婚約破棄してきた強引御曹司になぜか溺愛されてます

田沢みん

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<< 特別番外編 >>

忍者になりたかった男の話

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 これは竹千代が、朝哉に忠誠を誓うきっかけとなったエピソードを懐かしく思い出すお話です。
 番外編の『雛子が浮かれた話』で車を運転しているシーンと繋がります。

*・゜゚・*:.。..。.:*・' .。.:*・・** .。.:*・゜゚・*



「それじゃ、タケ、よろしく頼む」
「はい、『セント・メリー病院』ですね」

 火曜日の午後。
 後部座席の朝哉がうなずくのをミラーで確認してから、竹千代はゆっくりと車を発進させた。

 今日はこれからニューヨーク市内の病院へと向かう。
 クインパスの新型内視鏡を使用しているところを実際に見学し、その評価をドクターや技師から聞くためだ。

 他社に比べて使い勝手はどうだ。欠点は? 利点は?
 それらの情報は会社に持ち帰られ、マイナーチェンジや次世代機を開発する際の参考にされる。

──相変わらず凄い行動力だな。

 ニューヨークに来てから約2週間。仕事を始めて今日でまだ2日目。
 さっそく現場に足を運ぶ朝哉を、竹千代は心から尊敬している。
 普通であればこういった仕事は部下に任せて、報告だけ受け取ったっていいのだ。
 いや、クインパスほどの大企業ともなれば、そうする経営者が殆どだろう。

 昨日、そのことについて朝哉にたずねたところ、彼は当然という顔でさらりと答えた。

『着任早々だから行くんだよ。実際に顔を見せるのと見せないのとでは、相手の信用度が格段にちがう』

 今日の一番の目的は『顔つなぎ』。
 性能を見に行くとか感想を聞くとかいうのは二の次なのだ。
 会って実際に話して親近感を持ってもらう。
 それがあるか無いかで受注の成功率が大きく変わるのだという。

『だてに新人時代に地方の営業で鍛えられていないぜ』

 会社のトップがわざわざ出向くことに意味がある。
 詳細なデータは改めて研究開発部門のものを向かわせて提出させればいい。

 そうキッパリ言い切る姿は自信に満ちあふれていた。
 さすが営業時代に成績優秀で社長賞を取っただけある。

 ──さすが俺の憧れの人だ。あの頃から全く変わっていない。

 竹千代はハンドルを握り締めながら、幼いあの日のことを思い出していた。




 松濤にある黒瀬家本邸には、毎年正月になると、黒瀬一族が勢揃いする。
 血の濃い薄い、都内在住か遠方であるかは関係ない。
 先祖を共にするものが三ヶ日の間に入れ替わり立ち替わり訪れては、当主である定治に年始の挨拶をするのだ。

 竹千代は、年に一度のこの集まりが好きだった。
 同じ年頃の子供が大勢集まって遊べるのが嬉しかったし、だだっ広い豪邸全部を使ってのかくれんぼも楽しみの一つだ。

 そしてここに来ると、かなりの額のお年玉がもらえる。
 大人たちはこの日に備えてポチ袋にあらかじめお金を入れて持ち歩いており、子供に会うごとに手渡してくれる。
 定治からは一律一万円。
 赤ちゃんだろうが高校生だろうが、成人前の子供全員に配られる金額は変わらない。
 その一万円を貰うために、『定治もうで』……と子供たちは呼んでいたのだが、座敷に連なる廊下にずらりと並び、一人ずつ定治にポチ袋を渡されながら声をかけてもらうのも、恒例行事となっていた。


 それは竹千代8歳のとき。
 いつもの『定治詣で』が終わって庭で何人かの子供と集まっていると、その中の一人にこう聞かれた。

「なあタケ、お前って和菓子屋を継ぐの?」

 竹千代の家は、三重県山間部で300年以上の歴史を持つ、老舗の和菓子屋を営んでいる。
 長男である竹千代は、小さい頃から職人の技や、店で働く親の姿を見て育ってきた。
 いずれ自分が跡を継ぐのだろうと、ぼんやりと考えた時期もある。

