【R-18】キスからはじまるエトセトラ【完結】

田沢みん

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99、同棲開始

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「一生かけて楓花さんを大事にします! どうか楓花さんを預からせて下さい!」

 天馬が深々と頭を下げると、カウンターの向こう側で新之助と八重、茜がうんうんと頷き涙ぐむ。

 土曜日の午後8時過ぎ。
 閉店後の『かぜはな』を、楓花と天馬が揃って訪れていた。



 遡ること数時間前、柊家で温かく迎えられた楓花が依子と共にお茶を運び、みたらし団子の乗ったガラステーブルにコトリとお盆を置いた途端、男性陣から怒濤の説得攻撃が始まった。

「楓花ちゃん、天馬と一緒にマンションに住んでやってくれないかな?」
「茂さん……」

「楓花ちゃん、俺も依子も以前からそろそろ天馬に家を出て行って欲しいと思っていてね。ほら、30近い男がいつまでも実家暮らしっていうのもなんだし……」
「天馬パパ……」

「うん、楓花。ここは楓花が彼女として、天馬くんの独り暮らしをしっかり支えるべきだな」
「おじいちゃんまで!」

「なあ楓花、マンションの持ち主だったじいさんがこう言ってる。俺の家族もみんなそれを望んでいる。もちろん俺もだ。あとは楓花の気持ちひとつなんだ……どうか頷いてくれないか?」

「天馬……」

 どう答えるべきなのかと楓花が戸惑っていると、宗馬の隣に座った依子がエプロンを外しながら微笑みかけた。

「楓花ちゃん、あまり難しく考えずに、お試ししてみたらいいんじゃない?」
「お試し……ですか?」

「そう。一緒に生活してみたら、外で会ってるだけじゃ気付かなかった面が見えてくるでしょ? そんな子に育ててはいないつもりだけど、例えばDVだったり、束縛が強すぎたり……」

「母さん、俺は暴力なんか振るわないよ!まあ、束縛は……あるかも知れないけど……」

 ムニュムニュ言っている天馬を尻目に、依子が続ける。

「そこまで酷くはないとしても、イビキがうるさいとかドアの開け閉めの音、家具の好み……とか、些細な事が気になって駄目になることだってあると思うの。一緒に住んでみてそういう面も知った上で、ずっと一緒にいるかどうかを見極めればいいと思わない?」

「見極める……ですか……」

「そう。その上で天馬が不合格だったら遠慮なく捨ててくれて構わないわ。その時は私が責任持って天馬に諦めさせるから」
「母さん!」

「そうそう。楓花ちゃんのお眼鏡にかなわなかったら、クーリングオフしちゃえばいいんだよ」
「親父まで!」

 焦る天馬をチラッと見てから、楓花は膝に両手を揃えて真っ直ぐに依子を、そして次に男性陣をぐるりと見渡した。

「天馬ママ……そして皆さん……優しいお言葉をありがとうございます。お言葉に甘えて、天馬さんと一緒に住まわせていただいてもいいでしょうか?」

「「「 もちろん! 」」」

「まだまだ未熟者ですが、天馬さんの足手纏いにならないように頑張りますので、よろしくお願いします」

 楓花がペコリと頭を下げると、依子がフルフルと首を横に振って言った。

「楓花ちゃん、さっきも言ったけど、難しく考えないで。楓花ちゃんは天馬が望んで一緒にいる彼女なの。彼氏に甘えてあげるのも彼女のたしなみよ」

「分かりました。……天馬、よろしくお願いします」
「……楓花っ!ありがとう!」
「きゃっ!」

 天馬がガバッと楓花を抱き締めると、途端に男性陣が沸きかえる。

「依子さん、でかした!」
「よしっ!乾杯だ!依子、ビールだ!」
「新ちゃん、俺たちの孫がっ!」
「シゲちゃん、夢が叶ったな!」

 全員が立ち上がってお互いに握手し合い、まるで当選後の選挙事務所みたいな様相を呈している。

 天馬に抱きしめられながらそんな皆の姿を見上げて、楓花は喜びを噛み締めていた。



 そういう訳で、「ちゃんと挨拶をしておきたい」とスーツに着替えた天馬を伴って閉店後の『かぜはな』を訪れ、今に至っているのである。

「良かったわね、楓花ちゃん。天馬と仲良くね。荷物はいつ運ぶ?大河に手伝わせるよ」

 茜の問いに、楓花が首を振る。

「ううん、最低限の物だけ持ち出して、あとはそのままにしておこうと思って」

 天馬がそうしているように、都合に合わせてどちらにも泊まれるようにしておくつもりだ。
 必要なものは向こうで新たに買い揃えることにした。

「……という訳で、楓花は貰っていくんで、大河の方はよろしく頼むよ」

「任せといて。文句は言わせないわ。アイツは近いうちに寺に修行に行かせることに決めた。おじいちゃんにまでデタラメ言って振り回してたなんて、本当に恥ずかしいわ! 家に帰って来たら説教タイム決定!」

 大河は会社の出張で大阪に行っており、月曜日に帰宅予定だ。
 大河が同棲のことを知ったらギャーギャー騒いでうるさいので、留守の間に決行してしまうことにした。

「それじゃ楓花、行くか」
「はい……よろしくお願いします」

 手を繋いで店を出た。
 チリンと鳴ったドアベルが、2人の門出を祝福してくれているようだった。
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