58 / 83
裏 あしながおじさまは元婚約者でした
明かされた真実 side雛子
しおりを挟む書籍部分を省いたのでいきなり飛びます。
雛子が朝哉の秘書として働きはじめた初日に会長に誘われてしゃぶしゃぶを食べに行ったくだりです。
こちらでは書籍版と違って朝哉と雛子が学生時代に結ばれていた設定のまま会話が進んでいます。
また、料亭のあとで白石工業に向かう点も書籍とは違っています。
*・゜゚・*:.。..。.:*・**・・*:.。..。*・'*:.。. .。.:*・゜゚・*
『山水亭』は駅近くのビル2階にある割烹料理の店で、一歩中に入ると上品な和の世界が広がっていた。
案内された個室は掘りごたつになっていて、天井まである1枚ガラスからは美しい坪庭を眺めることができる。
雛子が緊張しながら畏まっていると、ドタドタと足音がして朝哉が駆けこんで来た。
「このたぬきジジイ! どうして待っててくれなかったんだよ!」
「朝哉、店内で走るでない。おまえは時宗の車があっただろう」
「そういうことじゃなくて……ヒナ、大丈夫だったか? ……おい祖父さん、余計なことを言ってないだろうな」
朝哉が定治を睨みつけたまま雛子の隣に座る。
「うむ……そうだな、余計なことは言ってないが、おまえが何も言ってないということはわかったぞ」
「なっ!……祖父さん、もしかして」
「だから余計なことは言っておらん。ただ、雛子さんがお世話になっている方が海外に行っていると教えてもらっただけのことだ」
今度は定治がギロリと睨みつけ、かわりに朝哉が怯んで口籠った。
――なんだか険悪な雰囲気……。
やはり自分が来るべきではなかったと後悔していると、引き戸の外から声がする。
「お連れ様がいらっしゃいました」
今度は女将に案内されて時宗が入って来た……が、彼は席にはつかず、その横の畳に正座する。
そして膝に両手を置いて、武士の如く頭を下げた。
「雛子さん、本当に申し訳なかった」
「えっ」
隣で朝哉が「ちょっ!」と小さく叫んだが、時宗は顔を上げると真っ直ぐに雛子を見つめ、慌てふためく朝哉を尻目に話を続ける。
「あのとき私が朝哉に命じたことは、まだ十代の女子高生だったあなたにとって……いや、女性にとって、本当に酷なことだったと思います」
「父さん!」
「いくら謝っても謝り足りない……ですがあなたはこうして朝哉を許して下さった。本当にありがたいと……」
「父さん、待って、違う!」
「……時宗、どうやら私たちの勘違いだったようだよ」
「えっ、勘違い? 会長、それはどういう……」
そんな家族のやり取りに雛子が割って入った。
「社長、私も知りたいです。それはどういう意味なんでしょうか」
低く震える声で問いただすと、その場がシンと静まり返り、空気が凍りつく。
しばらくの後、『は~っ」と朝哉の深い深い溜息が漏れた。
「……だからこんな食事会、嫌だったんだよ」
朝哉が片手で額の汗を拭ったのを合図に、定治が時宗に向き直る。
「時宗、雛子さんは朝哉を……いや、私たちを許したわけではないようだ。それどころか何も知らん」
「知らないって……朝哉、おまえ……。ですが雛子さんはこうしてここに……」
朝哉と雛子の顔を交互に見ながら時宗が意味がわからないという顔をしているが、雛子だって事情を飲み込めず混乱中だ。
――えっ、何? 許すって……勘違いって、どういうこと?
雛子は掘りごたつから足を出すと、時宗の前で膝を揃え、硬い表情で口を開いた。
「社長、今おっしゃったことはどういう意味なのでしょうか。6年前に朝哉さんと私に起こったことに、社長と会長が関係しているのですか?」
「ヒナ、父さんたちは関係ない、俺が決めたことだ」
「朝哉、それでは雛子さんが納得できんだろう」
「父さん!」
時宗は改めて雛子と向き合うと、6年前に自分が朝哉に命じたことを語って聞かせた。
宗介の死後に白石工業の経営状況の報告に疑わしい点が多数発覚したこと。
叔父一家の散財と無謀な投資、ベテラン職員の解雇により白石メディカまでが破綻寸前だったこと。
白石メディカと白石工業、そして雛子の窮状を救うために朝哉が父親に助けを求めたこと。
そしてその条件として、時宗が朝哉にクインパスの後継者となることと雛子との別れを突き付けたこと……
「――すべて私の一存です。朝哉が絶対に断れないと見こんだ上で命じました。卑怯な行為です」
本当に申し訳なかった……と時宗が再び頭を下げたとき、朝哉が口を開いた。
「父さんのせいじゃない、俺が選んで俺が決めたんだ」
「いや朝哉、私が」
「父さん……ヒナも聞いてくれ。そりゃあ確かにあのときは父さんを恨んだし、あんな決断したくもなかったよ。だけど父さんの立場を考えたら仕方なかったし、俺にとっても必要なことだったって今は思えるんだ……」
自分は恵まれた環境に甘えていた。先祖が築いて来た恩恵に預かりながら、自分がそれを引き継ぎ報いるという覚悟がなかった。
雛子が境地に陥ったとき、初めて自分には何の力もないのだと思い知った。
あのまま親の反対を押し切って勢いで雛子と一緒になっていたら、雛子に苦労をかけるだけで、結果的には上手くいかなかったかもしれない……。
「6年間、自分をとことん追いこんで、学んだことが沢山あった。会社を経営していくうえでは綺麗ごとだけで済まないこともある、力を使うしたたかさも必要だというのを知った。覚悟もできた。ぜんぶ俺に必要なことだった」
だから……と時宗を見つめる。
「父さんは社員を抱える会社の経営者として一番賢いやり方をしただけのことだ。選んだのは俺だ」
次に雛子を見つめ、切なげに微笑む。
「ヒナ、ごめんな。力がなかったのも、おまえを守りきれなかったのも、自分の感情のままにおまえを傷つけたのも……俺が全部悪い。それでも俺はヒナを諦めたくなくて……」
「どうやら2人にはまだ話し足りないことが沢山あるようだな」
「祖父さん……」
「赤城、女将を呼んでくれ」
「はい、只今」
定治がドアの外に声をかけると、しばらくして女将が顔を出す。
「急で悪いんだが、個室をもう1つ用意してもらえんだろうか。若者だけそちらで食事をさせたい」
「はい、畏まりました。すぐにご用意させていただきます」
「会長……」
「雛子さん、昔みたいに定治さんと呼んでくれないかい。もしも私を許してくれるなら……だが」
「定治、さん……」
定治は「うんうん」と相好を崩すと、ドアの外に視線をやり、もう一度雛子に微笑みかける。
「どうやら部屋の準備が整ったようだよ。さあ立って……朝哉、さっさとエスコートしないか」
あとは若いお二人で……だな。と呟く定治と、こちらを見上げてお辞儀をする時宗に見送られ、若い2人は席を立ったのだった。
0
お気に入りに追加
1,900
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。