──だが今の目標は違う。

「いや、俺は忍者になるから」

 じつは竹千代の生家である青梅おうめ家は、直系ではないものの、服部半蔵の子孫である。
 そう。古くは徳川家に仕え、諜報活動を行なっていた忍者であると言われている、あの有名な人物である。
 竹千代の名前も、ご先祖様がかつて仕えていた徳川家康の幼名ようみょうをいただいたのだという。

 テレビのレンジャーシリーズで忍者のヒーローを見ていた時に母親からその事実を告げられ、竹千代は歓喜した。
 自分も忍者の血を引いている。
 今テレビで壁を駆け上がり、木から木へと飛び移っている彼らのように、自分もなることが出来るのだ。

 思いこみとは恐ろしいもので、竹千代は今の世でも偉い人につかえる忍者が実在するのだと、自分もそうなれるに違いないと考えた。
 忍者になることが将来の目標となった。


──だからそう正直に告げただけなのに。

 竹千代の言葉を聞いて、周囲の子供達が一斉に笑いだす。

「ばっかじゃねえの? 今の時代に本物の忍者なんているはずないだろ」

「お前、そんなの信じてるの? お子ちゃまだな」

 自分が信じているものを笑われた。
 悔しいのに、反論する言葉がない。

──そうか、忍者なんていなかったのか……俺ってバカだな。

 唇を噛み、うつむいたその時。

「お前ら、何言ってんだよ、忍者ならここにいるだろ」

 耳に心地の良い、よくとおる声が聞こえ、顔を上げた。
 そこには本家直系の孫である、朝哉が立っていた。
 彼は竹千代の2歳上で、正月に会えば皆と一緒に遊んだりするが、特別に親しいというわけではない。
 なにせ年に一度会うか会わないかの間柄だ。
 竹千代はどちらかといえば、家が近い親戚の子と遊ぶほうが多かった。

 しかしそんな朝哉が、竹千代をまっすぐに見つめ、問いかけてくる。

「だってタケ、お前は忍者になるんだろう? 」
「……うん」

「ほら、だったらここにいるじゃん」

 朝哉の言葉に、皆がキョトンとする。

「タケが忍者になる。だから忍者は存在する。そういうことだ。何か間違ってるか? 」

 堂々と言い切られ、もう反論するものは誰一人いなかった。

「ほらな、お前ら簡単にいないなんて決めつけるなよ」

 そして朝哉は竹千代の背中をポンと叩き、
「タケ、俺は将来、兄さんを手伝ってクインパスを大きくするんだ。忍者になったらさ、俺と一緒に兄さんを守ってよ」
 そう微笑んだ。

 あの時の神々しい笑顔と背中に触れた手の力強さを、竹千代は今でもハッキリと覚えている。
 彼について行こうと心に決めた瞬間だ。

『忍者だったら敵のことを調べたり刺客をやっつけて守ってくれるんだろ? 』
『2人で敵を片っ端からやっつけて、一緒に天下を取ろうぜ!』

 会うたびにそう言葉をかけられて、竹千代の朝哉信仰はますます強くなっていった。

 両親に頼みこみ、実家の庭に麻の苗を植えてもらった。
 それを毎日飛び越えていれば、ジャンプ力がつく……本屋で買ってもらった忍者の修行本に、そう書いてあったのだ。

 麻の木の成長は早く、1ヶ月もしないうちに飛び越えられなくなってしまったが、それでもかなりの跳躍力がついた。
 
 高校では陸上部に入り、高跳びの選手としてインターハイで優勝を果たした。
 大会新記録を打ち立てたため、いくつもの会社や大学の陸上部からスカウトが来たけれど、竹千代が選んだのは朝哉と同じK大学の経済学部。

 その頃にはさすがに忍者になるのは無理だと悟っていたが、代わりに朝哉の片腕となることが、竹千代の目標となっていた。
 彼を一生支え続けるために、必要なことは何でもする。
 体力作りはもちろんのこと、経済学に心理学、社交界でのマナーやワインについて。あらゆる知識を吸収した。

 そして、コネではなく実力で憧れのクインパス入社を果たすと、いずれ専務となる朝哉の補佐となるべく時宗預かりとなり、赤城にも鍛えられて側近としてのノウハウを学んだ。
 その経験が自分の血となり肉となり、今の竹千代を支えているのだ。

