上 下
128 / 169

121、2人の年越し (2)

しおりを挟む
 
 天馬と楓花の実家近くにある観音寺かんのんじは、日本三大観音の一つとも言われる有名な観音霊場れいじょうで、『観音かんのんさん』と呼ばれて地元の住民に親しまれている。

 名古屋で有名な参拝先といえば真っ先に熱田神宮の名前が挙がるけれど、楓花たちにとって大晦日と言えば幼い頃から慣れ親しんだこの観音寺で、今年の年越しはここで迎えようと天馬と決めていたのだった。

「やっぱり混んでるね」
「ああ、ここに来たのは久しぶりだけど、こんなに混んでたっけ?」

「大晦日はこんなものでしょ。私は4年振りだけど」
「俺は2年振りだな。去年は当直が入ってたから」

 沢山の参拝客で芋洗いもあらい状態になっている参道をゆっくりと進んで行くと、遠く境内けいだいかねつきどうが見えて来た。

 ここ観音寺では、 事前に鐘つき券を購入しておけば一般客も除夜の鐘をつけるようになっている。
 枚数が108枚と限られているため、 あっという間に売り切れてしまうレアチケットだが、早くから並んでこれをゲットしていた茂と新之助が、結婚が決まった2人にとプレゼントしてくれたのだ。

「もう並んでるね」
「そうだな。俺たちも並んでおくか」

 鐘つき堂の前の列に並び、午前0時になるのを待つ。

「楓花、寒いだろう」
 
 天馬が自分が着ているロングのチェスターコートごと後ろから楓花を抱き締めた。

「ちょ……ちょっと!私も自分のコートを着てるし!ひっ、人の目もあるしっ!」

 楓花が前に回された天馬の腕をほどこうとするけれど、ますます力が強められてびくともしない。

「駄目だよ、離さない。もうすぐ花嫁になるのに風邪を引いたらどうするんだよ」
「いやいやいや、まだ2ヶ月以上あるし」
「じゃあ2ヶ月間は俺が全力で守らなきゃな」

 周囲でクスクス笑いに混じって「熱々じゃん!」という若者の声や「仲がいいわねぇ」というお年寄りの声なんかが聴こえて来て、楓花は真っ赤になりながら天馬のコートに顔を埋めた。
 変に騒ぐと逆に悪目立ちする。このまま大人しく天馬にされるままになっている方が賢明だと悟った。

「あら、もうすぐ結婚されるの? それじゃ風邪を引いちゃ大変ね。甘酒でもいかが? 」

 後ろに並んでいた老婦人が手に持っていたカップの甘酒を差し出して来た。
 境内の入り口で無料で配布されているものだ。

「えっ、いいんですか? でも、あなたの分が……」

 天馬が受け取るのを躊躇していると、

「私は夫と半分こするからいいのよ。ねっ、おじいさん」
「ああ、幸せは分け合った方がもっと幸せになれるからね」

 白髪の老紳士が自分が手にしている甘酒のカップを掲げて見せる。

「それではお言葉に甘えて……」
「すいません。ありがとうございます」

 楓花と2人で御礼を言って甘酒を受け取ると、交互にコクリと口にした。ほんのりした甘さが舌を撫でた後で、熱が喉を伝い、全身を温めていく。
 カップを2人で持って微笑み合う。

「暖かいね」
「暖かいな」

 手や身体だけじゃない。心の中まで……。

ーー幸せは分け合った方が幸せになれる。

 本当だ。2人で分かち合う幸せは、喜びも2倍だ。

「そろそろだ」

 天馬がスマホの画面を見て呟くと、どこからともなくカウントダウンの声が上がり始めた。徐々に周囲の声が重なり大きくなっていく。
 楓花と天馬も一緒になって数字を数え始めた。

「5、 4、 3、 2、 1…… 明けましておめでとうございます! 」
「おめでとう! 」
「ハッピーニューイヤー! 」

あちこちで歓声が上がると同時に、 目の前の鐘つき堂からは大きな鐘の音が響き渡った。

ゴーーーーン……

「楓花、明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 鐘つきは1人1回だけど、天馬と楓花は2人で一緒につなを持ち、 「せーの」で勢いよく撞木しゅもくを2回、 鐘に打ち鳴らした。

ゴーーーーン……  ゴーーーーン……

 低くて重みのある音が響き渡る。
 さっきの老夫婦にもう一度御礼を言ってから拝殿でお賽銭を投げ、天馬のポケットの中で手を握りながら柊家へと向かう。

 途中で天馬が『安産祈願』の御守りを買おうとしたので、楓花が全力で止めた。
 それはさすがに早過ぎる。

「鐘の音って近くだと迫力あるね。 厳かな響きを聞いて、煩悩がはらわれてます!って感じがした。券をくれたおじいちゃん達に感謝しなきゃ」

「俺は煩悩だらけだから鐘を鳴らすくらいじゃ無理だ」
「ふふっ、煩悩だらけ……って」

「だって俺の頭の中は既に今夜のことでいっぱいだぜ」
「えっ、今夜?」

 ポケットの中で、楓花の手を握る天馬の手に力が籠もった。

 「だって今夜は俺の部屋で『姫初め』をするんだろ? 興奮するに決まってる」

ーーえっ?!

「天馬の家でそんなことするわけないでしょ!」
「嘘だろっ?!俺は今日ずっと楽しみにしてたのに!」

 楓花が驚いて足を止めると、天馬も憮然ぶぜんとする。

「……なっ?」

ーーなっ?……って言ったって……。

「も……もう、勝手なんだから……」
「まあ、まあ、姫初めなんだし、特別に……なっ?」
 
 なっ?を連呼されて、猫みたいな瞳をキラキラさせながらお願いされたら……そんなの断れるはずがない。

 除夜の鐘をついた意味がなかったんじゃ……と思いながらも、楓花も胸をドキドキさせて、家路についた。
しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。

海月いおり
恋愛
昔からプログラミングが大好きだった黒磯由香里は、念願のプログラマーになった。しかし現実は厳しく、続く時間外勤務に翻弄される。ある日、チームメンバーの1人が鬱により退職したことによって、抱える仕事量が増えた。それが原因で今度は由香里の精神がどんどん壊れていく。 総務から産業医との面接を指示され始まる、冷酷な精神科医、日比野玲司との関わり。 日比野と関わることで、由香里は徐々に自分を取り戻す……。

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

処理中です...