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89、一緒に前に進んでくれませんか? (2)
しおりを挟む「なあ楓花、ここで働いてみないか?」
そう言われて一瞬、幼児と楽しく過ごす自分の姿を思い描いた。
だけどそれはすぐに、保護者に軽蔑されて俯く自分の姿へと変わる。
「……無理」
踵を返して部屋を出ようとする楓花の手首を、天馬がパシッと掴んだ。
「楓花、まだ怖い?」
言われてバッと振り返り、潤んだ瞳でキッと見た。
「……怖いよ。怖いに決まってる。もうあんなの二度と御免。……もう行こっ!」
だけど手首を掴んだ天馬の手は離れず、2人はしばし無言で睨み合う。
「楓花……俺さ、どうしてお前が俺と同棲するのを拒むのかっていろいろ考えたんだ」
「……。」
「前に言ってた『自信がない』、『逃げてばかり』、『劣等感の塊』、それは全部そうなんだろうけどさ……もしかしたら楓花、お前保育士の仕事に戻りたいんじゃないのか?」
楓花の肩がピクッと動いた。
「そんなの無理に決まってるでしょ」
「俺は無理とか出来るとかの話をしてるんじゃない。『したいか、したくないのか』を聞いてるんだ」
「………。」
楓花がスッと視線を逸らすと、天馬は一つ息を吐いてから話を続けた。
「間違ってたらそう言ってくれ。俺と一緒に住んだらニートになっちゃう……お前、そう言ってたよな。今の状態で俺のところに来たら、そのまま結婚になだれ込んで二度と働けなくなるかも知れない。働く意欲を失って、二度と保育士に戻れないかも知れない……そう思ってないか?」
楓花の唇がわななき、黒目がちな瞳はみるみるうちに水の膜で覆われていく。そこからポツリと滴が溢れたと同時に、
「……そうだよ……大正解。なんで当てちゃうの? どうして今更そういうことを言うの?無理に決まってるのに……私なんて……っ!」
そこまで言ったところで天馬の胸に抱き寄せられた。
「『私なんて』……なんて言うなよ。自分で自分を貶めるな」
「……だって私は…」
「俺だけじゃ足りないか?」
「えっ」
見上げた瞳は、優しく、そして決意の籠もった熱い眼差しに捕らえられる。
「俺がお前の味方になってやる。たとえ世界中のみんながおまえを否定したとしても、俺だけは絶対におまえを見捨てない。最後の1人になったって、俺がお前の盾になる……お前は今の楓花のままでいればいい」
「天馬……」
「それにさ……お前の味方は俺だけじゃない。お前の家族……茜やアホ大河、お前の親友。今日みたいにお前の親切で救われた人達だって、お前のことが大好きだと思うぞ。お前が働いていた保育園の園児たちだって……」
「それは……」
「保護者たちがどうであれ、お前に頭を撫でられてガーゼを貼ってもらった園児や、お前に庇ってもらった噛み癖のある子……みんなお前を慕ってたに違いない。急にお前がいなくなって寂しがってたと思うぞ」
「私がいなくなって……寂しい…の?」
「当然。庇ってもらった子の父親はお前の言葉に救われただろうし、他にもお前に同意する意見が絶対にあったはずなんだ。ただ悪意のある声が大きくて掻き消されただけで……」
ーー園児は私を慕ってくれていた……私がした事で救われた人がいる……そう思ってもいいの?
「向こうでお前にそう言ってくれる人がいなかった事はお前の不運だった。だけどここでは違う……」
「だからさ……」そう言って身体を離され、グッと両肩を掴まれた。
「なあ楓花、勇気を出して前に進んでみないか?」
「天馬、私……」
「いや……違うな」
天馬は一歩引いてジャケットの襟を整え、改めて真っ直ぐ楓花に向き直る。
「楓花、お前は1人じゃない。絶対に1人にはしない。だから……」
フンワリと優しく目を細め、大丈夫だよとその表情で伝えながら……
「俺と一緒に前に進んでくれませんか?」
スッと差し出された右手を、楓花は自然に掴んでいた。
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