103 / 169
99、同棲開始
しおりを挟む「一生かけて楓花さんを大事にします! どうか楓花さんを預からせて下さい!」
天馬が深々と頭を下げると、カウンターの向こう側で新之助と八重、茜がうんうんと頷き涙ぐむ。
土曜日の午後8時過ぎ。
閉店後の『かぜはな』を、楓花と天馬が揃って訪れていた。
遡ること数時間前、柊家で温かく迎えられた楓花が依子と共にお茶を運び、みたらし団子の乗ったガラステーブルにコトリとお盆を置いた途端、男性陣から怒濤の説得攻撃が始まった。
「楓花ちゃん、天馬と一緒にマンションに住んでやってくれないかな?」
「茂さん……」
「楓花ちゃん、俺も依子も以前からそろそろ天馬に家を出て行って欲しいと思っていてね。ほら、30近い男がいつまでも実家暮らしっていうのもなんだし……」
「天馬パパ……」
「うん、楓花。ここは楓花が彼女として、天馬くんの独り暮らしをしっかり支えるべきだな」
「おじいちゃんまで!」
「なあ楓花、マンションの持ち主だったじいさんがこう言ってる。俺の家族もみんなそれを望んでいる。もちろん俺もだ。あとは楓花の気持ちひとつなんだ……どうか頷いてくれないか?」
「天馬……」
どう答えるべきなのかと楓花が戸惑っていると、宗馬の隣に座った依子がエプロンを外しながら微笑みかけた。
「楓花ちゃん、あまり難しく考えずに、お試ししてみたらいいんじゃない?」
「お試し……ですか?」
「そう。一緒に生活してみたら、外で会ってるだけじゃ気付かなかった面が見えてくるでしょ? そんな子に育ててはいないつもりだけど、例えばDVだったり、束縛が強すぎたり……」
「母さん、俺は暴力なんか振るわないよ!まあ、束縛は……あるかも知れないけど……」
ムニュムニュ言っている天馬を尻目に、依子が続ける。
「そこまで酷くはないとしても、イビキがうるさいとかドアの開け閉めの音、家具の好み……とか、些細な事が気になって駄目になることだってあると思うの。一緒に住んでみてそういう面も知った上で、ずっと一緒にいるかどうかを見極めればいいと思わない?」
「見極める……ですか……」
「そう。その上で天馬が不合格だったら遠慮なく捨ててくれて構わないわ。その時は私が責任持って天馬に諦めさせるから」
「母さん!」
「そうそう。楓花ちゃんのお眼鏡に適わなかったら、クーリングオフしちゃえばいいんだよ」
「親父まで!」
焦る天馬をチラッと見てから、楓花は膝に両手を揃えて真っ直ぐに依子を、そして次に男性陣をぐるりと見渡した。
「天馬ママ……そして皆さん……優しいお言葉をありがとうございます。お言葉に甘えて、天馬さんと一緒に住まわせていただいてもいいでしょうか?」
「「「 もちろん! 」」」
「まだまだ未熟者ですが、天馬さんの足手纏いにならないように頑張りますので、よろしくお願いします」
楓花がペコリと頭を下げると、依子がフルフルと首を横に振って言った。
「楓花ちゃん、さっきも言ったけど、難しく考えないで。楓花ちゃんは天馬が望んで一緒にいる彼女なの。彼氏に甘えてあげるのも彼女の嗜みよ」
「分かりました。……天馬、よろしくお願いします」
「……楓花っ!ありがとう!」
「きゃっ!」
天馬がガバッと楓花を抱き締めると、途端に男性陣が沸きかえる。
「依子さん、でかした!」
「よしっ!乾杯だ!依子、ビールだ!」
「新ちゃん、俺たちの孫がっ!」
「シゲちゃん、夢が叶ったな!」
全員が立ち上がってお互いに握手し合い、まるで当選後の選挙事務所みたいな様相を呈している。
天馬に抱きしめられながらそんな皆の姿を見上げて、楓花は喜びを噛み締めていた。
そういう訳で、「ちゃんと挨拶をしておきたい」とスーツに着替えた天馬を伴って閉店後の『かぜはな』を訪れ、今に至っているのである。
「良かったわね、楓花ちゃん。天馬と仲良くね。荷物はいつ運ぶ?大河に手伝わせるよ」
茜の問いに、楓花が首を振る。
「ううん、最低限の物だけ持ち出して、あとはそのままにしておこうと思って」
天馬がそうしているように、都合に合わせてどちらにも泊まれるようにしておくつもりだ。
必要なものは向こうで新たに買い揃えることにした。
「……という訳で、楓花は貰っていくんで、大河の方はよろしく頼むよ」
「任せといて。文句は言わせないわ。アイツは近いうちに寺に修行に行かせることに決めた。おじいちゃんにまでデタラメ言って振り回してたなんて、本当に恥ずかしいわ! 家に帰って来たら説教タイム決定!」
大河は会社の出張で大阪に行っており、月曜日に帰宅予定だ。
大河が同棲のことを知ったらギャーギャー騒いでうるさいので、留守の間に決行してしまうことにした。
「それじゃ楓花、行くか」
「はい……よろしくお願いします」
手を繋いで店を出た。
チリンと鳴ったドアベルが、2人の門出を祝福してくれているようだった。
10
お気に入りに追加
1,619
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる