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1巻
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しおりを挟む「彼――君の『あしながおじさん』が、とある資産家の男性だというのは、知っているよね。俺とは会社のパーティーで知り合って以来の付き合いだ。ヒナと俺とは年齢が近いし、俺もアメリカ帰りなんで話が合うだろうと考えたみたいで。俺たちが元婚約者とは知らずにくっつけようとでも思ったのかもな」
ハハッと乾いた笑いを漏らした彼の横顔を見上げて、雛子の心が冷えていく。
――何がそんなにおかしいの?
この人にとってあの出来事は、笑い飛ばしてしまえる程度の軽いものだったのだろうか。
――きっとそうだったんでしょうね。あなたにとっては。
しばらくして、車はタワーマンションの地下駐車場に滑り込んだ。
見上げればめまいがするような高さの高級マンションだ。
雛子には分不相応なのに、朝哉は変だと感じないらしい。彼はきっと似たようなマンションに住んでいるのだろう。
朝哉はヨーコそっちのけで、雛子のために用意されていたという部屋を嬉々として案内する。そして、連絡に必要だからと電話番号の交換をさせられた。
「いつでも連絡して。今夜は一緒に食事に行こう。後で迎えに来る」
帰り際にサラッとそう言われ、彼にとってあの出来事は、もう悩む価値もない、とっくに過ぎ去った思い出になっているのだと思い知る。
――私だってあしながおじさまに救われて前に進めているんだもの。いつまでもこだわってちゃいけないわよね。
どうせ朝哉とは、あしながおじさまが帰ってくるまでの付き合い。その間はただの知り合いとして接すればいい。
そう考えたらいくぶん気持ちが軽くなった。
「わかりました。夕食をご一緒します」
玄関で朝哉たちを見送り、雛子はこれから自分が住むことになる部屋をあらためて見渡す。
ベランダ付き2LDKの角部屋。寝室のウォークイン・クローゼットを開けると、二畳ほどのスペースにハイブランドの洋服や小物がずらりと並べられていた。
おじさまは魔法使いなのかもしれない。
雛子はスーツケースから濃紺のシフォンドレスを取り出しじっと見つめる。
このドレスはどうしても手放せなくて、アメリカに行く時も持っていったものだ。
今日の夕食にそれを着ていこうかと考えて、苦笑した。
――馬鹿ね、今さらこれを着たって……
ドレスをハンガーにかけると、一番奥に吊るしてクローゼットを出る。
「とりあえずおじさまにお礼のメールをしなくちゃ」
その後、アンティーク調の白いデスクでパソコンを開いて、おじさまへの感謝の言葉を打ち込んでいった。
おじさまはこのメールをどこで読むのだろう。仕事のトラブルということはきっと忙しいに違いない。この文章もすぐには読まれないかもしれないな……
そんなことを考えながら窓を見る。外には濃淡のあるオレンジと黄色のグラデーションが広がっていて、いつもより近い空が、ここが地上二十五階なのだと教えてくれた。
――この同じ空の下のどこかにおじさまがいる。
おじさまがどんな人で、どこでどんな仕事をしているかなんて、どうでもいいことなんだ。
雛子はあらためてそう思う。
たとえおじさまが世間から悪人と呼ばれるような人でも、その正体が悪魔だったとしても……自分にとっては命の恩人、一生を捧げると決めた、唯一無二の存在なのだから。
「きっといい人に決まっているけれど」
あんなに優しい文章を、思いやりのある言葉を書ける人が悪人なわけがない。
「もうすぐ……会えるわよね……」
こんなふうにあれこれ考えるのも、あと少し。
おじさまに会えば、雛子の予想が当たっているかどうかが判明するのだ。
――それまでは頭の中でおじさまの姿を想像して楽しもう……うん、そうしよう。
知らない間に自分の顔がほころんでいたことに気づき、雛子はあらためておじさまの癒しパワーに感動するのだった。
