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124、疑惑の2人 side天馬

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「悪いけど、こういうのはこれを最後にさせてもらいたい」
「えっ、どういう意味……」

「ここで会うのは今日が最後……という意味だ」
「そんな……そっちが先に誘って来たくせに!」

「駄目だ、お前とのことが噂になってる。結婚前に彼女と揉めたくないんだ」

「はぁ?……噂って……なんですか、それ!」

 いつもの部長室にいつもの2人……天馬と辻が、今日はお揃いの牛丼……辻の方だけ汁だく特盛りだけど……を前にして向かい合っている。

「噂って何なんですか? 俺だけ特別扱いされてるとか、そういう事ですか? 先輩が可愛い後輩と仲良くランチして何が悪いんですか?!」

「いや、違うんだ」
「違うって何が……」

「俺たちにゲイ疑惑がかけられている」
「……へっ?」

 辻が目をまん丸くして固まった。

「ゲイ疑惑?!」


 天馬がそれを知ったのはつい先日。
 初詣&姫初めの朝に2人でコソコソとシーツの洗濯を済ませ、依子達と新年の挨拶を済ませてリビングで寛いでいると、午前11時頃にお隣から兄の風馬が妻子を伴ってやって来た。

「やあ楓花ちゃん、久しぶりだね。すっかり女らしくなって」
「風馬さん、お久しぶりです」

 同じ幼馴染みと言っても、楓花はこの風馬とは天馬ほど親しくはない。彼は病院を継ぐまで東京の大学に行っていたし、7つ年上の天馬より更に3つ上ともなると、楓花から見れば知り合いのおじさんという感じの間柄だ。

 お嬢様の雅美と親しくなれるかと緊張していた楓花だったが、人見知りしない行馬いくまを介して雅美とすぐに打ち解けて、依子も加えて育児の話なんかで盛り上がっていた。


「天馬、婚約おめでとう。良かったな。相手が楓花ちゃんだと聞いて驚いたけれど、お前ら昔から大河くんと3人で仲が良かったもんな」

「ああ……今だから言うけど、ずっと好きだったんだ。やっと捕まえた」

 差し出された手を力強く握り返すと、風馬が天馬の肩をポンと叩いて安心した表情を浮かべた。

「本当に良かった。俺はお前がゲイだと思って、結婚はしないものだと諦めていたんだ」
「えっ?!」

ーーはぁ?……ゲイ……だと?!

「兄さん、何言ってんだ。それってギャグのつもり?」

「いや、真剣に。結婚しないのもそれが原因だと思ってたんだ。今でも院内で噂になってるぞ、お前が部長室に辻くんを引き込んで長い間2人で篭っているって」

ーーあっ!

「兄さん、それは誤解だ! 確かに連れ込んでるけど……いやっ、連れ込んでるって言うか、いろいろ話があって……」

「いや、今の時代、恋愛にもいろいろな形があるんだろうし、お前の趣味に口出しする気は無いさ。とりあえず結婚相手が女性で良かったよ。ハハハッ」

 風馬はもう一度天馬の肩をポンと叩いて父親の方に歩いて行った。

「マジか……嘘だろ……」

 自分の知らないところでそんな噂になっていたとは。まさかこの前のナースステーションでの辻のセリフ、『クリスマスのデートプランはもう考えたんですか?』も、周囲には恋人同士の会話に聞こえてたっていうのか?!

ーーヤバイ……。

 こんなのが楓花の耳に入ったら大変だ。ただでさえすぐにネガティブ思考に陥りがちな子なのに、天馬が実は隠れゲイで、楓花をカモフラージュに利用した……なんて疑われたら、下手すると結婚しないと言い出しかねない。



「……という訳なんで、悪いが今後お前は部長室に出入り禁止だ。今まで世話になったな。この恩は忘れないよ。まあ、最後に牛丼を心行くまで食ってってく……」

「ちょっと待ったーーっ!」

 天馬がしんみりしながら箸を手にすると、辻が必死の形相で手を突き出して止めに入った。

「何を永遠とわの別れっぽくしんみりしてるんですか!今の話で、俺たちにゲイ疑惑があるっていうのは分かりました。でもだからって、どうしてオレがここを出禁にならなきゃいけないんですか!」

「そんなの楓花に疑われたくないからに決まってるだろ。クソ生意気で図々しいお前か可愛い楓花かって言ったら、俺は迷わず楓花を取るよ」

「疑われるって……ってか、サラッと俺のことをディスりましたよね!」

「お前さっきからうるさい。俺はもう決めたんだ。俺と楓花の輝かしい未来を邪魔する気なら、俺は徹底的に排除するぞ」

 ギャンギャン喚き立てる辻を一瞥いちべつして、天馬は牛丼を掻き込み始める。
 だが、あながち冗談でもない鋭い目つきで睨みつけられて一瞬たじろいだものの、これしきで引き下がるような辻ではない。

「いつも強気で物事を的確に判断できる天馬先生が、どうして楓花さんのこととなるとそんなにポンコツになっちゃうんですか」

 フウッと溜息をつきながら零すと、

「そんなの惚れてるからにきまってるだろ」

 躊躇なく言い切ってお茶を飲み、また牛丼を口にする。

「そんなの、噂が楓花ちゃんの耳に届く前にちゃんと説明すれば済むことじゃないですか」

「駄目だ。口でいくら説明したって、周囲が騒ぎ立てれば『そうなのかも』って思うだろ。俺は楓花に疑われたまま生きていく人生なんて耐えられない」

「だから俺の彼女とタコパしましょってば!」
「……あっ」

 天馬が『今初めてその方法に気付いた!』というように顔を上げ、手を止めた。

「本当、先生は楓花ちゃん絡みとなると正常な判断が出来ないバカチンになっちゃうから気を付けた方がいいですよ。早いとこタコパの予定を決めちゃいましょうよ」

 顔を見合わせて同時に『うん』と頷くと、白衣のポケットからスマホを取り出してお互いのスケジュールを確認し合うのだった。

 勿論その後、辻の彼女のアパートでたこ焼きパーティーが開催され、天馬のゲイ疑惑は無事払拭された。
 というか、噂は託児室には全く届いておらず、天馬から必死に弁明された楓花は、最初『はぁ?何言ってるの、この人』と思ったのだった。
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