。
――こんなはずじゃなかったのに……この腕は私を優しく抱きしめてくれるはずだったのに……。
「くそ~っ!」
涙で滲んだ視界の端に、警備員に両側から腕を掴まれて歩いていく大地の姿が映った。
――くそっ! あの役立たずが!
アイツがとっとと雛子を捕まえなかったから、朝哉様を引き止められなかったから……。
視線をバッと前に戻すと、敵である雛子の目線は自分ではなく、麗良を止めようと必死になっている朝哉に注がれている。
――こんな時にまで婚約者気取りかっ! 良い子ぶりやがって!
怒りがふつふつと滾りだし、血走った目をカッと見開き再びナイフを構える。
麗良はお腹を押さえて前屈みになっている朝哉の肩にも、勢いよく切りつけた。
自分を見ようともしない男。雛子なんかに夢中になっている男……。
そして愛する朝哉をこんな男にしたのは、誑かしたのは……
――雛子、絶対に許さない! 許さない許さない許さない!
「くっそ~、おまえだけ幸せになんてするもんか! その顔を切り刻んでやる! 死ね!」
「やめろっ!」
一歩踏み出した麗良の右手を、後ろから朝哉が両手で掴む。
「離せっ!」
「離すかっ! ……ヒナ、早く行けっ、行くんだ!」
その時、朝哉の手を必死で振りほどこうとする麗良の指先がピンポイントで蹴り上げられた。
カッターナイフが宙を舞い、床に落ちる。
横からヨーコが蹴り上げたのだ。
――あっ!
麗良がひるんだところで、今度は正面から雛子の正拳中段突きが襲う。
「えいっ!』
拳でみぞおちを突かれて、堪らず麗良がしゃがみこむ。
「うっ……ゲホッ…」
カッターナイフはヨーコの手に渡り、万事休す。
――くそっ、くそっ、くそ~っ!
その時、ドドドッと地響きのように大きな足音が近づいてきた。
その場にいた全員がハッと顔を向けると、馬鹿力で警備員をなぎ倒した大地が全力疾走して来るのが見えた。
朝哉とヨーコ、そして竹千代が雛子を背中に囲い、身構える。
「麗良ーーーっ!」
「お兄ちゃん、早く雛子をやっちゃって!」
――やれっ! おまえの馬鹿力でアイツら全員やっつけろ!
だが、大地が向かった先は別だった。
ガッ!
その瞬間、麗良の目の前で星が飛ぶ。
気づくと大地が馬乗りになって掴みかかり、目の前で拳を振り上げていた。
ゴッ!
もう一度頬に痛みが走る。脳味噌が揺れて視界が歪む。
――えっ!?
「おまえ……っ、雛子ちゃんを助けるって……救うって言ったじゃないか!」
「……はっ、こんな女を誰が助けるって? 傷つけに来たに決まってるだろうが!」
大地に胸ぐらを掴まれて鼻血を流しながらも、口角を上げて不敵な笑いを浮かべてみせる。
顔中がジンと痺れている。腫れ上がっているのだろうか。だがもう、どうでもいい。
「ハハッ、馬っ鹿じゃないの!? おまえみたいなニート豚が女に相手にされるわけないだろう!」
「うわぁぁぁーーーーー!」
地獄を這うような絶叫と共に、次々と衝撃が襲う。
ガッ! ボコッ! ドガッ!
大地が目を血走らせ、無言で何度も拳を振り下ろす。
――痛い!……痛い痛い痛い……っ!
もう声さえ出ない。
あたりには肉がぶつかり骨が砕けるような鈍い音だけが響き渡る。
「警備員さん!」
あまりの勢いに気圧されていた警備員が、朝哉の声にハッとする。
我にかえって駆け寄ると、4人掛かりで大地を抑えこむ。
「うぁぁ、触るな--ー! うお--!」
「確保! 確保~!」
手足をバタつかせ暴れる巨漢も、大の大人4人に乗り上げられては逃れようがない。
徐々に動きが鈍くなり、最後にはグッタリと力を抜いて黙りこんだ。
カツ……。
耳元でヒールの音がした。
麗良がそちらに顔を向けると、すぐそこに雛子が膝まづき、大地の顔をのぞきこんでいる。
「大地さん」
「ひな……こ…ちゃん……」
「大地さん……いくら腹が立ったとしても、血の繋がった妹さんに暴力を振るってはいけないわ。絶対に駄目」
雛子が切なげに唇を引き結び、警備員の体の下から辛うじてはみ出していた大地の左手を両手で包みこむ。
「大地さん、もしも何かから私を救おうとしてこんなことをしたのだとしたら……手段を間違えている」
「雛子ちゃん……ううっ…」
「私のことなら心配しないで。私は今、とても幸せなの。そして……ごめんなさい。私がこれからもっと幸せになりたいと思う相手は……一緒にいたい人は……大地さん、あなたじゃなくて、黒瀬朝哉さんなの」
雛子はスッと立ち上がると、朝哉の隣に寄り添い、彼を支えた。
「朝哉、早く止血しないと……」
「俺は大丈夫だ。ヒナは? どこも怪我してない?」
「大丈夫よ、みんなが守ってくれたから……」
ぼんやり見つめる麗良の視界には、体を寄せあい熱く見つめあう朝哉と雛子が映っている。
「雛子ちゃん……ううっ……僕の天使……ごめんよ……ごめん……」
うしろからは大地の涙声が聞こえてきた。
――私だって……私だってあんなふうに……朝哉様の天使になりたかった……。
雛子のように……みんなから愛されたかった……。
頬を生暖かいものが伝っていった。
それが涙なのか鼻水なのか、それとも赤黒い自分の血なのか……すべての感覚が麻痺した麗良には、もう確かめる気力さえも残っていなかった。
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