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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
白石工業 3
しおりを挟む「わぁ、すごいですね。すっかり綺麗になってる」
ゆっくり話をしましょう……と村上が雛子を案内したのは、工場と開発センターをつなぐ渡り廊下にある社員食堂だった。
白を基調とした内装に開放感のある広々とした造りで、大きめの窓からは中庭が見渡せる。
券売機には豊富なメニューが揃い、飲み物は壁際に設置された2台のカップ式自動販売機で買うか、無料のティーサーバーを利用する仕組みになっている。
午後2時半という中途半端な時間のせいか人がまばらで、たしかにここなら落ち着いて話ができそうだ。
2人はいくつか並んでいる長机を避け、窓際の2人用の丸テーブルに座った。
クーラーが冷んやりと効いている室内で肩をさすった雛子のために、村上がティーサーバーで暖かい緑茶を汲んできてくれた。
「建物全体も改装されてますけど、食堂もオシャレになったんですね」
以前は見るからに『工場の食堂』という感じで家庭的で地味な雰囲気だったのに、今は一見カフェ風で、若者がちょっとお茶を飲むのにも商談するのにも気軽に使えそうだ。
キョロキョロと全体を見渡しながら思ったままの印象を伝えると、村上はテーブルの上で指を組み、「おっしゃる通り」とうなずく。
「ぜんぶ朝哉さんが……雛子さんの婚約者が、長い年月をかけてこの会社を改善してくださったんですよ」
「朝哉が……長い年月をかけて?」
「はい、彼の尽力がなければ今頃この会社は無くなっていたでしょう」
宗介亡きあとの白石メディカと白石工業は沈みかけた船……いや、半分はもう沈んでいたのだと、村上は語った。
宗介は経営者としても開発者としても立派な人物だった。ただ唯一の欠点は『性善説の人』だった……ということだ。
弟が自分を裏切るはずがないと血の繋がりを盲信するが故に、白石工業の全権を委ねてしまった。
大介が会社のお金を着服し帳簿を操作していたとも知らずにクインパスとの業務提携話を進め、話が締結する前に急死。
その後は雛子も知っての通り大介の横暴がエスカレートし、クインパス側からは提携話を反故にされ……このままでは倒産もやむなしという状況にまで追い詰められてしまったのだという。
「会社に残っていた同僚から聞かされるのは悪い話ばかり。会社の将来を案じながらも、解雇された私にできることはなく、忸怩たる思いで見つめておりました」
そんな時、クインパスの使者だと言って連絡をとってきた人物がいた。
「朝哉さんが白石工業の将来について話をしたいと電話をくださったのは、その夏のことでした」
朝哉はクインパスの弁護士と秘書を伴ってわざわざ家まで来ると、村上が所有している白石メディカの株をすべて売ってもらえないかと打診してきた。
『会社の業績がここまで悪化したのも、クインパスとの業務提携が暗礁に乗り上げたのも、すべては白石大介の無能さによるものです!』
このままでは会社も、会社で働く従業員も助からない。
白石大介を白石グループから排除し、クインパスが手を差し伸べれば会社は生き残ることができる。
そう朝哉は説いた。
「ですが私はどさくさに紛れてクインパスに白石グループを乗っ取られるのも嫌だった」
自分が持っている白石メディカ株は価値が落ちて紙切れ同然だ。買い取ってくれるというならとっとと手放したほうが得策に違いない。
しかし亡き社長が大切にしていた魂を売り渡してしまうのにも葛藤があった。
村上が躊躇しているのを見てとると、朝哉はソファーから立ち上がって真っ直ぐに立ち、「会社のためにも雛子さんのためにも力を貸して下さい!」と深く頭を下げたのだという。
『私は雛子さんの婚約者です。雛子さんが大切にしている白石工業をどうしても救いたいのです! どうか私に、会社を救う手助けをさせてください!』
クインパスの傘下に入ってくれれば資金投入ができる。白石グループの従業員は絶対に解雇しないことを約束する……と断言した。
『私は将来クインパスを背負って立つ人間です。クインパスグループの次期CEOとしてお約束します。いつか必ず妻となった雛子を伴って白石工業に来ます。彼女の元に……あるべき人の手に白石工業を返すために全力を尽くします!』
朝哉の真摯な態度と必死の説得にうなずいた村上は、同じように解雇されていた元同僚に声をかけ、クインパスに株を売ることに同意させたのだった。
「――あの時の朝哉さんの鬼気迫る様子は凄まじいものがあった。あれを見て心を動かされない者などいないでしょう」
村上はその後のクインパスの対応と白石グループの現状を振り返り、表情を柔らかくする。
クインパストップである時宗の采配により、解雇されていた古参の従業員が呼び戻され、各部署の重要なポストに宛てがわれた。
クインパス本社からは優秀なスタッフが派遣され、大企業のノウハウと資金を惜しみなく投入した。
「おかげで私は白石工業の社長をさせてもらっています。今の白石メディカの社長はクインパス出身ですが、とても優秀で信頼できる方だ。クインパスから設備投資をしてもらったおかげで、ここもほら、この通り綺麗になったというわけですよ」
朝哉はその後も白石工業を気にかけて何度か足を運んでいたのだという。
村上の話を聞いている途中から、雛子は両手で口を覆い、ひたすら黙って耳を傾けていた。
目から溢れる涙を止められない。
――朝哉が私を婚約者だと……いつか妻としてここに連れてくると言ってくれていた……。
雛子のために後継者になる道を選び、皆に頭を下げてくれていた。
雛子に憎まれていると知りながら、いつか一緒になる日を信じて白石グループを守ってくれていた……。
――私の知らないところでずっと愛情を注ぎ続けてくれていたんだわ……。
「雛子さん、良かったですね。あんな素晴らしい方が婚約者で、天国の社長もきっと安心なさっていることでしょう」
「はい……村上さん、私、彼のことが大好きなんです……」
雛子が泣き笑いの顔でそう言うと、村上は「お似合いですよ、お幸せに」と深くうなずいた。
「ヒナ、工場のほうを見にいかないか?……えっ、泣いてるの? どうした、大丈夫か!?」
透と共に食堂に入ってきた朝哉が雛子の涙を見て慌てて駆け寄ってくると、オロオロしながら顔をのぞきこむ。
雛子は涙を拭ってクスッと笑うと、「大丈夫、ただ幸せなだけ……」と愛する人の手を取った。
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