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【番外編】
大河と茜の話 (5)
しおりを挟むーー今日の津田さん、可愛かったな……。
大河は学校での茜を思い出して目尻を下げる。
卵焼きの攻防で最後に折れた茜は、その後も次々とおかずの交換を要求し食レポを始めた大河に文句を言いながらも応じ、クスクスと笑ってくれたのだ。
少しずつだけど、心を開いてくれているような気がする。
ーーこの調子で行けば……。
徐々に壁が崩れている手応えを感じ、思わずグッと拳を握る。
このまま素直になってくれたら、クラスでも打ち解けられるんじゃないだろうか……。
そんな風に思いながらコンビニに向かうと、茜の姿を探して煌々と明るい店内を覗き込む。
「いたっ……けど、アイツまた……っ!」
レジの前に立つ大柄な背中。目立つ金髪に、首筋に光る金の太いネックレス……。
ーー笠井!
大河は弾けるように店内に飛び込むと、躊躇なく笠井の肩に手を掛けていた。
「彼女が迷惑してるじゃないですか、もうこういうのはやめて下さい」
「はぁ?」
振り向いた笠井は薄い眉毛に狐みたいな細い目で大河を睨みつける。
見るからにヤンキー顔。頬に薄っすら残っている2センチ程の傷跡が、喧嘩慣れしていると教えている。
コイツはヤバいと脳が警報を発しているけれど、茜の前でビビるわけにはいかない。
背中に汗が滲んでくるのを感じながらも、思いきり虚勢を張って睨み返した。
「……これ以上津田さんに付き纏うな」
「はぁ、お前なに言ってんの? ……茜、コイツお前の何なんだよ」
笠井が大河の胸ぐらを掴み、茜を振り返る。
「笠井先輩、やめてよ! ソイツは関係ないから放して!」
「関係なくねぇよ!」
大河の大声に茜と笠井がビクッとする。
「笠井、俺は津田さんのクラスメイトで隣の席で、弁当仲間で……未来の夫になる予定なんで!」
「「 はぁ? 」」
笠井と茜が同時に目を見開いた。
「津田さんは俺がもらう! 俺のモンだから手を出すな!頼むからもう彼女を困らせないでくれ!」
「お前何言ってんだ。フザけんな!ちょっと来い!」
笠井は大河の胸ぐらを捻り上げたままズルズルと身体を引き摺って外に連れ出そうとする。
「ちょっと先輩やめて! 月白くんも、早く謝って、逃げて!」
「謝らねぇし逃げねぇよ! 惚れた女の前でそんなことするくらいなら舌噛んで死ぬわっ!」
「テメェ、それじゃ今すぐ死ねよっ!」
そのまま表に引き摺り出されると、ガードレール脇でパンチを見舞われ地面に叩きつけられた……と思ったら速攻で脇腹にガッと蹴りが入る。
「うっ!」
ヤバイ、コイツはマジで喧嘩慣れしている。
大河も結構目立つ方だからあちこちでちょっかいかけられて小競り合いになることが少なくない。
喧嘩は弱い方じゃないけれど、今日はいつも援護してくれる天馬がいない……。
「テメェ、ざけんなよ! 茜は俺のモンなんだ、手ェ出すんじゃねえよ!」
起き上がる間も無くガッ、ガッ!と更なる蹴りが入り、肩を踏まれる。
これでは防戦一方。頭を抱え、お腹を庇って身体を丸めるのが精一杯だ。
ーーだけど……。
「津田さんは……茜はお前のモンじゃねぇ! 彼女はお前のせいで……1人ぼっちで……頼むから……離れてやってくれ!」
「黙れっ! 今すぐ死ねよっ!」
笠井が大河の顔面目掛けて足を持ち上げた時……
「笠井っ! ヤメロっ!」
突然茜の声が聞こえてきた。
ーー茜!
「駄目……だ…こっちには……」
大河の願いも虚しく、ぼんやり霞む視界には、店から駆け出して来る茜の姿。
ーー凄ぇ……サニブラウン並みの速さ……。
「笠井~っ! お前いい加減にしろ~っ!」
茜は大声で叫びながら鬼のような形相でダッシュして来ると、笠井の手前で背中を向けてダンと跳ね、そのまま右脚を振り上げて大きく回転させた。
遠心力に乗った右脚は真っすぐ美しい弧を描き……
ーーへっ?!
それは一瞬の……本当に一瞬の出来事だった。
茜の『飛び後ろ回し蹴り』が笠井の上段目掛けて放たれると、大河が瞬きをしている間に笠井の姿が消えていた。
ーーいない!
