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115、俺さ、婚約したんだよ (2) side天馬
しおりを挟むその日の託児室で預かっていた児童は全部で5名で、金森先生と楓花が2人でお世話をしていた。
天馬が辻を伴って行った時には楓花が最後の1名を親に引き渡している最中で、「こんにちは」と挨拶をしたら2人同時に天馬に気付き、ペコリと頭を下げた。
「天馬先生、いつもうちの守がお世話になっています。今日は手術もあったのにこちらも見回りですか?お忙しいですね」
まさか婚約者の顔を見るついで……とは言えず、苦笑しながら遠野親子に手を振って見送っていたら、
「紫の上さんですね!お会い出来て光栄です!」
後ろから無邪気な辻の声が聞こえてきて、ギョッと振り返った。
「天馬先生からお噂はかねがね……」
横に並んで馴れ馴れしく話しかけている辻を横目に見ながら、楓花が『誰ですか?この人』という視線を天馬に向けている。
「辻、近過ぎ」
楓花の横からベリッと辻を引き離すと、その位置に自分の身体を割り込ませて、楓花に顔を向ける。
「楓花、コイツは俺の大学の後輩でうちの病院の外科医の辻だ。どうしてもお前に挨拶したいってうるさいんで連れて来た。片付けに使ってくれ」
「辻吉成です。よろしくお願いします!」
辻が差し出した手を楓花が握り返そうとすると、
「楓花、触らなくていいから」
天馬がその手を引き留めた。
「うわっ、酷い!俺は細菌扱いですか?!」
「お前が触ると楓花が汚れるんだよ」
「きゃあ!ゾッコンっすね」
「うるさい」
2人の漫才みたいなやり取りを見て、楓花がフフッと笑う。
「月白楓花です。初めまして」
「いや、実は初めましてじゃないんですよ。俺は紫……じゃなくて、楓花さんと天馬先生を廊下の陰からそっと見守ってたんで……ちょっと天馬先生!俺のアドバイスの事とかちゃんと言って下さいよ!」
ギャーギャー言っている辻にアルコールスプレーのボトルとペーパータオルを手渡し、
「とりあえずテーブルと椅子を拭け。お喋りはそれからだ」
片付けを手伝うよう促した。
*
「……という訳でですね、俺は恋愛シロウトの天馬先生に数々のアドバイスを伝授して、陰ながらサポートしてきた訳なんですよ」
「辻、お前盛りすぎだ。だけどまあ、多少は役に立った」
託児室の掃除を終えて場所を『かぜはな』に移した3人は、主に辻の喋りに耳を傾ける形で、天馬の楓花攻略までの流れを話していた。
「それは……彼がどうもお世話になりました」
「へへっ、どういたしまして。それにしても、楓花ちゃんがうちの病院にいるとは知りませんでしたよ」
さすが辻、いつの間にか楓花の呼び方がちゃん付けに変わっている。
「喫茶店は実家の手伝いをしていただけで、彼女の本職は保育士なんだ」
「そうなんですか。同じ病院にいると頻繁に会えるからいいですよね。……楓花ちゃん、天馬先生は色気ダダ漏れでモテモテだけど、楓花ちゃんにゾッコンだから心配ないんで」
「ふふっ、そうなら嬉しいんですけど」
「そうなら……って、そうに決まってるだろ!ゾッコンだよ!」
すかさず突っ込んだら、辻が両手を口にあてて目を見開く。
「うわっ、天馬先生って……彼女と2人だとこんな感じなんですね」
「なっ……なんだよ、悪いかよ」
辻は楓花の方に身を乗り出して、さも面白そうに語り出す。
「楓花ちゃん、知ってる?天馬先生ってうちのナースや技師の間では『難攻不落』とか『クールなイケメン』とか言われてて、『高嶺の花』的な存在なんだよ。みんな遠巻きにして憧れてるの。それが、こんなねぇ……」
「なっ、なんだよ」
「こんな風にデレデレの甘々な男だなんて、うちの職員が知ったら……ププッ」
2人のやり取りを嬉しそうに見ていた楓花が、辻に顔を向ける。
「辻先生、天馬先生が凄くモテるのは私も良く知ってますよ。昔から女の子に囲まれてたのを見てきたんで。だから、そんな彼が私を選んでくれたなんて奇跡だと思っているし、彼がもっと好きになってくれるよう、私も頑張らなきゃな……って思ってるんです」
「楓花、頑張るって、そんな……」
「楓花ちゃん、エライ!」
天馬が話そうとするのを遮って、辻が興奮気味に楓花の右手を取り両手で握りしめる。
「楓花ちゃんのその健気な気持ちに感動だよ!俺は全面的に楓花ちゃんの味方だから!天馬先生と喧嘩した時は俺が説教しておくんで、すぐに言って!天馬先生のことなら学生時代から知ってるんで、必要ならいろいろアドバイスもするし!」
「学生時代の天馬!」
途端に楓花が瞳をキラキラさせて、辻の手に自分の左手を重ねた。
「辻先生、天馬のこと、いろいろ教えて下さい!」
「任せてよっ!病棟でもナースが近寄らないよう見張っておくし!」
目の前で何故か後輩と彼女の最強(?)タッグが誕生した。
ーーなんじゃ、こりゃ……。
天馬は苦笑しながらも、自分の可愛い後輩と可愛い彼女が盛り上がっている姿を微笑ましく見つめる。
ーーそれにしても、俺の方が大好きだっていうのを楓花はまだ分かってないな。
マンションに帰ったらすぐに身体で教え込んでやらないと……と考えながら、とりあえず2人の手をグイッと引き離すのは忘れなかった。
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