*
「――トモヤ、あなたはバカですか? それでもオトコですか? チ○コついてますか?」
都会のど真ん中にある、地上二十九階、地下一階のタワーマンション最上階では今、罵詈雑言が響きわたっていた。
ソファーでうなだれている朝哉に仁王立ちで説教しているのは、ヨーコ・オダ・ホワイト、二十八歳だ。
つい先ほどまで雛子に優しく微笑みかけていたグラマラス美女と同一人物とは思えないほど、彼女は般若のような形相になっている。
朝哉は、専務として日本の本社に戻るにあたり、彼女をアメリカの営業所から引き抜いて自分の秘書としていた。
しかし実を言うと、彼女は大学時代からの知り合いでもある。
朝哉は大学三年の時に雛子と別れてすぐ、先日まで彼女も通っていたニューヨークの大学に編入した。
ヨーコはその大学で朝哉の一学年上に在籍していて、いくつかのクラスで一緒にマーケティングや経営学を学んでいたのだ。
彼女は母親が日本人であるせいか、日本の文化、とりわけサブカルチャーに愛情を注ぐ、大の日本好き。
だから大学を卒業し日本に帰国することになった朝哉は、クインパスに就職していたヨーコに、ある頼みごとをした。
『えっ、見張り役……デスか?』
『そう、今年大学に入学してくる俺の元婚約者に近づいて、近況を報告してほしいんだ』
元婚約者の白石雛子を近くで見守り、日常の様子を逐一伝えてほしい。そしてできれば写真を撮って送ってもらいたい……そんな依頼に、最初、ヨーコは難色を示す。
『トモヤ、アメリカではそういう行為をストーキングというのですヨ』
『いや、日本でもそうだ』
『トモヤはヒナコのストーカーなのデスか?』
『う~ん、そうかもしれないけど、危害を加える気はないよ。ただ彼女の笑顔を見たい。彼女を近くに感じたいだけなんだ』
そのために必要なお金はいとわない、ちゃんと報酬を支払うと言うと、ヨーコはお金は必要経費以外いらないから、代わりに日本の漫画とお菓子を定期的に欲しいと頼んできた。
そうして、お互いの利害が一致した二人は、笑顔で握手を交わしたのだった。
あの日、雛子に別れを告げた朝哉だったが、本心から別れたかったわけではない。
とある事情から傍にいられなくなっただけで、それからずっと見守り続けていたのだ。
雛子に近づくためにヨーコがまず行なったのは、ちょうど同じ大学に入学予定だった自分の従妹を雛子に近づかせることだった。大学の寮で従妹にルームメイトの募集をさせ、そこから雛子とコンタクトをとって、同室にさせることに成功する。
ヨーコと同様に日本好きだった従妹はすぐに雛子を気に入り、ヨーコに言われるまでもなくあっという間に親友となったらしい。
その上で、英会話のプライベートレッスンを受けたいと言う雛子にヨーコを推薦し、彼女のアパートで週に一度のレッスンを始めたのだ。
こうしてヨーコはまんまと雛子と知り合うことに成功し、朝哉の想像以上にその距離を縮めていった。
加えて、『ヒナに近づく男を徹底的に排除してくれ』という依頼も、あっさりと達成してくれた。
なんと、雛子自身が誰とも付き合おうとしなかったのだ。
人形みたいにパッチリした瞳に愛らしい口元。華奢な身体つきに細くて長い手足の彼女は、朝哉の予想通り、国籍問わず多くの男子生徒から声をかけられていたという。
だけどヨーコや彼女の従妹に妨害させるまでもなく、本人がきっぱり振っていたらしい。
『日本に彼氏でもいるの?』
そう尋ねたヨーコに彼女はこう答えたそうだ。
『もう恋なんてしたくないの。夢中になればなるほど、失った後の苦しみが大きいから』
婚約者に裏切られた過去がある……と寂しげに微笑む雛子の表情が朝哉との別れの辛さを物語っていたと、のちにヨーコから睨まれた。
そんなふうに日本で過ごし、昨年、出世コースであるニューヨーク赴任となった朝哉は、一年間ヨーコと同じ営業所で働く。そして、とうとう専務として凱旋帰国を果たした。
