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109、婚約指輪 (1)

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「「「 楓花ちゃん、再就職おめでとう! 」」」
「ありがとう」

 金曜日の午後8時過ぎ。
 閉店後の『かぜはな』では月白家による楓花の就職祝いが行われていた。

 今週の月曜日から託児室で働き始めた楓花は、早く仕事を覚えたいとの想いから、木曜日まで4日間連続で勤務に入っていた。
 本当は日曜日まで毎日シフトに入って全部の子供の名前と顔を覚えるつもりだったのだけれど、それに金森先生が待ったをかけた。

「やる気があるのはいいことだけど、いきなりフルスピードで張り切っちゃうと揺り返しで後から疲れが出ちゃうわ。まずはゆっくりでいいの。この週末は預かるお子さんも少ないし、楓花先生はお休みして来週に備えて下さい」

 そう言って金曜日から3日間の連休となったのだった。
 だったらお店の手伝いをしようと、出勤する天馬の車に乗せてもらって『かぜはな』に顔を出したら、今度はそれを聞いた茜に叱られた。

「休めって言われて連休になったのに働きに来てちゃ駄目でしょう!奥のちゃぶ台でお煎餅でも齧ってるか、愛の巣に帰って天馬のためにお肌の手入れでもしてなさい」

 そう言われて、それじゃあ近所の商店街で買い物でもして帰ろうと思っていたら、茜に呼び止められた。

「あっ、お休みだったらちょうどいいわ。楓花ちゃんの就職祝いをしましょうよ。今日の閉店後にここに来て。天馬には私が声を掛けておくから」

 かくして茜の行動力のお陰で、当日にもかかわらずこうして新之助、八重、茜に大河に大輝が勢揃いしたのであった。

「天馬は手術後の患者さんの容態を診てから遅れて来るって」

 お店の真ん中で繋げたテーブルの上に次々と料理を運びながら、茜が楓花にウインクをする。

「楓花、元気にしてたか? 天馬が浮気したらすぐに俺に言えよ。その時はアイツをぶっ飛ばしてやるからな!」

「いやいやいや、天馬は浮気しないし、そもそもアンタが殴りかかっても天馬に返り討ちに遭うだけだから」
 
 茜に素早く突っ込みを入れられて大河は唇を尖らせたけれど、それでも久し振りに楓花に会えて嬉しそうだ。目を細めてニコニコしている。

 ちなみに大河はお寺の修行の時にされた7分刈りが会社で好評だったらしく、それ以来9分刈りのオシャレ坊主頭というのにしている。
 それで好感度が上がって営業成績がアップしているというのだから、人生何がどう転ぶか分からないもんである。


 暫くするとお店のドアベルが鳴って天馬が入って来た。

「遅れてごめん、もう始まってる?」
「今さっき乾杯したばかりよ。天馬もビール?」
「ああ頼む」

 茜と会話を交わしてから、上着を脱いで楓花の隣に座る。

「手術お疲れ様でした。託児室の方はどうだった? 」

「ああ、今日は急患があってバタバタしてたから託児室には昼頃ちょっと顔を出しただけなんだけど、落ち着いてたよ。日曜日は預かりゼロだから休みだし、楓花も気にせず久し振りにのんびりしたらいい」

 楓花と天馬がそんな話をしていると、向かい側に座った茜が聞いてくる。

「ねえ、預かりゼロとかそんな状態じゃ儲けにならないんじゃない? 経営状態は大丈夫なの? 」
「いや、正直言うと儲けは無いようなもんだな。場合によっちゃマイナスだ」

ーーえっ?!

 天馬の言葉に楓花と茜が顔を見合わせた。

「うちの託児室は元々、『従業員に気兼ねなく働いてもらう』のが目的で開設した福利厚生施設の色合いが濃いからな。従業員の子供限定だから利用者の増加は見込めないし、値段設定も低くしてあるから採算度外視だよ」

「それじゃあ私まで雇ってもらったらさらにマイナスになっちゃうんじゃ……」

 不安げな顔をする楓花に天馬が微笑みかける。

「いや、プラスだよ」
「でも……」

「俺は目先の儲けが欲しくて託児室を作ったわけじゃない。さっきも言ったけど、託児室があることで子育て中の女性も安心して働ける、『働きやすい職場』っていうのが重要なんだ」

 働きやすければ離職率が下がり、長く働いてもらえる。それだけベテランの職員が増え、病院全体のレベルが向上する。
 病院の評判が良くなればさらに患者さんが増え、病院の儲けとなる。

「職員が気持ちよく働ければ患者さんへの対応に還元される。そうやって得た利益で託児室を運営する。病院全体で見ればプラスだ。全部繋がってるんだよ」

「なるほど……目先の利益を追うんじゃなく広い視野で考えてるって訳ね。流石昔から成績が良かっただけあるわ」

 茜が感心したようにフムフムと頷いた。

「だけど……楓花も加わったことだし、そろそろ次の段階に進む頃ではあるな」
「次の段階?」

「そう……楓花先生にも頑張ってもらうよ」

 天馬は口角を上げて意味ありげに微笑んだ。
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