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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
帰りたくない 1
しおりを挟む叔父一家の同居のあたりは書籍版に使用しているので、こちらではダイジェスト版になっています。
そこからそのまま追い詰められた雛子と朝哉の逢瀬に突入します。
この辺りは書籍版には入っていなくて、あちらでは丸ごと無かったことになっています。
*・゜゚・*:.。..。.:* .。.:*・**・*:.。..。.:*・*:.。 .。.:
父である宗介の死後、雛子の生活は大きく様変わりしていた。
『私にすべて任せておけばいいからね』
叔父の大介はそう言うと、葬儀の翌日には家族揃って世田谷の雛子の家に引っ越してきた。
埼玉の家は売りに出すのだという。
屋敷では2階の雛子の部屋だけがそのままで、その他は全て大介一家のものとなった。
宗介と鞠子が使っていた寝室は大介夫婦のものとなり、書斎には大介の持ち込んだパソコンが置かれた。1階のゲストルームは麗良の部屋、半地下のオーディオルームが大地の部屋だ。
両親との思い出が上塗りされてしまうようで寂しくはあったが、未成年の雛子にはどうすることもできない。
ーー仕方ない……わよね。
この家に雛子が1人で住むわけにはいかない。
彼らは雛子の面倒をみるためにわざわざ引っ越してきてくれたのだ。不満を漏らしては失礼にあたる。
大介は未成年である雛子の特別代理人に選出され、家の権利書のほか、雛子の通帳や印鑑も管理すると言う。
雛子には会社のことも家のこともわからない。
大介と弁護士に言われるままに書類にサインをし、押印し、流れ作業のようにすべての手続きが進んでいった。
傷心の雛子を更なる衝撃が襲う。
叔父一家が引っ越してきて3日目に、雛子は叔父と叔母にリビングルームに呼ばれ、学校の寮に入るように言われたのだ。
自分達と一緒にいては気詰まりだろう。寮のほうが気楽に暮らせるはずだ。
そう言われてしまえば断ることもできない。
いや、雛子に選択肢など最初から無いのだ。だって全ての決定権はこの叔父夫妻にあるのだから。
「……わかりました。寮に入ります」
雛子は唇を噛みしめながら目の前の契約書にサインをし、恭子に手渡した。
部屋に戻ろうと背を向けると、「部屋の荷物を綺麗に整理していってね。あの部屋には麗良が入るから」と言われ、もうかえす言葉もない。
だまって2階に戻りドアをパタンと閉めると、もうすぐ去らなくてはいけない自分の部屋をグルリと見渡した。
アンティーク調の白い家具は母親と一緒に選んだ物だ。
全部真っ白だとシンプルすぎるかな……と、シーツとカーテンだけはピンク色にした。
ここでずっと過ごしてきた。思い出を積み重ねてきた。
ここで朝哉からプロポーズされた。指輪を嵌めてもらって、抱き締められて、キスをして……。
ーー朝哉、助けて……!
はらりと一筋涙が頬を伝い、それは次々と滴となって、顔を覆う手のひらを濡らしていく。
雛子はスマホを手に取ると、震える指先で画面をタップした。
*
『朝哉、助けて』
LINEのメッセージを読んだ途端に朝哉はアパートの部屋を飛びだしていた。
『今すぐ迎えに行く』
何があったのかはわからない。だけどあの家で良くないことが起こっているのは確かだ。
白石大介が雛子の特別代理人に選出され、同時に白石メディカの代表取締役社長にも選任されたというのは父から聞いている。
今後は彼が白石家の代表として全てを執り仕切っていくのだろう。
彼が家族を伴って雛子の家に引っ越してきたと聞いた時にはその早急さに驚いたし、大丈夫なのかと心配もした。
『叔父様は私のことを心配して下さっているんだもの。親戚なんだし、仲良くやっていけると思うわ』
本人から電話口でそう言われれば、それ以上ネガティブな意見を言うわけにもいかない。
とにかく雛子に不都合がなければそれでいい。そう思っていたのだが……
朝哉が門の前に車を横づけすると、ほんの数秒で雛子が家から飛び出してきた。
きっと部屋から外を覗いて待ち構えていたのだろう。
助手席に座るのを待ってからギュッと抱き締める。胸が震える。離したくない。
だけどここに長居は無用だ。大介達に見咎められる前に早くこの場を去らなければ。
朝哉は雛子のこめかみにチュッと口づけるとゆっくり身体を離し、彼女の濡れる頬を親指で拭った。
「行くよ」
「うん」
雛子にシートベルトを装着してやると、朝哉はすぐにハンドルを握り、前を向く。
今来たばかりの道をなぞるように、横浜のアパートへと車を走らせた。
運転しながらチラリと助手席に目をやると、潤んだ瞳が街の明かりを反射して輝いていた。
彼女がゆっくり瞬きすると、濡れた睫毛の下から新しい滴がポロリとこぼれ落ちる。
ーーくっそ! 俺がずっと側にいられたら!