その先発隊として先に日本に向かうことになったヨーコは、朝哉とのつながりを隠したまま雛子に別れを告げたと聞いている。
『来年から日本のクインパス本社で新しいボスの下、秘書として働きマス。ヒナコも日本に帰るのでしたね。向こうでまた会いましょうネ』
『私はあしながおじさまの秘書になることが決まりました。一生懸命働いて彼に恩返しをします。お互い働く場所は違うけれど、同じ秘書として、それぞれ頑張りましょう』
それが、ニューヨークで二人が交わした約束だという。
「――どうして自分があしながおじさまだと言わなかったのデスカ! 日本の空港でサプラーイズ! と言いながら、ヒナコをハグするつもりだったのに!」
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それまでの交流で雛子を気に入っているヨーコは、あれからずっと朝哉の部屋で彼の弱気な態度を怒っている。
「……ホントーにトモヤにはガッカリデスよ。ワタシの努力を無駄にした。おかげでヒナコとの友情がブチコロシじゃないデスか!」
「ヨーコ、ブチコロシじゃなくてぶち壊しだ。それと、朝哉さんを呼び捨てするのはやめろ、彼はもう専務で俺たちのボスだ。あと、泣き真似ウザい」
大好きなヒナコに嘘をついてしまった、人生終了だ、エーン! ……と泣き真似をするヨーコへ横から冷静な突っ込みを入れているのは、専務補佐で運転手のタケこと青梅竹千代、二十四歳。
彼は朝哉の母方の再従弟で、幼い頃から年に一度会うかどうか程度の間柄だったのに、なぜか朝哉に心酔し、彼を慕ってクインパスに入社してきた。朝哉の父、時宗の下で一年間の修業を経て、昨年から朝哉の懐刀として働いている。
「タケ、ワタシはセンムと話してるのではありませんヨ。今は親友のトモヤに説教してるんデス」
ヨーコに言われるまでもなく、朝哉自身が大いに反省していた。
日本に残っていた竹千代には、この一年で朝哉派の社員を増やすべく根回しをしてもらう傍ら、雛子のためのマンションの手配や秘書課への受け入れ準備をしてもらっている。
そしてヨーコにも、朝哉より一足先の四月に先発隊として日本入りをしてもらっていた。
竹千代と共に雛子の受け入れ体制を整えてもらうためであったが、女性の目で雛子のマンションの家具や電化製品のコーディネートをしてもらいたかったのが一番の理由だ。
恩人の会社で新入社員として働くつもりでいるだろう雛子はフォーマルな服を持っていないだろうからと、ドレスもいくつか見繕ってもらった。それらは雛子のマンションのクローゼットに吊るされて、今か今かと出番を待っているはずだ。
――ドレスの出番……あるのかな。
帰国前に竹千代とヨーコに言い放った自分の発言を思い出す。
『空港のラウンジでヒナにすべてを打ち明けて許してもらうつもりだ』
『自分の気持ちを正直に伝えて再び婚約してもらう。ヒナは俺の婚約者だと思って丁重に扱ってくれ』
『もしかしたら、ヒナはそのまま俺のマンションに住むことになるかもしれない。その時はヒナ用に準備したマンションは賃貸にするかな』
などと夢心地で語っていた自分が恥ずかしい。思い出すだけで顔から火を噴きそうだ。
がっくりとうなだれていたその時、朝哉のスマホがピコン! と鳴った。メールの着信音だ。
このプライベート用のアドレスにメールをしてくる人物はたった一人しかいない。
朝哉は大喜びで文章を読む。
文面は、「あしながおじさま」から始まっていた。
――おじさま、私は今、マンションの部屋でこのメールを書いています。
今回は素敵なお部屋を用意していただきありがとうございました。
こんなにもよくしていただいて、おじさまには感謝しかありません。
これからは私の一生をかけて恩返しをさせていただくつもりです。
ただ、このお部屋は私には分不相応かと思います。しばらくお世話になりますが、新しく部屋を見つけようと考えています。
