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88、一緒に前に進んでくれませんか? (1) side天馬

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 店内で食事をしている母子3人連れがいる。
母親の隣にはベビーカー。母親はぐずっている赤ちゃんを抱いてあやしている。
 母親の向かい側に座っている3歳くらいの男の子は、お子様ランチについてきた紙パックのオレンジジュースにストローを刺そうと奮闘中だ。

「あっ!」

 男の子が力一杯ストローを突き刺した勢いで、オレンジジュースが上からビュッと噴き出してきた。手とテーブルがベトベトになって半泣きになった男の子の元に楓花が駆け寄り、おしぼりで手を丁寧に拭いてやる。

「自分でストローを刺せるんだ。偉いねぇ~。はい、新しいオレンジジュース。今度はパックの角っこを持って刺してみて。それだとジュースが飛び出して来ないから。そうそう、上手!」

 男の子がパアッと笑顔を見せると、楓花は男の子の頭を撫でてから、母親に両手を差し出す。

「私が赤ちゃんを抱っこしていてもいいですか? 良かったらパスタが温かいうちに召し上がって下さい。ごゆっくりどうぞ」

 母親に何度も頭を下げられながら赤ちゃんを抱き上げると、楓花は「よしよし」とあやしながら表に出て行った。

 その様子を眺めていた天馬たち3人は、ほっこりとした気分で目を合わせて頷き合う。

「楓花って昔からあんな感じだったんだよな。俺や大河とおやつを食べてる時に赤ちゃん連れのお客さんとかが来ると、近寄ってあやしてた。今思えば、アイツのそういう姿を見て惹かれてたのかもな……」

「うわっ、天馬が蕩けそうな顔をしてる。気持ち悪っ!」
「気持ち悪いとか言うなよ! 自分でも自覚してて気にしてるんだからな!」

「天馬くん、分かったわ」

 八重の言葉に天馬と茜がハッと口を噤む。

「天馬くんの提案は楓花ちゃんにとって良いチャンスだと思う。私からもお願いするわ。楓花ちゃんをよろしくね」
「はい、分かりました。ありがとうございます」

「じゃあ、あとは楓花ちゃん次第ってことか……」

 茜がそう呟いているとドアベルがチリンと鳴って、赤ちゃんを抱いた楓花が戻って来た。腕の中の赤ちゃんは気持ち良さそうに眠っている。
 赤ちゃんをそっとベビーカーに戻し、母親と笑顔で会話を交わしてから楓花がカウンターに来る。

「楓花ちゃんお疲れ様。今日はもう上がっていいわよ」
「えっ、だってまだランチタイムが……」

 茜の言葉に楓花が戸惑っていると、

「ピークは過ぎたから。天馬が楓花ちゃんとデートしたくてウズウズしてるみたいだし、カウンターを占領されると邪魔だから連れて出ちゃって」

 天馬と楓花はクスッと顔を見合わせて、「それじゃ行きますか?」と席を立った。


 店を出た天馬は、楓花の手を引いて少し先の信号から横断歩道を渡る。道を渡り切ると柊胃腸科の方に歩いて行き、そのまま従業員用の裏口から院内に入る。

「……天馬、忘れ物?」
「違う、楓花に見せたいものがあって」
「見せたいもの?」

 廊下を少し進んだ左側に『託児室』の札がついたスライドドアがあって、天馬が鍵を開けてドアを開くと、会議室2部屋分くらいの広い空間があった。
 造り付けの棚には絵本やオモチャが並び、大きくて低い丸テーブルの周囲には子供用の小さな椅子。1/3程のスペースには畳が敷かれている。

「ここは……」
「うちの病院の託児室」

「驚いた?」と聞かれて、楓花はコクコクと頷いた。

「ここはうちの従業員が働いている間、お子さんを預かるための部屋なんだ」

「凄い……病院の中にこんな部屋があるなんて…」

「2年前に俺の提案で始めた。5歳以下の未就学児が対象の予約制で、今は8人登録している。保育園を退職した62歳の保育士さんと、うちを退職した62歳の元病棟主任、それとパートの主婦の3人で回している」

 天馬は、目を輝かせて室内を見回している楓花の肩をグッと抱いて言った。

「なあ楓花、ここで働いてみないか?」
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