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最終話、愛の花

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 天馬は楓花のお腹を愛おしげに撫でながら顔を見上げ、

「あと少しで仕事が終わるからさ、今日の検診、一緒に行っていいだろ? もうちょっとだけ待ってて」

 そして楓花のお腹にチュッと口づけると、

「また後で来るからね」

 そうお腹の赤ちゃんに優しい声音で囁きかけて、病棟に戻って行った。


 楓花は現在妊娠8ヶ月の妊婦だ。出産予定日は5月24日で、3月末から休職することになっている。

 妊娠したのは9月だった。

『抱き潰す』
 そう言っていた天馬は、結婚後は宣言通り毎日のように激しく楓花を抱いたけれど、避妊は絶対に怠らなかった。
 ナマで中出しは結婚後半年経つまで待つという誓いを忠実に守っていたのだ。

 そして9月に入って速攻で避妊をやめ、生の感触を味わいながら毎日結ばれた。
 結婚が3月中旬だったことを考えると半月のフライングだけど、それでも楓花の仕事を優先させて半年近く約束を守ってくれたことは嬉しかった。

 そしてその月に生理が来ず、すぐに妊娠が判明したのだった。



 楓花は仕事を終えた天馬と合流すると、近所の産婦人科で検診を受けてマンションに帰って来た。

「順調で良かったな……あっ、足元に気を付けて」

 妊娠が分かってからというもの、天馬の楓花への過保護ぶりは凄まじく、転倒が心配だからと散歩や買い物には可能な限りついて来てずっと手を離さないし、お風呂に入る時もくっついて来る。

 マタニティードレスを何枚も買って来て楓花に叱られても、
『これは無駄じゃない。母親がオシャレしてウキウキしているとオキシトシンが分泌されて胎児に良い影響を与えるんだ』
 なんて言って、しれっとまた新しいのを買ってくる。毎日ファッションショーをしても余る程だ。

 多忙にも関わらず、時間がある時は料理も進んでしてくれるし、いつの間にかお風呂掃除も済ませている。

 依子にそれを話したら、
「いいのいいの。子供が生まれたら24時間休みなしで大変なんだから、今のうちに好きなだけオシャレして、思いっきり楽をしておきなさい」

 そう言ってもらえたから、今では楓花もありがたく甘やかしてもらっている。


 天馬はベランダに続くスライドドアを開けて振り返ると、「こっちにおいで」そう言って楓花の手を取って、一緒にベランダに出た。
 2人で手摺りにつかまり青い空を見上げる。

「楓花、子供の名前だけどさ……」
「あっ、とうとう決まったの?」

 天馬は妊娠判明と共に男女両方の名前を考え始め、お腹の子が女の子と分かってからは候補を3つ程に絞ったと言っていた。
 天馬がつけてくれる名前なら素敵になるに違いない。
 そう思うから、楓花は特に口出しはして来なかった。

愛花あいか……はどうだろう」

 愛花……愛の花……。

「素敵……可愛らしい名前ね! それに、私の『花』の字を入れてくれたんだ」

「ああ、最初から女の子なら楓花の名前を一文字貰うっていうのだけは決めてたから」
「……ありがとう」

 涙ぐむ楓花の肩を抱き寄せ、天馬が遠く街並みを見渡す。

「ここからだとビルに隠れて見えないけど……うちの病院の向かい側、あの辺りが『かぜはな』だな」

 天馬が指差した方向には、小さく『柊胃腸科病院』の建物と看板が見えている。

「前に楓花が自分の名前の由来を教えてくれただろ?」
「ああ、『風のように何処までも自由に、花のように根を張って』……の事?」
「そう」

 楓花の名付け親は両親だけど、本当の意味で名をくれたのは祖父である新之助だ。

 新之助の店である『かぜはな』が、
『みんなが風に乗って何処までも自由に羽ばたいて活躍して、疲れた時にはこの店に戻って来て癒されて欲しい。そしてそれぞれの場所で根を張って花開いてくれますように』

……そんな意味を持っていることから、生まれて来るこの子も自由に羽ばたきその土地で花開いて欲しい。そして愛する人が出来たら優しく癒してあげられるような娘になって欲しい……そんな願いを込めて、両親が『楓花』と名付けたのだ。


「あの話がずっと頭に残っててさ……だって楓花はまさしく名前の通りになったわけだろ? この土地で根を張って花開いて、今は俺を癒してくれている」

 だから名前って本当に重要だと思うから……そう言って、ジャケットの胸ポケットから『柊愛花』と書いた紙を取り出して見せる。

「楓花が地元で根を張って花開いて……今度は俺たちの娘がこの場所でみんなの愛のシャワーをたっぷり浴びて、満開の愛の花を咲かせるんだ」

ーー満開の愛の花……。

「うん、絶対にいいよ!『柊愛花』で決まり!」

 2人で微笑みあうと、自然に顔が近付き唇が重なった。

 それから肩を寄せ合って、一緒に目の前の景色に目を向ける。
 眼下に広がる街並みは、幼い頃から大河と共に3人で走り回っていた見慣れたもので、初詣でに行く神社の屋根やお団子を買いに行った商店街なんかが小さく見えている。

ーーここに帰って来て良かった。

 一度は離れたこの街に1人寂しく帰って来て、愛する人と結ばれ2人で家庭を持った。もうすぐ新しい命が生まれて3人家族になる……。

 生まれて来る子はきっと幸福だ。
 両家の祖父母、両親、叔父に叔母に親友に、職場の仲間。
 彼らが私たちに注いでくれた愛情をそっくりそのまま受けて、今度は私たちの娘が愛溢れる環境で花開くのだ。

ーー私はここで生きて行く。ここで一生、大切な人と愛し愛されて……。


「天馬、ありがとう……愛してる」

 涙と共にポロリとこぼれ出た言葉に、天馬が三日月のように目を細めてフワッと微笑み……

「楓花、愛してる……一生、誰よりも、永遠に……だ」

 もう一度キスを交わす2人のうしろには、いつもの街並みが光に照らされてキラキラと輝いていた。





Fin


*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 このたびは『キスからはじまるエトセトラ』を読んでいただきありがとうございました。
 スパダリ、幼馴染、兄の親友、俺様、溺愛、甘々と、自分の嗜好をギュッと詰め込んでみましたが、如何でしたでしょうか?

 当初予想していなかった脇役の皆さんが結構活躍してくれたお陰(?)で思っていたよりも長期連載となりましたが、ノリノリで書けて楽しかったです。

 お気に入り登録や感想を下さった皆様には、いつも背中を押していただきました。
 それが無ければ複数同時連載は無理だったと思います。
 本当なら感想を下さった皆様1人ずつに直接お礼をお伝えしたいのですが、個別メッセージが出来ないみたいなのでこの場を借りて御礼とさせていただきます。

 本編はこれにて終了ですが、大河と茜の話、楓花が怪我をした時の話、辻とのタコパ、そして結婚後の甘々な2人などの番外編を考えていますので、そちらもまたお付き合いいただければ幸いです。

 最後に、沢山の作品の中から本作を見つけていただきありがとうございました。
 次回作でもまたお会い出来ることを祈って……。

2020年3月

 田沢みん拝
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