126 / 169
【幕間】辻、心のツッコミ (3)
しおりを挟む今日もナースセンターでカルテに採血のオーダーを記入していたら、急にその場が浮き足だった空気に変わった。
すぐに分かった。天馬先生が来たんだ。
「先生、301号室の横山さんなんですが……」
「天馬先生、今日の入院患者さんですが……」
「先生、藤沢さんの御家族から電話があって……」
ーーおおっ、群がってる、群がってる。
天馬先生が現れると、外来でも病棟でもこんな感じ。
それを天馬先生は「ありがとう」とだけ素っ気なく返して、テキパキと処理していく。
「いいね、あのクールな対応がまた……」
「シビれるね」
薬の棚の前で利尿剤のアンプルを手に取りながら、中堅ナースがコソコソと話している。
ーーいやいやいや、全然クールじゃないから。昨日は『若い女性に人気のおすすめスイーツ』とか検索してニヤついてたから。
「でもさ、最近表情が柔らかくなったよね」
「彼女が出来た?」
「彼は特定の女に縛られるタイプじゃないでしょ」
「適当に遊んでそのうちに何処かのお嬢様とお見合い結婚パターン?」
ーーハズレ!彼は特定の女に縛られてます!ってか自分から縛りつけに行ってますよ!保育士さんです。1階に行ったら会えますよ!
「ありがち~。でも私は愛人でもいいな」
「とりあえず1回寝てみたいよね。テクニックが凄そう」
ーー愛人は絶対に作らないだろうけど、テクニックが凄そうなのは俺も認める。ついでに言うとナニも羨ましいくらいのデカさだぞ。トイレで確認済みだ。
俺は楓花ちゃんと同盟を組んでるんで、天馬先生に手を出す職員がいたら防波堤にならなきゃって思ってるんだけど……相変わらずの素っ気ない対応ぶりを見てたらその必要は全くないな。
ーーだけど俺は楓花ちゃんの味方だから、軽く牽制くらいはしておきますか。
「天馬先生、クリスマスのデートプランはもう考えたんですか?」
天馬先生の肩をポンと叩きながらそう言ったら、先生がビクッ!として、手にしていたレントゲンを袋ごとバサッと床に落とした。
後ろで話してたナースがアンプルをカシャン!と落とす音もした。
あっ、割れたな。
「ちょっ……辻、ちょっと来い!お昼を奢ってやる!」
「は~い」
いつものあそこですね。
「なあ、お前って彼女と長いんだろ? プロポーズとか考えてんの?」
ーーほら来たっ!
勝手知ったる部長室で勝手にソファーに座って待っていると、
「好きなのを頼めよ。極上ちらしか?」
目の前にメニューが差し出された。
俺はそれを受け取って、勿体ぶるように上から下へと視線を動かす。まあ極上ちらし一択なんですけど。
「そうっスね。デザートにわらび餅も付けていいですか?」
「贅沢だな……人の弱みにつけ込みやがって。まあいい、俺のランチ寿司も一緒に注文してくれ」
ーーあっ、楓花ちゃんが弱みだって認めちゃうんだ。だんだん隠さなくなってきたな、この人。
「それで今回のご相談はプロポーズの仕方ですか? そんなの指輪のケースを差し出してパカッ!で決まりでしょうに」
そんなことか。これなら出前が届くまでに相談終了だな。
「いや……実はだな…」
俺の向かい側に座ると、天馬先生は膝の上で指を組み、言い辛そうにチラッと視線を上げた。
「それを先に済ませてしまって……」
「はぁ?」
「楓花の就職祝いの場で、向こうの家族が集まっているしちょうど良いと思ってプロポーズしたはいいんだが、ビビって『まずはフィアンセと呼ばせて欲しい』なんて付け加えたものだから、先に進めにくくて……」
「別に変じゃないでしょう。婚約したのなら次に結婚が来るのは当たり前なんだし」
「それが、彼女的には『フィアンセ』で満足してしまっている感があって、結婚をせがんでも来ないし、最近じゃ会話も仕事の話の方がメインだし……」
ーーはぁ? 何言ってるんだ、この人は。
『楓花は若いからまだ結婚したくはないのかも』とか、『『指輪ケースパカッ』はこの前じゃなくてクリスマスの方が良かったのかも知れない』とかウジウジ言っている姿を見て、病棟ナースの皆さんにこの情けない様を見せてやりたいと思った。
「先生、彼女は指輪を受け取ってくれたんでしょ? その時点でもう結婚する気があるって事じゃないですか。それに楓花ちゃんが自分から結婚をせがむような女性じゃないっていうのは先生が一番分かってるでしょ? クリスマスに結婚の申し込みなんて絶好のシチュエーションなんですから、あとは夜景でも見ながら気持ちを伝えるだけですよ!」
「……なるほど」
眼から鱗という感じで一つ頷くと、天馬先生はソファーにドサッと深く腰掛けて脚を組み、表情を綻ばせた。
「いやぁ~、それにしてもさ、同棲って最高だよな。お前も彼女のとこに入り浸るなんていうのをやめて、早いとこ一緒に住んじゃった方がいいぞ」
早速調子に乗っている。
だけど、こんな天馬先生を知っているのが俺だけだと思うと優越感だな。
俺はバリバリ仕事をしてるクールな天馬先生に憧れてるけど、こういう可愛い天馬先生も悪くないな……って思うんだ。
まあ要は、俺は天馬先生が大好きで、この病院で働けて幸せだな、俺の選択は間違ってなかったな……っていうことだ。
ーーうん、クリスマス後の報告が楽しみだな。
辻のアドバイスに従い、クリスマスの夜に夜景を見ながら結婚を申し込んだ天馬だが、その前にお風呂で楓花をのぼせさせたということまでは、辻は知らない。
・*:.。..。.:*・' .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*
以上、辻から見た天馬でした。
これでまた本編に戻りますが、物語は終盤です。
あと何話になるか分かりませんが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
10
お気に入りに追加
1,617
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる