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126、結婚前夜 (1)

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 まだ結婚式まで2ヶ月もあると思っていたら2ヶ月しか無かった。

 そこからは怒濤の忙しさで、招待客のリストアップから席順決め、引き出物や出欠の確認とどれだけ時間があっても足りないくらいで、分身の術が使えたらいいのにと本気で思った。

 おまけにそれと併行して託児室と託児センターの準備、そして天馬は新婚旅行の時間を捻出するために先に出来るオペを前倒しでこなしているものだから、それこそ過労死が心配になるレベルの多忙な日々が続いている。



「それじゃ来週ね」
「ああ。まあ俺はちょいちょい託児所に会いに行くけどな」

「職権乱用はやめて下さい」
「仕事も真面目にやるから顔ぐらいは拝ませてくれよ。何せ結婚式が終わるまで楓花を抱けないんだからな」

 天馬は楓花を実家前で降ろすと、車の窓を開けて名残惜しそうに手を伸ばしてきた。
 楓花がその手を握ると、グイッと引き寄せて後頭部に手を回す。

「ちょっ……あっ!」

 チュッと触れるだけのキスをしたかと思うと、一旦離した後で目を見つめ、もう一度、今度は強く唇を押し付け、舌で口内をグルリと舐め回した後で漸く解放した。

「ちょっと! 実家前の公道でこういうのはダメでしょ!」
「これくらいは許してくれよ。キスも1週間の我慢なんだから」


 3月第2週の金曜日。
 今夜から結婚式の日まで楓花は実家で過ごすことになっている。
 いくら公認の同棲中とはいえ、さすがにお嫁に行く時は実家から出たい。

 だから次に会うのは金曜日のお昼休みに市役所に婚姻届を提出に行く短い時間だけで、あとは土曜日に結婚式場で会うまでのおあずけだ。

「いよいよだね……」
「ああ、いよいよだな……」

「……やっぱりもう一回キスしておく?」
「バカ、これから一人寝なのに煽るなよ」

 そう言いながらも天馬は楓花を引き寄せ、さっきよりも長くて熱い口づけを交わした。
 チュッとリップ音をさせながら唇を離し、それでも名残惜しそうにもう一度短いキスをして、額をくっつける。

「あ~っ、早く結婚したい!」
「ふふっ……あと1週間なのに?」

「1週間も……だ。楽しみに待ってるからな」
「うん……私も楽しみ」

 車の窓から手を振って、天馬は1人マンションへと帰って行った。



「ただいま~」

 家のダイニングに行くと月白家のみんなはちょうど夕食が終わったところだった。

「楓花ちゃん、お帰り!」

 キッチンから茜がひょっこり顔を出して笑顔で迎える。
 
「おお楓花、帰って来たか」

 手にしていた湯呑みをテーブルに置いて、大河もニカッと歯を見せた。

「天馬はもう行ったのか?」
「うん、これからもう一度病院に寄ってオペ後の患者さんの様子を診てくるって」

「あら、天馬は本当に忙しそうね。結婚式の日にまで呼び出されたりしないでしょうね」

 茜が楓花の目の前にお茶の入った湯呑みを置くと、自分はエプロンを外しながら向かい側に座る。

「それは大丈夫みたい。当日は当直以外はみんな式に招待してるけど、何人かはオンコールにしてもらって、何かあったらその人達が式を抜けて病院に行ってくれるんだって」

 すると、2人の話を横で聞いていた大河が不満そうに唇を尖らせた。

「それにしたってさ、せっかくの新婚旅行が3泊4日って短すぎないか?俺が天馬に文句を言ってやろうか」

「ちょっとやめてよお兄ちゃん! 私と天馬の2人で決めたことなんだから」

 新婚旅行先はお約束のハワイ。しかもたった3泊4日のトンボ返りだ。
 天馬は患者のことを考えると長く病院を空けられないし、楓花も託児室の準備が大詰めの時期だから早く職場に戻りたい。

 だけど、本当は新婚旅行なんて別にハワイでも熱海でも何処だって構わないし、更に言えば2人でいられるのなら旅行に行かなくたって構わないのだ。
 2人にとって重要なのは、書類上でも正式に夫婦になって、誰に咎められることなく一緒にいられるという事なのだから、その後の旅行なんてオマケでしか無い。
 まあ、楽しみには違いないけれど。

「お母さんはまだ?」
「ああ、そろそろ来るんじゃないのか」

 楓花が実家に帰るのに合わせて、母親の芳枝よしえも今夜から結婚式までこちらに帰って来ることになっている。
 最後の1週間くらいは母娘の時間を持とうというのもあるけれど、最後にしっかり家庭料理を仕込んでおこうという考えもあるらしい。
 父親の文忠《ふみただ》は仕事があるから、こちらに来るのは来週の金曜日だ。

 楓花が芳枝に会うのは婚約祝いの食事会以来。
 1月の終わりに両家揃って料亭で顔合わせをしたのだけれど、元々顔馴染みの面子だから今更感が凄くて、集まって早々あっという間に酒盛りになり、あとは『良かった、良かった』をひたすら連呼で大いに盛り上がって楽しい食事会となった。

 玄関でガチャガチャッと音がして、すぐにゴロゴロという大きな音が響いて来た。
 楓花が立ち上がって廊下を覗くと、スーツケースを引っ張る芳枝と目が合った。

「お母さん、お帰りなさい。久しぶり!」
「ああ楓花、ただいま」

 お互いニッコリ微笑みあった。
 今日から1週間は天馬と離ればなれ。そして久しぶりで短い母娘の思い出作りの時間が始まる。
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