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【番外編】
妊娠狂想曲 (2) 楓花
しおりを挟む「おめでとうございます。妊娠5週ですね」
天馬と楓花は顔を見合わせてパアッと笑顔を浮かべた。
天馬がドクターの手を握り締め、ブンブン振りながら何度も頭を下げる。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「これからつわりや倦怠感などの症状も出てくると思いますので、御主人に助けてもらって無理のない生活を心掛けて下さいね。夫婦生活は普通にしていただいても構いませんが、感染症の恐れなどがありますから避妊具は着用して下さい」
産婦人科の玄関を出た途端、天馬が楓花を抱き締めた。
「楓花……ありがとう! やったな!俺……涙が出そう。本当にありがとう!」
天馬なら子供が出来たら手放しで喜んでくれるだろうと思っていたけれど、実際には楓花の予想以上だった。
妊娠検査薬で陽性が出た途端、お腹に力を入れるな、風呂掃除はするな、重い物は持つなと言い始め、挙句の果てには怪我が心配だから料理は包丁や火を使わないものだけにした方がいいんじゃ……とまで言い出した。
なんだソレ、毎日サラダやお刺身、レトルト食品ばかりを食べろと言うのか。過保護にも程がある。
ーー試薬が陽性だっただけであのレベルだったんだから、お医者様のお墨付きをもらったこれからはどうなることやら……。
「楓花、マタニティードレスを買いに行こうか」
ーーうわっ、これからっていうか今すぐにだった!
「それはまだ早いよ! 天馬は早くお仕事に戻って。2時間だけの予定で抜けて来たんでしょ」
「ああ、だけど予定より早く診てもらえて時間が余ってるし……」
「時間が余ってるのならその分早く戻れるじゃない」
「いや、時間を作るためにここ数日は仕事を詰めて頑張ったんだ。この2時間は楓花のために使わせてくれよ」
嬉しいような困ったような……。
以前から天馬には思いっきり甘やかされているという自覚があったけれど、それ以上になったら自分が人間失格のレベルにまで堕ちてしまいそうで恐ろしい。
「分かった。それじゃスーパーで一緒に買い物して、マンションまで送ってもらえる?」
「了解!……だけど楓花のカーディガンだけじゃ冷えるから、スーパーに行くなら俺のジャケットを羽織ってくれ」
「……はい」
その夜遅くに仕事から帰って来た天馬は、いつものように食事の間も隣で待っていてくれる楓花に向かって神妙な面持ちで告げた。
「これからは俺の帰宅を待ってなくていいから、午後9時を過ぎたら先に寝ていてくれ。食事の準備はしなくてもいいし、明日から弁当も俺の見送りもいらないから、その時間ゆっくり寝ていて欲しい。それと……俺が隣にいて寝苦しいようなら自分の部屋で寝てくれて構わない。俺もなるべく迷惑をかけないよう、自分のことは自分で……」
その途端、それまで隣で仕事の話をニコニコと聞いていた楓花がスッと目を据わらせて立ち上がった。
バンッ!
勢い良く机に両手をついた楓花に、
「ああっ! そんなに力を入れたら赤ちゃんが!」
と顔を蒼ざめさせる天馬を無視して、楓花は低い声で呟く。
「……迷惑って何?」
「えっ? だから自分のことは自分で……」
「私、天馬のお世話をするのが迷惑だなんて言ったことあった?」
テーブルを見つめたままの楓花からはビックリするほど負のオーラが漂っている。
どうして急に機嫌が悪くなったのかと戸惑いつつ、天馬は必死でフォローを入れる。
「だってツワリが始まったら苦しいだろうし、俺が代わってやることは出来ないから、せめて少しでも休んで欲しいんだ。夜だってお前を起こしたくないし……とにかく無理はさせたくないんだって!」
「無理って……」
漸くこちらを向いた楓花の目には、薄っすら涙が浮かんでいた。
ーーえっ?!
「天馬、私と赤ちゃんのことを考えてくれるのは嬉しいよ。だけど私は天馬といっぱいお喋りしたいし私の料理を食べて欲しいよ。迷惑とか無理とか……そんな風に言わないで」
「楓花……」
天馬が楓花の手に自分の手を重ねて心配そうに見上げる。
「夜だって……この前から私の身体に触れても来ないよね。ずっと背中を向けたままで……そのうえ寝室まで別にって……酷いよ」
「楓花、それはお前のためを思って!」
「私のためだって言うなら寂しくさせないで! 」
「分かってくれよ!楓花に触れて歯止めが効かなくなったら困るんだよ!俺だって我慢してるんだ!」
ガタンと立ち上がった天馬に怯むことなく楓花は続ける。
「天馬、もしも自分が産婦人科医だったら患者に同じように言う? 」
「えっ……」
「一切の家事をするな、9時になったら必ず寝ろ、夫との性交渉はしてはいけない……そう言うの?」
「それとこれとは……」
「私はまだツワリの症状も出ていないし普通に動けるよ。天馬が食事をしている間に隣で話を聞くのは嬉しいし、お弁当だって天馬の喜ぶ顔を思い浮かべて作るのは楽しいよ」
「楓花……っ」
「夜だって……エッチがしたいって訳じゃないの。ただ、『おやすみ』の一言でライトを消して背中を向けられるのが寂しくて……」
涙を流す楓花を胸に抱き寄せて、天馬が背中をゆっくり撫でる。
「楓花……ごめん……」
「私はただ、天馬と触れ合っていたいの。手を繋いだりお喋りをしたりするだけでもいいのに……それって身体に悪いことなの?」
「楓花、ごめんな……俺、初めてのことで空回っちゃって、お前と赤ちゃんに負担をかけないことばかりを考えて……楓花自身の気持ちを考えていなかった。ちゃんと話し合うべきだったよな」
抱きしめる腕に力を込めて、髪に口づけながら背中を優しく撫でられて……楓花は天馬の胸に顔を押し付けて、小さな子供のように『わーっ!』と泣き出した。
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