婚約破棄してきた強引御曹司になぜか溺愛されてます

田沢みん

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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

㊙︎ 裏おじさま奮闘記 2

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あしながおじさまへ

おじさま、こんにちは。
私は今、この文章をJFK空港の搭乗口前で書いています。

ファーストクラス用のラウンジは広くて綺麗で快適でしたよ。
食べ物も飲み物も豊富でしたし、のんびりくつろぐことができました。

……と言いたいところですが、残念なことが起こったせいで、早々に出てきてしまいました。
なんと、元婚約者に遭遇してしまったのです。

こんなことを言ったらおじさまを心配させてしまいますね。
でも安心してください。もう彼のことはなんとも思っていないし、あんなのはもう過去のことですから。
さっきだって思いきり睨みつけてやりました。
あんな卑怯者には負けませんよ!

私がこんなふうに思えるようになったのはおじさまのおかげです。おじさまにはどれだけ感謝しても感謝しきれません。

早いもので、私がアメリカにきて4年、おじさまと知り合ってからは、もう6年もの月日が経ったのですね。
長いようで、あっという間の6年間、私を支えてくださりありがとうございました。

あと14時間ほどで私は日本です。
いよいよおじさまにお会いできるのですね。
おじさまはどんな方なんでしょう。
お若いのかな、年配の方なのかな、背は高いのかな、低いのかな、ヒゲは生えているのかな。

想像と違っていたとしても、それはそれで楽しみです。
おじさまがどんな顔であろうがどんな姿であろうが、大人で優しくて包容力にあふれる素敵な方であることには変わりありません。
会ったらきっと、今以上に大好きになるに決まっています。

おじさまは私にとって月で星で太陽です。
ボロボロになっていた私に希望をくれた恩人です。

早くお会いしたいです。
会って直接御礼を言いたいし、恩返しがしたい。
おじさまの秘書としてお側で働けるのが、今から楽しみで仕方ありません。

ただ、本物の私に会って幻滅されないかが心配です。
私は昔から写真うつりが悪いので、本物の方がマシだと思うのですが……
どうかおじさまがガッカリしませんように。

それでは空港で。

心から愛をこめて

雛子

ーーーーーーーーーーーーーーーー


「――まいったな……」

 ファーストクラスのシートに深く背中を預けると、朝哉ともやは「はぁ……」と深いため息をついた。

 手元のスマホ画面に視線を落とし、機内に乗りこむ前に受信したメールをもう一度じっくり読み返す。
 でも何度読んでも同じことだ。

『遭遇』、『残念』、『過去のこと』、『卑怯者』

 怒りを孕んだ辛辣な言葉の数々は、何度読んでもそこにある。
 グサグサと心臓を射抜かれ傷ついているくせに、それでも読まずにはいられない。
 なぜならこれは、ヒナからのラブレターなのだから。

「はぁ……くっそ~……」

 ため息が止まらない。
 情けない自分に、度胸のなさに、そして自分の甘かった見通しに。

 本来の計画では、ニューヨークの空港で感動の再会を果たすはずだった。いや、脳内ではすっかりそうなっていた。

 ファーストクラスのラウンジで、一緒にヒナの大好きなロイヤルミルクティーを飲みながら、朝哉があの時の真相を語る。
 感激した雛子と熱い抱擁を交わし……勢いでキスをしてしまうかもしれないな。

 ……なんて本気で考えていた自分を殴りたい。

 当初の目論見があっけなく外れたため、今度は機内でそれを再現しようと試みた。
 このフライトの座席を予約するときに雛子と隣同士のシートにしておいたから、いくらでも話す時間はある。

 そして更に、食事も一緒に取ることが出来るのだ。
 ファーストクラスのシートはカップルや親子連れの利用客を想定して、モニター画面の下に簡易椅子が設置されている。
 テーブルを手前に引いて簡易椅子に座れば二人で向かい合って食事ができるので、CAには前もって、二人で食事をすると伝えておいた。

 CAが食事のセッティングを終えるのと同時に、雛子の向かい側に腰掛ける。
 すると彼女は、「えっ!?」と目を見開いて固まった。

「えっ、何? どういうこと?」
「ヒナの料理、うまそう。俺も和食にすればよかったかな。ちょっと交換しない?」
「……あなたがCAさんに頼んだの?」

 どうにか明るい空気にしたかったのに、逆に雛子は驚くほど冷たい声音になっていた。
 襟首から氷を放り込まれたかのように背筋が凍る。

――マズイ、俺、やり方を間違えた……。

 けれど、時すでに遅し。焦った気持ちは上滑りして、どんどん墓穴を掘っていく。
 
「……そう。婚約者だから一緒に食べる……って言った。俺、ダイヤモンド会員だから信用あるし」
「上流階級さまは嘘をついてもゆるされるのね。さすがクインパスグループの御曹司。私とは住む世界が違うわ」

「ヒナ、そんなことを言うなよ。きみだって以前は……」
「昔のことなんてもう忘れたわ。思いだしたくもない。だからあなたも捨てた女になんかかまってないで、とっととご自分の席に戻ってください」

 落ち込んだ朝哉が目をふせたのを見て、さすがに哀れに感じたらしい。雛子が少しだけ優しい口調になった。

「朝哉……ううん、黒瀬くろせさん、あの時はたしかにつらかったし、あなたのことを憎みもしました。だけど私はもう大丈夫なので、気にしていただかなくて結構です」
「ヒナ、そうじゃないんだ! 俺は……」

