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【幕間】 月白大河の憂鬱な4日間 (2)

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 曹洞宗そうとうしゅう大本山・永平寺は、室町時代に道元禅師によって創建された『日本曹洞宗』の第一道場だ。

 一般的な寺院とは違ってあくまで修行をする場、『道場』なので、よく街で見かけるお坊さん達とは違い、ここでは『雲水うんすい』と呼ばれる2~300人の修行僧が世俗から完全に離れ、日々鍛錬に励んでいるのである。


「くっそ~!バスに酔ったぜ」

 名古屋から京都までは新幹線、そこから電車を乗り継いで福井駅に着くと、直行バスに揺られて30分ほどで漸く永平寺門前に到着した。

 大河の過去の不用意な発言に激怒した茜が課した罰。 それは『永平寺で修行をして来い』という突拍子もないものだった。

 最初こそ激しく抵抗した大河だったが、口でも力技でも迫力でも茜には到底敵わない。
 それに真顔で『言うことを聞かないなら離婚する』なんて迫られたら頷く以外に選択肢がない。
 なんてったって大河は茜に心底惚れているんだから。


「まっ、いいか」

 部活の合宿や修学旅行のノリだと思えばいいだろう。
 自分は人付き合いが苦手ではないし、むしろ盛り上げ役になって皆でわいわいやるのは得意技だ。

「エリート営業マンの人たらし術を舐めんなよ!」

 妙な方向に意気込みながら大河は受付を済ませ、3泊4日の修行生活、『参禅さんぜん』をスタートさせたのだった。



「えっ、マジか……」

 いきなり出鼻を挫かれた。驚いたことに、いきなりスマホや腕時計を没収されたのだ。茜や大輝の声が聞けないのはダメージ大だ。
 落ち込んでいるところに更に追い討ちがかけられた。
 雲水さんから『永平寺のルール』なるものを聞かされたのだ。

1、自分より上の立場の人の目を見てはいけない。

2、見習い期間中、はい、またはいいえ以外しゃべってはならない。

3、はい、またはいいえ以外でしゃべる必要がある場合は、合掌して上の人の許しを待つ。

4、足音や鼻をすする音など、その他全ての音をたてる行為を禁止する。ただし、返事は大きい声ですること。

5、寒くても寒がるな。暑くても暑がるな。感情を表に出すな。


 ーー最悪だ……。

 目を見ちゃ駄目、話し掛けるのも駄目なんて、大河の得意技『人たらし術』が使えないではないか。

「参禅は修行体験といえども日課や食事など全てが修行僧の雲水と同じ内容なんですよ。あまりの厳しさに途中で脱落して下山したり、逃げ出してしまう人もいるそうですよ」

 参禅仲間の1人となった中井さんに耳許で囁かれ、『マジっすか!」と大声で叫んだら、説明をしてくれていた雲水の1人からキッと睨まれた。

「あなた方はここに何をしに来たのですか!修行をする気がないのであれば、今すぐ下山して下さい!」
 
 さっきまでの仏様みたいな表情が一瞬で崩れ、毘沙門天びしゃもんてんになった。

ーーうわっ、いきなりかよ~。

 こうして大河の修行生活は叱られることから始まった。

 参禅の厳しさは大河の予想を遥かに超えてきた。
 朝3時半の起床から午後9時の消灯までびっしりスケジュールが組まれている。おまけに食事のマナーまで決まっていて、箸の上げ下ろしからお椀を置く位置、手順まで覚えなくてはいけないのだ。
 何が一番キツいかって、朝から4回に分けて合計5時間も座禅の時間がある事だ。壁に向かってひたすら座禅を組む。少しでも姿勢が崩れると叱咤の声が降って来る。

座相ざそうが乱れています! 背筋を伸ばして!」

 言われて慌ててピンと背筋を伸ばすけれど、すぐに脚の痺れと睡魔が襲ってくる。なんてったって3時半起床だからな。

「背中!」
「はいっ!」
「声を出さない!」

 まさに地獄の日々。これじゃ脱走者が出るはずだよ。

 2日目の夕方に中井さんがダウンした。元々糖尿病の持病があって、低血糖症状が出たらしい。

 その夜も男部屋でみんなで布団を並べて横になったら、中井さんが話し掛けてきた。

「私はリタイヤする事になりました」

「まあ、体調が悪いのならしょうがないっスよね。俺もリタイヤしたいんですけど、丈夫だし嫁が怖いんで無理っスね」

「私は3ヶ月前に妻を亡くしたんですよ……」
「えっ……」

 中井さんは奥さんを心筋梗塞で亡くされたばかりだった。仕事ばかりで夫らしいことを何一つできず、会社を定年退職してこれから妻孝行をしようと思っていた矢先だったと言う。

「私はいい夫では無かったから……自分を追い込めば、妻が亡くなる瞬間の苦しみとか無念の気持ちが少しは分かるんじゃないかと思いましてね」

 それさえも失敗しちゃいましたよ……と寂しそうに笑う中井さんを見て、なんだか無性に悲しくて、無性に自分が恥ずかしくなった。

 自分だったらどうだろう……と考えた。
もしも茜が突然死んでしまったら……俺は生きていけないだろう……と大河は思う。
 だけど大輝がいる。生きなきゃいけない。
 逆の立場なら茜はどうするだろう。
 
ーーアイツのことだから俺がいなくても生きていけるよな……。

 だけど心から泣いて怒って悲しんでくれるんだろうな……という確信がある。そういう相手に巡り会えた自分は幸せものだ。

 ふと茜の言葉を思い出した。
『あと少しで天馬は好きでもない女性と結婚させられて、楓花ちゃんは初恋を諦めて他の男と結婚してたかもしれないんだよ!』

ーーそうか……俺のせいで天馬と楓花は運命の相手と一緒になれなかったかも知れなかったんだな……。

 そう考えたら、茜の言っていたことがなんとなく分かった気がした。
 中井さんのこと、天馬や楓花のこと、そして茜や大輝の事を考えて、何故だか涙が溢れた。
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