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【番外編】

それからのお話 (1)

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「フーカせんせ~、さようなら~!」
「さようなら~!」

 母親に手を引かれて帰って行く最後の1人に手を振って見送ると、楓花はアルコールスプレーを片手におもちゃの消毒を始めた。

「楓花先生、ダーリンのお迎えですよ~」
「えっ?」

 掃除機をかけていた木村先生の声に振り向くと、入口にはスーツ姿の天馬が立っていた。

「楓花先生、もう全員帰った?」
「ええ、あとはオモチャの消毒だけなので、待っててもらえます?」
「いや、俺も手伝うよ」

 そう言いうとネクタイを胸ポケットに押し込んでから、天馬は楓花の隣にしゃがみ込んでミニカーを拭き始めた。
 こうなるともう楓花が何を言ったってやめないと分かっているので、好きにやらせておく事にしている。

「ミニカーを全部拭き終わったよ。次は?」
「えっと……ぬいぐるみのスプレー」
「オッケー」

 かっちりキメたスーツ姿でぬいぐるみにアルコールスプレーを吹き掛ける姿はなかなかシュールだけれど、楓花の復職後9ヶ月経った今では、これも見慣れた光景になって来た。

 ぬいぐるみの方は天馬に任せて楓花が本を整えていたら、掃除機を終えた木村先生も隣で手伝い始める。

「天馬先生って本当にいい旦那様ですよね。羨ましい~!」
「ふふっ、本当にね。いい旦那様でいい父親で、私には勿体ないくらい」

 すると天馬がアルコールスプレーを片手にバッと振り返り、心外だという顔をする。

「おい楓花、勿体ないって何だよ! お前は最高の奥さんで最高の母親なんだ。頼むから自分の方が下みたいな言い方しないでくれよ!」

「ありがとう。だけど天馬先生、職場での呼び捨てはやめて下さいね」
「あっ、ごめん楓花……じゃなくて楓花先生」

 そんな2人のやり取りを見て、木村先生が呆れ顔で思いっきりツッコミを入れる。

「もう子供たちは帰ったし、呼び捨てでも何でもいいですよ! どっちの呼び方でも2人のイチャイチャした空気は変わらないんですから!何なんですか本当に、今だに新婚さんみたいじゃないですか!」

「ハハッ、いいだろう~。木村先生も早く結婚すればいいのに」
「うわっ、24歳彼氏ナシにその台詞はセクハラですよ!」
「ハハハッ、悪い、悪い」

 楽しそうに会話を続ける天馬と木村先生を見て、楓花は顔を綻ばせる。


 楓花が職場復帰して、もう9ヶ月。
 愛花を出産してから家で育児に専念していた楓花は、愛花が1歳になるのを待って去年の6月から再び柊胃腸科病院の託児所で働き始めた。

 託児所の営業時間延長に伴い、現在の勤務体制は遅番と早番の2交代制。
 楓花は火曜日から金曜日までの週4日、遅番である1時半から6時半の勤務帯で働いている。

 楓花の勤務中に愛花の世話をしているのは芳枝と依子だ。
 昨年4月、文忠の転勤期間終了に伴い名古屋に帰ってきた芳枝は、『かぜはな』を手伝いながらも積極的に育児に協力してくれている。
 芳枝と依子は時に交代しながら、時には一緒にお茶を飲みながら、喜んで可愛い孫娘の面倒を見てくれているのだ。

 楓花と天馬は愛花のオムツが外れたら託児所に入れようと思っているけれど、2人のおばあちゃんが手放してくれるかどうかは甚だ怪しい。


 そういう訳で、張り切って仕事を早く終わらせた天馬がこうしていそいそと保育所まで楓花を迎えに来る光景が、週に何度か見られるのだった。


 掃除を終えた3人で駐車場に出ると、天馬と楓花は木村先生と手を振って別れ、車に乗り込んだ。

「さっ、それでは行きましょうか、奥様」
「はい」


 今日は2人の3回目の結婚記念日。
 2人でゆっくりしていらっしゃいという芳枝の言葉に甘えて、今日は2人だけでホテルディナーだ。

 マンションで着替えてからタクシーでホテルに向かうと、何故か天馬はカウンターでチェックイン手続きを始める。

「えっ? 天馬……」
「こっち」

 手を引かれてエレベーターに乗り込み上層階に向かう。
 頭の中にハテナマークを浮かべたままついて行くと、天馬が客室のドアを開けて、楓花に先に入るよう促した。

ーーえっ?

 部屋の中央に置かれた丸テーブルには白いテーブルクロスとバラの花束。
 氷の入ったシャンパンクーラーには『モエ・エ・シャンドン』のロゼ。なんとボトルには『3rd anniversary Fuuka & Tenma』の金文字入りだ。

「これって……えっ、どうして?」

「どうしてって、結婚記念日のホテルディナー」
「ホテルディナーって、私はてっきり……」

「ん……普通にレストランでも良かったけど、2人きりでゆっくりお祝いしたかったんだ。1年目は妊娠中だったし、2年目は愛花のお世話で忙しかっただろ? 」

「でも私、お泊まりするつもりは……」
「勿論、愛花がいるし今夜中には帰るよ」
「えっ?」

「泊まらなくたっていいんだ。だけどたまには夫婦水入らずで愛し合う時間も必要だと思わないか?」

 天馬が楓花の腰を引き寄せ唇を重ねた。
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