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もちろん、まずは一人立ちが最優先です。
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お仕事大変だと思いますが、どうかご自愛ください。
雛子
PS.今日はお迎えの人が違っていて、とても驚きました。おじさまに会えると思っていたので残念ですが、お仕事では仕方ありませんね。
帰国はいつ頃になるのでしょう? 早くお会いしたいです。首を長くして待っています――
読み終えた朝哉を衝撃が襲う。
「うわっ!」
突然大声を張り上げたものだから、キッチンでお茶を淹れていた竹千代が慌てて駆け戻ってきた。一方、ヨーコが朝哉の手元をのぞき込む。
「専務、どうされましたか!」
「トモヤ、何事デスカ!?」
そんな二人を見上げ、朝哉は絶望的な顔で呟く。
「ヒナが……俺のことを忘れたいって……新しい恋をしたいって……」
もう終わりだ……と両手で頭を抱える姿に、竹千代とヨーコはあきれ顔になる。
「ヒナコからのメールですか。なんて書いてあったのデス? 見せてくださいヨ」
「駄目だっ! ヒナからのメールだぞ! 俺へのラブレターなんだ、他人に見せられるわけないだろっ!」
スマホの画面を見ようとするヨーコから、朝哉は必死でガードした。
「チッ、トモヤはケチですネ。本当にケツの穴の小さい男ですヨ。それにラブレターの相手はオジサマで、トモヤじゃない」
「ヨーコ、専務に向かって失礼だぞ」
ヨーコと竹千代が睨み合う。
「今はプライベートタイムだからいいのデス。タケだって、自分のボスがこんなイジケ野郎じゃ嫌でしょ? 早いとこ解決しなきゃデスよ」
「そりゃあ俺だって……だけど、これは俺たちが口出ししてどうにかなるものでもないし」
頭の上で繰り広げられている二人のやりとりを、朝哉は『ごもっとも』……と思いながら聞く。
朝哉にだってわかっていた。これは自らが蒔いた種、自分自身で解決しなくてはならないことなのだと。
あの時、無理にでもラウンジで雛子を掴まえて話をしてしまえばよかったのかもしれない。
飛行機を降りた時に『実は俺が…』と言えば、こんな事態には陥っていなかったはずだ。
だけどそれをしていたら、やはり後悔していただろう……とも思う。
あしながおじさまの正体を知れば、雛子はもう朝哉を拒否できなくなる。
いくら嫌いな相手であろうとも、雛子は心を殺して付き従うだろう。
彼女は六年間自分を援助してくれた人物をないがしろにできるような、そんな女性ではないのだ。
――俺を好きになってもらうしかない。
要はそれに尽きるのだ。
雛子が敬愛しているあしながおじさまに値するに足りる人物。彼ならば……と思える人間に朝哉がなればいいだけのことだ。
今までは細い糸をどうにかつないで遠くから見守ることしかできなかった。
けれど今は、目の前で話すことができる。手を伸ばせば触れられる距離にいる。
六年前に自分が断ち切ってしまった関係を、もう一度取り戻すために――
「俺が動くしかないんだ」
もう一度好きになってもらう。そのためにやれることは全部しよう。
あきらめることができないのだから、進むしかない。
「よっしゃ! ヨーコ、デートの服装はスーツがいいかな?」
勢いよく立ち上がった朝哉に、二人は笑顔でうなずく。
「トモヤ、ヒナコはアメリカではあっさりした食事を好んでましたヨ。ジェット・ラグで食欲がないかもしれないので日本食がいいデス。服装はスーツにしましょう。トモヤはヘタレですが顔はいいのですから、イケメンを見せつけるのデス」
「それじゃあ俺は車を正面に……んっ? 同じマンションだから、専務が部屋までお迎えに行くんですか?」
そう竹千代に聞かれたところで、朝哉は「駄目だ……」と低くうめいた。
実は朝哉が住んでいるのは雛子と同じマンションなのだ。
雛子が二十五階で朝哉は最上階。広さと階は違うものの、南向きの角部屋という位置も同じ。