そう思って頭を起こし、辺りに目を凝らしたら……アイツの大きな身体は既に地面に沈んでいた。
「ひっ!」
白目を剥いて完全にダウンしている。
「……しっ……死んだのか?」
「まさか。ちゃんと手加減したわよ」
茜は笠井の頚動脈に3本指を充てて脈拍を確認すると、頷きながら立ち上がる。
「軽い脳震盪ね。しばらくしたら勝手に目が覚めるでしょう。起きたら吐き気がするだろうしタンコブくらいは出来てると思うけど、自分で歩いて帰れるわ」
「行きましょ……家まで送る」と脇から支えられ、思わず「痛てっ!」と声が出た。
「喧嘩が強くもないくせに無茶してんじゃないわよ」
鼻でクスッと笑われて、男のプライドが木っ端微塵だ。
「ば……バカヤロウ、俺はめちゃくちゃ強いんだっつーの! ただ今日は調子が今ひとつで……って言うか、お前こそ、こんなに強いんだったらどうして今までアイツを放ってたんだよ!」
茜はフッと口角を上げ、ヨイショと大河を抱え直す。
「私、小学校6年間極真空手を習っていて茶帯なのよ。親の離婚でそれどころじゃなくなって辞めたけど」
「だったら、なんで……」
「武道は闘いや防御に有効だけど、くだらない喧嘩のために使っちゃいけないの。素人相手には殺人兵器にもなっちゃうからね」
今回は正当防衛ということで……と言って、大河を支えながらゆっくり歩き出す。
「それじゃ……俺のために禁を破らせちゃったってわけか……俺ってダセェな……」
ーーダサい、ダサ過ぎる。守るつもりが守られて、店を抜けて送ってもらうって……。
なんだか泣きたくなってきた。惚れた女の前でいいとこ無しだ。
惚れた……
ーーんっ?
「お前……俺のこと好きなんじゃね?」
「はぁ?」
茜の足が止まり、ギギッとゆっくり大河に顔を向ける。
「だってさ、今までずっと耐えてたのに、俺のために禁をやぶって技を繰り出したんだろ? そこに愛が無くって何なんだよ」
言った途端にドサッと地面に放り出された。
「痛てっ! なんだよ、怪我人を雑に扱うなよ!」
「アホか、愛じゃなくて同情だ。あまりにも弱っちくて可愛そうになったから助けに入っただけ」
「でっ……でも、同情が愛に変わることだってあるはずだ!俺を好きになれよ!」
茜はフ~ッと溜息をつきながらしゃがみ込み、再び大河の脇に手を回す。
「アンタこそ……1人ぼっちで可哀想な私に同情してたのを愛やら恋やらと勘違いしてるだけでしょ。おモテになるんだから、とっとと私から離れて青春して下さい」
「嫌だ! 青春するならお前とがいいし、俺はお前と結婚したい!」
「はぁ? あんたの思考回路ってどうなってんの? 付き合ってもいないのに、いきなり結婚って……」
「それじゃ、結婚する前に俺と付き合ってくれよ! 俺っていい奴だし、ぜってー後悔させないし!」
「アンタねぇ……」
茜があきれて鼻でクスッと笑っていると、前方から見たことのある男子が歩いて来た。
「ちょっとあの人、アンタの友達だよね」
「えっ?……あっ、天馬!」
前方からスクールバッグ片手に歩いて来ていた天馬が、大河に気付いて慌てて駆け寄る。
「おいっ、大河!お前どうしたんだよ、唇の端が切れてるぞ!」
「この人、無茶な喧嘩してボロボロなんで。ちょうどいいわ。私はまだバイトの途中なんで、お店に戻らせてもらっていい?」
天馬に大河を押し付けると、背中を向けて歩き出す。
その背中に向かって大河が叫んだ。
「茜っ! 俺はマジだから! 俺と付き合って!」
茜は振り返ることなく、右手をヒラヒラと振って去って行った。
その頬が若干緩んでいたことを、後ろで見送っていた大河は知らない。
「あの子って、前にお前が話してたコンビニでバイトしてるクラスメイトか」
「うん……俺の未来の嫁」
「相変わらず短絡的なヤツだな」
クスッと笑いながら、天馬が大河を支えて歩き出す。
「彼女といい雰囲気だったのにさ……天馬が現れるから……」
「悪かったな、邪魔して。塾の帰りだ」
「いや……ありがとう。本当は胸がキュンキュンし過ぎてあれ以上一緒にいたらキスしちゃいそうだったし、極真空手の技喰らうの怖えぇし」
「極真空手って……良く分からないけど、とりあえずお前がマジなのは伝わるな」
「マジマジ、大マジ。胸がギュンギュンして苦しいのなんのって……お前も女を侍らせてないで早く本命作れよ。俺は今日から茜一筋だ」
「侍らせてないし、別に女に興味ないし……まあ俺には颯太がいるから、まだしばらくアイツの子守だけでいいよ」
「弟分より彼女の方が大事だろっ!一緒に彼女作って青春しようぜっ!」
「ハハハッ、そのうちな」
2人はまだ知らない。この14年後に弟分が彼女に変わり、その翌年には妻になることを。
そして、『後悔させない』と言った大河が親友と妹の結婚式で禁句を連発して茜を後悔させまくり、2度も寺修行に行かされることも……今はまだ先のお話。
Fin
*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・**・゜゚・*:. .。.:*・゜゚・*
大河と茜のお話終了です。
天馬と楓花を支えてくれた名脇役(?)はこうして恋人になり夫婦になったのでした。
次は楓花が怪我した時のお話です。
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