 今度こそ全部告げてしまわねばと焦る朝哉を遮って、雛子が続ける。

「私ね、好きな人がいるの」
「えっ……」

 そこで雛子は、まるで恋人を語るようにフワリと笑顔を浮かべてこう言った。

「私には素敵な『あしながおじさま』がいるの」

 彼がいたから生きていられた。彼のおかげで前を向いて進むことができた。
 その人の恩にむくいたいし、その人のために生きていきたい……。

 かつて自分に向けていたような柔らかい表情でそう言われ、朝哉は今さっきまで告げようとしていた言葉を呑み込んだのだった。





「――はぁ~、これからどうするかな……」

 今日何度目かのため息を吐いて、朝哉は考える。

 雛子を傷付けたことは十分自覚している。
 自分の不甲斐なさや力の無さに絶望したし、反省もした。
 他にやりようがなかったのか、これでよかったのかと後悔もした。それこそあの婚約破棄の日から、いや、それよりも前、彼女の父親が亡くなった時から、自分がどうすべきかを、何度も何度もくり返し考えて……

 しかしどうにかして雛子を救おうと考えたとき、アレがあの時の朝哉にできる精一杯だったのだ。

 それでも再会さえすれば、万事解決すると思っていた。
 自分の行いを謝罪してから『あしながおじさま』の正体を明かせば、雛子は驚きながらも感謝しゆるしてくれるんじゃないか……なんて……

――俺は大馬鹿ヤロウだ。

 感謝されようなんて考え自体が傲慢だ。

 あの怒りを見たか、拒絶を見たか。
 驚きの次に彼女の瞳に浮かんだのは、深い憎しみと軽蔑の色だった。

「言えるかよ……」

 雛子のラブレターの相手は朝哉ではない。
 彼女が尊敬しているのは、こんなにも会いたがっているのは……優しくて包容力にあふれる素敵な『あしながおじさま』なんだ。


 チラリと通路を挟んだ席に目をやると、薄暗がりの中に白いシーツが見える。
 備え付けのモニター画面は消されて真っ黒だ。雛子はたぶん寝ているのだろう。

 トイレに行くフリをして立ち上がり、囲いの中をそっとのぞきこむ。
 ブランケットからはみ出した肩が寒そうだ。

「こんな簡単に肌をさらしてんなよ」

――俺以外には、見せないでくれ……

 ノースリーブからスラリと伸びた細い腕にしばし見惚みとれてから、ブランケットを引き上げて彼女の首下まですっぽりと覆い隠す。

 何が『ガッカリしませんように』……だ。
 可愛いこと言ってんなよ。破壊力ありすぎなんだよ!
 会ってガッカリどころか綺麗になりすぎていてドッキリだよ。キュンキュンだよ。
 送ってもらっていた写真の何億倍もいい女になってるなんて卑怯だろ!

「はぁ~~~っ……」

 朝哉は髪をガシガシと掻き乱してからもう一度満足げに寝顔を見つめると、自分の席にもどってパソコンを開いた。

『雛子へ メールをありがとう。それはとんでもない災難だったね……』

 文章を打ちこみながら考える。
 今のヒナに一番近い人間は、あしながおじさまであって朝哉ではない。
 自分は彼女の月でも星でも太陽でもない、ただの憎むべき男に成り下がっているのだ。

「近くで誠意を……見せるしかないよな」

 そう考えつつ、残りの文章を綴っていく。

ーーーーーーーーーーーーーー

雛子へ

メールをありがとう。それはとんでもない災難だったね。
ラウンジでゆっくりできなかったのは残念だが、そんな機会はこれからいくらでもあるから落ちこまないで。
またそのうちに海外旅行をプレゼントするよ。もちろんファーストクラスだ。今度はヨーロッパなんてどうだろう。2人で美術館巡りをしたら楽しそうだ。

ところで、残念なことを伝えなければならない。
私は仕事の都合で急遽日本を離れることになってしまったんだ。
代わりに君のことは私の知人に頼んでおいたから、すべて彼の指示に従ってほしい。
また連絡する。

大切な雛子へ

君のあしながおじさんより

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝哉はメールを送信し終えると、再び雛子に目をやり、息を吐く。
 
――また嘘をついてしまった……。

 雛子に真実を伝えるどころか嘘の上塗りだ。

 このメールを読めば、雛子は驚き戸惑うことだろう。
 けれど空港で彼女を納得させ、近くにいるためにはこうするしかないのだ。

 出会ったあの時よりも印象は最悪。マイナスからのスタートだ。
 けれど自分は変わった。もう無力で無謀だった21歳の若造じゃない。

 雛子を守り、支え、必要であれば連れ去ることだって……
 それができるだけの財力と地位を手に入れた。
 そのためにわき目もふらず走りつづけてきたのだ。

 もう一度、雛子に好きになってもらいたい。あしながおじさまではなく自分が彼女の月で星で太陽でありたい。

「今度こそ俺が……」

――この手でヒナをしあわせにする。

 朝哉はそう決心すると、今度は日本で待っている秘書と補佐に指示すべく、メールを打ちはじめるのだった。

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