 その後、朝哉は出世コースであるニューヨーク駐在となり、その1年後には雛子とともに帰国を果たした。

 そして竹千代は念願の、『黒瀬朝哉専務の補佐』の任を得たのである。




──朝哉さんの帰国後は想像以上にいろいろあったけれど……。

 朝哉が陰で雛子のあしながおじさんになっていたり、それを言い出せなかったり。
 婚約パーティーでは白石兄妹の襲撃事件が起こったりもした。

 雛子に関することでは、朝哉のちょっと……いや、かなり情けない部分も見せられたのだが、それでも朝哉への尊敬の念は変わらない。
 いつもクールで完璧な朝哉の人間らしい部分を垣間見ることが出来、それもまた、親しみが湧いて良かったな……と思えるのだ。



 竹千代が車内のルームミラーをチラリと見ると、朝哉は表情をゆるめて窓の外の景色をながめている。
 きっと妻である雛子のことでも考えているのだろう。
 朝哉が窓の外に視線を向けたまま、夢見るように呟いた。

「タケ……俺は幸せの絶頂を知った」
「はぁ? 」
「タケ……俺、幸せになるよ」
「いや、もう十分に幸せだと思いますよ」

 ほうけた顔をしているこの上司は、本当の本当にしあわせで仕方がないのだ。
 なにせ何年間も会えなかった想い人を妻にして、ニューヨークで新婚生活を満喫中なのだから。

 それでも仕事の手は抜かないし、今日もこうしてニューヨーク支社長としての責務をこなしている。
 だから少しくらい惚気のろけようがニヤつこうが、好きにさせてあげようと思う。

──結婚ってそんなにいいものなのかな。

 ちょっと羨ましいな……と思わないでもないが、自分は朝哉のために身を尽くすと決めている。

 ニューヨーク支社での仕事は、まだ始まったばかりだ。
 M&Aでクインパスに吸収された『カーディアック・ヘルス』側のスタッフの中には、現状を快く思っていない者もいるだろう。
 朝哉の足を引っ張ることがないよう、自分がうまく調整していく必要がある。


「── 専務、俺、一生専務についていきますから」

 朝哉は窓にもたれかかっていた身体を起こし、運転席の竹千代に目を向けた。

「ああ、俺が本社に戻ってトップになっても、ずっと俺を支えてほしい。そしてジジイになって引退したら、昔話をしながら酒を酌み交わそう」

 そう言って浮かべた朝哉の笑顔は、8歳のあの日に見たのと同じように、眩しく光り輝いていた。




Fin


*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・゜゚・** .。.:*・゜゚・*


 お久しぶりです、田沢みんです。
 2月のバレンタインデイ番外編以降しばらくご無沙汰しておりましたが、皆様お元気でしたでしょうか?

 『仮初め~』の時もそうだったので、察しの良い方はお気づきだと思います。
 はい。今回の番外編、何が特別かと言いますと、『あしなが~』書籍化予定のご報告を兼ねているのです。

 現在『あしなが~』は書籍化を目指して作業進行中です。
 正式に決定しますと、7月18日(日)にサイトから作品引き下げとなります。

 本編だけでも23万字の長編ですので、書籍化にあたり半分以上のエピソードを削っております。
 大量にガシガシと削って、話を繋げるためにゴリゴリと大量に加筆修正しました。
 そして大人の事情により、初体験の時期などかなり改稿を加えています。
 書籍化するとタイトルも変わると思うので、今のうちにオリジナルの『あしなが~』を改めて読み直していただき、皆様の記憶にとどめていただければ幸いです。

 今後イラスト情報などの詳細を近況ボードの方で更新していくので、そちらもお読みいただけたらと思います。
 いずれ竹千代をヒーローにした恋のお話も投稿したいと思っていますので、今後も書籍含め『あしなが~』と田沢作品を応援よろしくお願い致します。

 なお、番外編はそのままサイトでお楽しみいただけます。
 今後、書籍に入らなかったエピソードを加筆修正して読みやすい形 (『仮初め~』のside大志とか手紙みたいな形??) にしてから番外編にアップしていく予定でおりますので、このままお気に入りを外さずにお待ちいただければと思います。

 これから暑さも増して体調を崩しやすくなりますので、どうか皆様ご自愛ください。

2021年7月5日

田沢みん拝 
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