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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
おじさまの帰国 2
しおりを挟む「このバカチンが! どうしてそのタイミングで本当のコトを言わないのデスカ!」
午後5時過ぎの専務室。
机に向かって本日の視察結果の報告書をまとめている朝哉に向かってヨーコの容赦ない罵倒が飛んでくる。
「 ナニゴトも小出しにすればイイってもんじゃないのデスヨ! 城を攻め落とす時は一気に行かねばならぬのデス!」
カイチョーとシャチョーがせっかく外堀を埋めてくれたのに、本丸を目前にして怖気づくとは何ごとだ! それでも大将か! 恥を知れ!
……と、その後もヨーコの説教は続いている。
――こいつ今は時代物のBLにハマってるな。
そう思いながら、朝哉はパソコン画面に文字を打ち込んでいた。
ヨーコの言い分はわからないでもない。
こちらが意図せぬ形でバラされたとはいえ、雛子は朝哉の秘密を聞いた結果、心を開いてくれたし、過去の酷い行いも赦してくれた。
――結果オーライといえばそうなんだが……。
それでも朝哉は、今日の流れでそのまますべてを打ち明けてしまうのには抵抗があった。
たしかにいつまでも隠しているわけにはいかない。
朝哉があしながおじさんであっても雛子が納得できるようになったら……と思っていた。
たぶん今がその時だろうと思う。
だけど、父親にバラされた流れでついでに……というのは何か違う気がするのだ。
大事なことだからこそ、ちゃんとしたお膳立てをして、憧れのあしながおじさんに相応しいシチュエーションで雛子に真実を告げたい。
ヨーコにそう言えば、「お前は乙女か!?」と突っこまれるに決まってるから恥ずかしくて言えないけれど……要はカッコつけたいだけなのだ。
今さらNYの空港まで戻ることはできないから、せめて羽田空港で。
スーツでビシッとキメて雛子の前に登場して、あの日勇気がなくて出来なかった告白をしよう……そう決めたのだった。
なおも何か言い続けているヨーコをスルーしている朝哉の代わりに、竹千代が口を開く。
「ヨーコ、そんなにギャンギャンわめくなよ。専務は時間外まで残って仕事してるんだぞ。おまえはもう仕事が終わってるんだからとっとと帰ればいいだろ」
「タケ、ダマレ!」
「そうだよヨーコ、残業手当てが勿体ないからもう帰れ」
朝哉がパソコンから顔を上げて竹千代の言葉に同調すると、ヨーコが不満げに反論する。
「失礼ですネ! 私は残業手当がほしくて残っているのじゃアリマセン! ちゃんと5時退社でパソコンに打刻スミですヨ!」
「だったらなおさらだ。サービス残業になる、もう帰れ」
朝哉の素っ気ない物言いにヨーコが唇を尖らせる。
「今は作戦タイムなのデス! ワタシはヒナコにシアワセになってほしいのデス!」
「だったら雛子さんはもう大丈夫だと思うぞ。車の中でずっとイチャイチャしてたし」
「おいタケ!」
「ワオ! そのお話、もっと詳しく!」
――うわっ、藪蛇だ……。
今日は本当なら白石工業の視察を終えて一旦会社に戻ったのち、雛子と外食に行こうと思っていた。
しかし透と村上に見送られて車に乗りこんだ途端、時宗から社長としての電話がかかってきたのだ。
『白石工業の視察は終わったか? 今日中に報告書を上げてくれ。それと、問題点があるようならその改善案とそれに必要な経費の試算もだ』
「はぁ、今日中? 今から会社に戻ったらもう4時半過ぎだろ、残業確定じゃないか。時間外労働を強制するなんてグローバル企業失格だな。俺、ヒナとデートがあるから」
『なに言ってるんだ。昼からたっぷり2人で過ごさせてやったじゃないか。どうしてもデートしたければ報告書を速攻で仕上げれば済む話だ。単に雛子さんを案内させるためだけに白石工業に行かせたわけじゃない』
専務の仕事を舐めるんじゃないぞ……最後にそう言われて、少し浮かれていた自分を反省した。
そうだった、自分はもう専務になったんだ。
ただでさえ実力のない若造だと陰口を叩かれやすいのに、なにを油断しているんだ……。
朝哉は時宗との電話を切るとすぐに、「今日の夜は出掛けられなくなった。ごめんな、俺から誘ったのに」と隣に座っていた雛子に告げた。
「ううん、外食ならもうお昼ので十分。白石工業にも行けたし」
その控えめな言葉と笑顔に胸がキュンとする。
雛子の手を握り、指を絡めながら、「今日は驚いただろう?」と顔をのぞきこむ。
「ごめんな、一度にいろんなことを聞かされて、急にこんな所まで連れてこられて、戸惑ったよな。俺も落ち着いてからゆっくりって思ってたんだけど……」
「ううん、私は嬉しいわ」
「えっ?」
「朝哉の本当の気持ちがわかって嬉しかった。おまけに父が遺した会社も大切にしてくれて……感謝しかない。朝哉、ありがとうね」
小首を傾げて瞳をのぞきこまれ……今さっきキュンとした胸が、ズキュン! となった。
「……くそっ!」
思わず雛子を抱き寄せてキスをする。
もちろんディープなのじゃなくて軽く唇を当てた程度だけど、雛子は恥ずかしかったらしい。
「ちょ……ちょっと!」
運転中の竹千代の視線を気にしてグイッと朝哉の胸を押してきた。
アメリカの大学にいたらカップルがキスしてる光景なんて珍しくもなかっただろうに、スレていないのがこれまた好ましい。
朝哉は構わず雛子の肩を抱き寄せて、そのまま腕の力を緩めなかった。
「も……もうっ!」
彼女は顔を真っ赤にして拗ねていたけれど、そんな表情も可愛かったし、最後には抵抗をやめて肩に頭を預けてくれたから、後悔はしていない。
マンションの前で降ろした時に胸の前で小さく手を振ってくれたのも、めちゃくちゃツボだった。彼女が建物の中に消えるまで、窓を開けたまま見送っていた。
タケが言っているのはその時のことだろう……と思う。
「専務がすっごいデレデレでさ、声も甘くて身体をピッタリくっつけてるから、俺、2人があのまま後部座席でヤリ始めるんじゃないかってドキドキした」
「するかっ!」
「ワオ! トモヤがヤジュウを隠さなくなった!」
「野獣じゃないわ!」
だけど、雛子とまた恋人になれて調子に乗っていたことは認める。
「タケも聞いてただろ? ヒナが車の中で言ってたこと」
「はい……。帰ったらすぐに、あしながおじさまに報告する……って言ってましたね」
そう、雛子は今日のことをあしながおじさまに話すのが楽しみだと笑顔で語っていた。
あの流れで『じつは……』と言ってガッカリされるのは辛いものがある。
――なんだかんだ言い訳して、やっぱり勇気がないだけなのかもな。
けれどもう、ヘタレのままではいられない。
とうとう自分で期限を決めて、雛子にメールまでしてしまったのだから。
今週の土曜日、朝哉はあしながおじさまとして雛子の前に現れる。
せめてそれまでの残り数日だけでも必死にアピールしまくって、雛子にもっと好きになってもらっておこうと心に決める朝哉なのだった。
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