片手を伸ばし、彼女の細い指に自分の指を絡める。
ビクッとしてからこちらを向いて、雛子が泣き笑いの顔をした。
彼女にこんな表情をさせたヤツが心から憎いと思う。
アパートに到着すると、雛子をソファーに座らせて、キッチンで小鍋を火にかける。
朝哉はコーヒー党だったのだが、雛子と付き合うようになってからは紅茶も飲むようになった。
彼女のためにロイヤルミルクティーを淹れるのに、1人分だけちまちま作るよりも、おかわりの分までまとめて作って一緒に飲んだほうが効率がいいと気づいたからだ。
飲み物まで雛子の好みに合わせるなんて、自分はどこまで彼女に惚れ抜いてしまったんだろう。
思わずフッと口元を緩めたものの、今の状況を思い出し、すぐにキュッと引き締める。
アッサムの茶葉を蒸らしながら、朝哉は心に決めていた。
ーー今夜は絶対に帰さない。
白石宗介氏の死から6日目の今日、朝哉はようやく雛子と2人で会うことができた。
できることならずっと雛子に寄り添い手助けをしたかったけれど、彼女の叔父である大介が執り仕切っているのに他人が出しゃばるわけにはいかない。
こう言ってはなんだが、宗介が亡くなるのがせめて正式に結納を交わした後であったなら……と思わずにいられない。
親も認めた婚約者であったはずなのに、今の自分は対外的にはただの恋人。あまりにも無力だ。
痩せたな……と思った。
ほんの1週間会わなかっただけなのに、目の前の恋人は見るからにやつれ、顎が尖り、元々細かった手足がさらに細っそりしている。
きっと食事もろくに喉を通らないのだろう。
宗介の妻は亡くなっており、彼の遺産はすべて雛子が引き継ぐことになる。
世田谷の豪邸や会社の権利の他にも、所有している資産はかなりのものになるだろう。
その手続きを考えると、成人を迎えた自分でさえもどうしたらいいのかわからず怖気づく。
ましてや雛子はまだ16歳だ。つい先日高校2年生になったばかりの少女には途方もない重圧に違いない。
ーーだけど、会えた……会えて良かった……。
家では気を張って疲れきっているに違いない。せめてここでは……自分の前だけでは素直に甘えさせてあげたいと思うのだ。
「えっ、寮に入る? どうして……」
2人並んでソファーに座り、お揃いのマグカップでロイヤルミルクティーを飲みながら、今日起こった出来事をすべて聞き出した。
――なぜ寮に入らなければいけないんだ?
「今までだって家から通えていたのに、なぜ寮に入る必要があるんだよ。そうしなくてもいいように、叔父さん一家が一緒に住んでるんだろ?」
1人暮らしをしているわけじゃないんだ。今まで通り運転手に送ってもらえば済むはずなのに……。
「うん……でも、叔母様が、自分たちと一緒にいたら気詰まりだろうし、寮のほうが気楽でいいんじゃないか……って」
「気詰まり……って、そんなのは家に押しかけてきた向こうがそうならないように努力すべきだろ」
「それは……私を心配して来てくれたんだし……」
「何言ってんだよ! それこそ寮なんかに入ったら気楽どころか今より自由が無くなるんだぞ!」
スッと表情を曇らせたのを見て、声を荒げた自分を反省した。
だけど、どうにも腑に落ちない。
姪っ子を心配して女性である叔母が泊まりこんで世話をするならまだわかる。
喪も明けないうちに家族全員で移り住み、ドカドカと土足で踏みこむような真似をして、挙げ句の果てに、もう寮に入れるって?
これじゃ最初から雛子と打ち解けるつもりがないと言っているようなものだ。
ーーこれじゃあ、まるで……。
乗っ取りじゃないか。
その言葉が浮かんだ途端、朝哉は背筋がゾクッと冷えこむのを感じた。
ーーまさか……だよな。
「……帰りたくないな…」
朝哉の肩に頭を預けながら、雛子がポツリと呟いた。
彼女の手からマグカップを奪い、テーブルの上に置く。ガラス製のテーブルがカタンと鳴った。
「帰るなよ……」
ーー帰したくない……。
背後からひたひたと追いかけくるような不安を打ち消したくて、朝哉は雛子に口づけた。
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