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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
叔父の陰謀 2
しおりを挟む日曜日の夕方、雛子は朝哉に付き添われて自宅に帰った。
叔父たちは雛子が朝哉の元にいたことを予想していたらしく、玄関に現れた2人を見て、やはりという顔をする。
「僕が雛子さんを引き留めました。申し訳ありませんでした」
「まあ、仮にも婚約者だから仕方ないとはいえ、雛子はまだ高校生なんでね、無断外泊は困るよ」
深々と頭を下げた朝哉に大介は苦い顔をしたものの、クインパスの御曹司に強くは出れないようだ。
やんわりと釘を刺す大介に比べ、恭子のほうは辛辣だった。
「まったく宗介さんはどういう教育をしていたのかしらね。やっぱり男親だけだと目が行き届かないのかしら。うちの麗良だったらそんなふしだらなことはさせないわよ」
「白石さん、それは故人に対して失礼です! 父親を亡くした雛子さんの気持ちも考えてあげてください!」
朝哉の剣幕にたじろいだのか、恭子は愛想笑いを浮かべて話題を変える。
「そういえば朝哉さん、うちの麗良が以前パーティーであなたに親切にしていただいたって感激していましたのよ。よろしかったら上がって一緒にお茶でもいかが?」
「いえ、申し訳ありませんが僕は雛子さんを送ってきただけですので。何度も言いますが、僕が彼女を引き留めたんです。どうか叱らないであげてください」
しかし朝哉が何度も頭を下げて帰って行った後、恭子は鬼の形相で雛子を叱りつけた。
『高校生のくせに男の家に押しかけるなんて、なんというふしだらな女なんだ』
『自分たちの顔を潰すような真似をしてくれるな』
『クインパスの御曹司がついていると思って調子に乗るんじゃない』
『今すぐ荷物をまとめて寮に行く支度をしろ』
雛子は弁解の機会も時間も与えられず、追い立てられるように自分の部屋に上がっていった。
『ヒナ、大丈夫だったか? 寮に入る日が決まったら教えてくれ。手伝いに行くから』
朝哉からのメールを読み、昨夜から今日にかけて2人ですごした時間を思い出して、自分を奮い立たせる。
――大丈夫。私には朝哉がいる。高校を卒業したら、私を連れ出してくれるんだから……。
スーツケースと段ボール箱に荷物を詰めこみながら、いつか来る明るい未来に想いを馳せていた。
けれど雛子が引っ越し前に朝哉に会うことはできなかった。
忌引きが明け、翌朝1週間ぶりに学校に行った雛子は、授業が終わると学校の先輩である寮長に話し掛けられた。
訝しく思いながらついていくと学校の寮に案内され、その日からそのままそこに住むことになった。
部屋には自宅の部屋から運び出された段ボール箱とスーツケースが置かれていた。
悲しみや怒りよりも驚きのほうが大きくて、泣くことさえ忘れ立ち尽くす。
愕然としたけれど、あのままあの家にいるよりはこのほうがいいのかも……と受け入れている自分もいた。
――大丈夫、私は頑張れるわ。
そう自分に言い聞かせ、その日から雛子の寮生活が始まった。
寮の規則は厳しく、行動時間も細かく定められている。
平日は学校以外の外出は基本的に禁止で、学用品や必要な物がある場合は学校か寮にある購買、または通学路の途中にあるコンビニで買い求めることになっていた。
部活動がない場合は午後5時までには絶対に寮に戻らないといけないので、学校で長居することもない。
週末だけは外出が可能なものの、それも午前8時から午後5時までの間でたった5時間だけ、寮母に時間を申請のうえ出掛けられるというもの。
外泊は家族の許可が必要で、叔父と叔母がそれを許可することはなかった。
雛子は週末に朝哉と会える5時間だけを楽しみに過ごすことになった。
当然、2人の主なコミュニケーションはメッセージや電話がメインとなる。
『ヒナ、寮の生活には慣れた? ちゃんと食べてる?』
「うん、食堂の食事は美味しいし、寮母さんも親切な方だから安心して」
『そうか……土曜日には会いにいくから』
「ありがとう。無理しないでね」
『無理なはずあるか。ヒナに会えないほうが無理!』
そんな会話を交わしてから同時に電話を切って眠るのがお約束になっていた。
お互いなかなか電話が切れなくて、そこからまたウダウダと会話が長引くのもお約束だ。
木曜日の放課後、雛子が友達とともに徒歩5分の寮への道を歩いていると、途中のコンビニの駐車場からこちらにスタスタと歩いてくる人影があった。
不審者が現れたら大声で叫んで全力で走って逃げるかコンビニに駆けこむことになっている。
「誰か真っ直ぐこちらに歩いてくるわ!」
「雛子さん、逃げましょう!」
「でも……カッコいい!王子様みたいな人よ」
――王子様?
身構えながらその姿を確認すると……。
「ヒナ!」
輝くばかりの笑顔で目の前に立っているのは、なんと朝哉その人だった。
「一目見るだけでも会いたくて……でも、やっぱり一目じゃ足りないや」
朝哉は一緒にいる寮生たちに「こんにちは」と愛想よく微笑んで、
「悪いけど、ちょっとだけ彼女を借りるね。寮母さんにはコンビニに行ってるって言っておいてもらえるかな?」
いたずらっ子のように片目をつむってみせる。
「「「 きゃーーーーっ! 」」」
「素敵!」
「ロミオとジュリエットみたい!」
「もちろんです!」
「ごゆっくり!」
寮生が口々に叫びながら去って行った後で、朝哉はハハッと笑って、
「それではお姫様、お車へどうぞ」
雛子の手を引いて自分の車に招き入れた。
「やっと会えた……」
朝哉は車のドアを閉めた途端、雛子に抱きついて、彼女の匂いを確認するかのように髪に顔を埋め、深く息を吸う。
「驚いた……今日はどうしたの?」
「ん……ヒナに会いたくて」
「会いたくて……ここまで来ちゃったの?」
「ん……来ちゃった」
顔をヒョイと上げて雛子の瞳をのぞきこむ。
「ごめん、迷惑だった?」と聞く不安げな目が子犬のようにウルウルしていて。
「迷惑なはずない。私だって……会いたかった。ありがとう、朝哉」
自然に唇が重なり、強く抱きしめあった。
「ああ、ヒナだ……俺のヒナ」
駐車場のほんの10分ほどの逢瀬。このたった10分のためだけに横浜からわざわざ来てくれたのだと思うと、雛子は彼の優しさと愛情を感じられて心が温かくなった。
そして、彼の想いを再確認できたようで、たまにしか会えなくても自分たちは大丈夫だと思えるのだった。
――うん、私たちは大丈夫。
けれどその思いは大人たちの手により打ち砕かれていく。
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