雛子に少しでも近くにいてほしいという朝哉の希望を叶えた結果、こうなったのだが……
「同じマンションというのはまだ内緒だ。ただでさえ、ヒナは引っ越しを考えているのに、俺が住んでいると知られたら、それこそ気持ち悪がられてドン引きされる。一旦車で表に出て、玄関で出迎えよう」
「了解です」
車を移動するために部屋を出た竹千代を見送っていると、ヨーコが朝哉を睨み付けてきた。
「ご自分がドン引きされるコトをしている自覚はあるのですネ」
「……ああ、アリアリだ。ヒナにバレたら……それこそ本当に終わりだろうな」
「そうなる前にヒナコのハートをワニツカミしてくださいヨ」
「鷲掴み……な。うん、やるしかない。ヒナを散々苦しめたんだ、今度は俺がみっともないほど足掻いて……絶対に掴まえる」
だけどあまり時間はない。
あしながおじさまだって、いつまでも海外に置いておくわけにいかないのだ。
――ヒナが新しい恋に前向きになってるしな……
彼女が新しく恋をするのなら……その相手は自分であってほしい。
朝哉は胸を熱くしながら、専用エレベーターへ歩き出した。
*
名店が連なる銀座のオフィスビル二階にある寿司店は、予約客のみが入ることを許される、知る人ぞ知る店だった。
一見カウンター席だけに見えるが、奥に落ち着いた雰囲気の個室スペースがあり、お忍びの芸能人や、寿司職人の目を気にせず話をしたいカップルに多く利用されているそうだ。
その寿司店の個室で、今、雛子は朝哉と向かい合って座っている。
個室まで挨拶をしに来た職人が目の前で木箱を開けて本日のネタを紹介し、それぞれが握りを注文し終えた。注文した品が運ばれてくるまで二人きりだ。
――気まずい……
朝哉がおとなしい。
空港では強引すぎるほどだったのに、マンションに迎えに来た時から口数が少なく、なんだか緊張しているように見える。
その緊張が移ったみたいに、雛子まで何を話せばいいのかわからなくなってしまった。
「えっと……」
「何? どうした? お茶以外に何か飲む!?」
沈黙に耐えきれず一声発しただけで、朝哉が身を乗り出す。
「ううん、あの……朝哉が自分の車で来たからちょっと驚いて……」
以前交際していた時にも、朝哉の運転でドライブデートをしたことはあった。
だけど今回はあしながおじさまに頼まれた、言わば『社用』だし、自分の車で来たらお酒が飲めないんじゃないかなと、雛子は思っただけなのに。
「デートにタケを……ああ、タケって俺の運転手をしてくれてる奴なんだけど……アイツを待たせていたら、ゆっくり話せないだろ?」
デートという単語に心臓が跳ねる。けれど、ここで大袈裟に反応してはいけないと雛子は自分を律した。
彼はモテるし女性の扱いにも慣れているに違いない。
現に以前の自分は朝哉の甘い言葉やスマートなエスコートにあっという間に陥落し、二人の永遠の未来を夢見て……あっけなく捨てられたのだ。
今日もカッコいい車で待ち構えていた彼の姿にドキッとしたし、スーツ姿は大人の色気が感じられて素直に素敵だと思った。
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――朝哉はきっと女性と二人で会うたびにデートって言ってるんだろうな、深い意味もなく。自分の言葉が相手をどれだけときめかせるか、どんなに期待するか考えもせずに。
朝哉に期待することをとっくにあきらめた雛子は気づいていなかった。
目の前の彼が身につけているのがシルク生地で仕立てたオーダーメイドの高級スーツで、わざわざ接待で寿司を食べるためだけに着るようなものではないということに。
そして、朝哉の運転で乗ってきた黒い車が国産車の中では最高級クラスのモデルで、二シーターなのはいつか雛子と二人きりで乗ることを夢見ていたからだ……ということに。
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