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114、俺さ、婚約したんだよ (1) side天馬

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 今日最後の手術は胃癌の切除術で、執刀医は辻だった。
 残胃と十二指腸を吻合するビルロートI法は他の再建方法に比べて手技が簡便であるとは言え、手を抜けば縫合不全に繋がるため気を抜くわけには行かない。

 本人に自信を持たせるために多くは口を挟まず、だけど患部から目を離さないで見守るというのは、自分で執刀する以上に疲れるものだった。


 手術室の更衣室で着替えながら壁の時計を見たら、時刻は午後5時前。

ーー昼前に病棟回診は済ませたし、今日はこれで帰るとするか……。

 いつもは帰る前にもう一度病棟に立ち寄るようにしているのだけれど、今日は午前中に患者の吐血があってバタバタしていた上に、午後から手術が2件立て続けだったから疲労が溜まっている。

「いや、帰る前に楓花のところに……」

 今日は時間が無くて託児室にも立ち寄れていなかったから、様子を伺いついでに楓花を迎えに行くのはどうだろう。
 いつもは天馬が忙しくて楓花が先に帰っているけれど、こうして早く終われる時くらいは一緒に帰るのも新鮮でいいかも知れない。
 楓花さえ良ければ何処かで外食してもいいし……。

「うん、迎えに行こう」

 そう決めてウキウキと着替えを済ませ、ロッカーの扉を閉めて振り返ったところで、ニッコリ微笑んでいる辻と目が合った。

「うわっ! なんでお前がいるんだよ!」

「なんでって、一緒にオペしてた仲じゃないですか。天馬先生から少し遅れて着替えに入って来たら俺に全然気付かずニヤニヤしてたんで、生暖かく見守ってたんですよ」

「見守ってもらわなくていいよ!俺はもう帰るから、術後管理をしっかり頼むぞ」

 そう言って更衣室を出ようとした背中に、辻の呟きが聞こえてきた。

「先生の『紫の上』はフウカっていう名前なんですね。可愛いですね」
「ちょっ……お前っ!」

 慌てて振り返った天馬に辻が追い討ちをかける。

「今から迎えに行くんですか? デートですか? 俺にも会わせて下さいよ」
「はぁっ? なんでお前に……」

「冷たいですね。あんなに相談に乗ったのに……真剣に恋愛指南をした俺に誠意を返して下さいよ……」
「それはっ!……」

 辻には楓花がこの病院で働き始めたことを言っていない。言えばはしゃいで会いに行きかねないし、病棟や外来で騒がれて楓花に注目が集まるような事態にだけはしたく無かった。
 漸く前向きになってくれたのに、ここで変な噂話なんかされたらぶち壊しだ。

ーーだけど、いっそのこと話してしまった方がいいのか?

 楓花が院内にいる限り、いつかコイツと顔を合わせるだろう。変に隠し立てして後で大騒ぎされるよりも、その前に説明して口封じしておく方が得策なのかも知れない。

ーー実際いろいろ相談に乗ってもらっていたんだしな……。

 相談するだけしておいて、何の報告もしないというのも失礼だろうと考えて、覚悟を決めた。

 天馬はフウッと溜息をつくと、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、真剣な表情で辻を見つめる。

「あのな、辻……俺さ、婚約したんだよ」

 途端に辻が目を輝かせ、口を大きく開けた。

「マジですか?!おめでとうございます! だったらやっぱり俺をフウカちゃんに会わせて下さいよ! ちゃんと恩人だって紹介して下さいね!」

ーーはぁっ?!

 やっぱり俺に懐くヤツは調子乗りの天然バカばかりだな……と思いながら、楓花にどう紹介しようかと既に考え始めている天馬なのであった。
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