159 / 169
【番外編】
妊娠狂想曲 (2) 楓花
しおりを挟む「おめでとうございます。妊娠5週ですね」
天馬と楓花は顔を見合わせてパアッと笑顔を浮かべた。
天馬がドクターの手を握り締め、ブンブン振りながら何度も頭を下げる。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「これからつわりや倦怠感などの症状も出てくると思いますので、御主人に助けてもらって無理のない生活を心掛けて下さいね。夫婦生活は普通にしていただいても構いませんが、感染症の恐れなどがありますから避妊具は着用して下さい」
産婦人科の玄関を出た途端、天馬が楓花を抱き締めた。
「楓花……ありがとう! やったな!俺……涙が出そう。本当にありがとう!」
天馬なら子供が出来たら手放しで喜んでくれるだろうと思っていたけれど、実際には楓花の予想以上だった。
妊娠検査薬で陽性が出た途端、お腹に力を入れるな、風呂掃除はするな、重い物は持つなと言い始め、挙句の果てには怪我が心配だから料理は包丁や火を使わないものだけにした方がいいんじゃ……とまで言い出した。
なんだソレ、毎日サラダやお刺身、レトルト食品ばかりを食べろと言うのか。過保護にも程がある。
ーー試薬が陽性だっただけであのレベルだったんだから、お医者様のお墨付きをもらったこれからはどうなることやら……。
「楓花、マタニティードレスを買いに行こうか」
ーーうわっ、これからっていうか今すぐにだった!
「それはまだ早いよ! 天馬は早くお仕事に戻って。2時間だけの予定で抜けて来たんでしょ」
「ああ、だけど予定より早く診てもらえて時間が余ってるし……」
「時間が余ってるのならその分早く戻れるじゃない」
「いや、時間を作るためにここ数日は仕事を詰めて頑張ったんだ。この2時間は楓花のために使わせてくれよ」
嬉しいような困ったような……。
以前から天馬には思いっきり甘やかされているという自覚があったけれど、それ以上になったら自分が人間失格のレベルにまで堕ちてしまいそうで恐ろしい。
「分かった。それじゃスーパーで一緒に買い物して、マンションまで送ってもらえる?」
「了解!……だけど楓花のカーディガンだけじゃ冷えるから、スーパーに行くなら俺のジャケットを羽織ってくれ」
「……はい」
その夜遅くに仕事から帰って来た天馬は、いつものように食事の間も隣で待っていてくれる楓花に向かって神妙な面持ちで告げた。
「これからは俺の帰宅を待ってなくていいから、午後9時を過ぎたら先に寝ていてくれ。食事の準備はしなくてもいいし、明日から弁当も俺の見送りもいらないから、その時間ゆっくり寝ていて欲しい。それと……俺が隣にいて寝苦しいようなら自分の部屋で寝てくれて構わない。俺もなるべく迷惑をかけないよう、自分のことは自分で……」
その途端、それまで隣で仕事の話をニコニコと聞いていた楓花がスッと目を据わらせて立ち上がった。
バンッ!
勢い良く机に両手をついた楓花に、
「ああっ! そんなに力を入れたら赤ちゃんが!」
と顔を蒼ざめさせる天馬を無視して、楓花は低い声で呟く。
「……迷惑って何?」
「えっ? だから自分のことは自分で……」
「私、天馬のお世話をするのが迷惑だなんて言ったことあった?」
テーブルを見つめたままの楓花からはビックリするほど負のオーラが漂っている。
どうして急に機嫌が悪くなったのかと戸惑いつつ、天馬は必死でフォローを入れる。
「だってツワリが始まったら苦しいだろうし、俺が代わってやることは出来ないから、せめて少しでも休んで欲しいんだ。夜だってお前を起こしたくないし……とにかく無理はさせたくないんだって!」
「無理って……」
漸くこちらを向いた楓花の目には、薄っすら涙が浮かんでいた。
ーーえっ?!
「天馬、私と赤ちゃんのことを考えてくれるのは嬉しいよ。だけど私は天馬といっぱいお喋りしたいし私の料理を食べて欲しいよ。迷惑とか無理とか……そんな風に言わないで」
「楓花……」
天馬が楓花の手に自分の手を重ねて心配そうに見上げる。
「夜だって……この前から私の身体に触れても来ないよね。ずっと背中を向けたままで……そのうえ寝室まで別にって……酷いよ」
「楓花、それはお前のためを思って!」
「私のためだって言うなら寂しくさせないで! 」
「分かってくれよ!楓花に触れて歯止めが効かなくなったら困るんだよ!俺だって我慢してるんだ!」
ガタンと立ち上がった天馬に怯むことなく楓花は続ける。
「天馬、もしも自分が産婦人科医だったら患者に同じように言う? 」
「えっ……」
「一切の家事をするな、9時になったら必ず寝ろ、夫との性交渉はしてはいけない……そう言うの?」
「それとこれとは……」
「私はまだツワリの症状も出ていないし普通に動けるよ。天馬が食事をしている間に隣で話を聞くのは嬉しいし、お弁当だって天馬の喜ぶ顔を思い浮かべて作るのは楽しいよ」
「楓花……っ」
「夜だって……エッチがしたいって訳じゃないの。ただ、『おやすみ』の一言でライトを消して背中を向けられるのが寂しくて……」
涙を流す楓花を胸に抱き寄せて、天馬が背中をゆっくり撫でる。
「楓花……ごめん……」
「私はただ、天馬と触れ合っていたいの。手を繋いだりお喋りをしたりするだけでもいいのに……それって身体に悪いことなの?」
「楓花、ごめんな……俺、初めてのことで空回っちゃって、お前と赤ちゃんに負担をかけないことばかりを考えて……楓花自身の気持ちを考えていなかった。ちゃんと話し合うべきだったよな」
抱きしめる腕に力を込めて、髪に口づけながら背中を優しく撫でられて……楓花は天馬の胸に顔を押し付けて、小さな子供のように『わーっ!』と泣き出した。
0
お気に入りに追加
1,612
あなたにおすすめの小説
お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。
すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!?
「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」
(こんなの・・・初めてっ・・!)
ぐずぐずに溶かされる夜。
焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。
「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」
「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」
何度登りつめても終わらない。
終わるのは・・・私が気を失う時だった。
ーーーーーーーーーー
「・・・赤ちゃん・・?」
「堕ろすよな?」
「私は産みたい。」
「医者として許可はできない・・!」
食い違う想い。
「でも・・・」
※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。
※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
それでは、お楽しみください。
【初回完結日2020.05.25】
【修正開始2023.05.08】
【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~
イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。
幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。
六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。
※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
好きすぎて、壊れるまで抱きたい。
すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。
「はぁ・・はぁ・・・」
「ちょっと待ってろよ?」
息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。
「どこいった?」
また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。
「幽霊だったりして・・・。」
そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。
だめだと思っていても・・・想いは加速していく。
俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。
※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。
※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。
※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。
いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる