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87、楓花を引き抜きたいんだけど side天馬

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 天馬が『かぜはな』のドアを開けるとチリンとベルが鳴って、中から「いらっしゃいませ」と元気な声が聞こえてきた。

「あっ……天馬?!」

 メニューを持った楓花が、「どうしたの?」と驚いた顔で駆け寄って来る。

「ん?仕事が終わったからお迎えついでに楓花の仕事ぶりを見学しようと思って」
「そう言えば、私がここで働いてる時に来たのって初めてじゃない?」

「うん。楓花のウエイトレス姿も新鮮でいいな。惚れ直した」
「ふふっ、それじゃ幻滅されないように張り切らなくちゃ。カウンターがいい?」

「そうだな、頼む……あっ」

 天馬が先に立ってカウンターに案内しようとする楓花の腕をグイッと掴むと、彼女は「えっ」と驚いて足を止めた。

「俺とのこと……八重やえさんには内緒なんだよな」

 八重さんは楓花の祖母で、お店のオーナーの新之助さんの奥さん。天馬も幼い頃からこのお店でよくランチやオヤツを食べさせて貰っていたから顔馴染みだ。
 
 だけど楓花は視線を上げて少し考えた後でニッコリと微笑んだ。

「大丈夫。天馬さえ良ければおばあちゃんに話して」

 笑顔で言われて、自分の顔がフニャリとみっともなく緩んだのが分かる。
 茜も付き合いについては知っているけれど、その他の家族にオープンにして貰えるというのは別格の嬉しさがある。

「本当に……いいのか?」

「うん。天馬こそいいの? おばあちゃんに話したら、おじいちゃん経由で茂さんに伝わっちゃうよ。天馬の家族に私なんかが相手ってバレたら困るんじゃない?」

ーー『私なんか』……か。

「楓花、お店のお手伝いは何時まで?」

「元々私はお休みのはずだったから何時に終わってもいいんだけど、ちょうど少し混んできたところだから、ランチタイムが終わる2時半までいてもいい?」

「もちろん。俺もそれまでここにいていい?」
「うん、もちろん!」

 楓花は天馬をカウンター席に案内すると、すぐに忙しく他の接客に向かった。
 天馬は奥で洗い物をしている茜に「よっ」と片手を上げて挨拶すると、目の前の八重と目を合わせて会釈する。

「天馬くん、いらっしゃい」
「八重さん、お久しぶりです。ホットコーヒーをいただけますか?」
「はいはい、いつものブルーマウンテンね」

「八重さん……俺、楓花と付き合ってます」
「まあ……あらあら……本当に?」

 八重は目を真ん丸くしてぽかんとしてから、

「まあ、それは素敵だわ。楓花ちゃんをよろしくね」
 今度は目を細めてニッコリと微笑んだ。

「八重さん……もしも楓花が抜けたら、このお店は凄く困る?」
 
 そこに、洗い物を終えた茜も出てきて会話に加わる。

「そりゃあ楓花ちゃんは愛想がいいし良く働いてくれるから、いてくれたら助かるけど……正直言うと、お店の手伝いは引き籠もってた楓花ちゃんを東京から呼び戻すための言い訳だったの。ねっ、おばあちゃん」

 八重がうんうんと頷きながら、茜の言葉を引き継いだ。

「そうなのよ。楓花の母親が、自分たちがいなくなるからちょうどいい……って連れ戻しに行って。だからね、私たちは楓花ちゃんが他にやりたい事を見つけたらお店を辞めてもらってもいいと思ってるの」

「なによ天馬、あんた結婚したら奥さんには家に入って欲しい派なの? ずいぶん保守的じゃない?」

「いや、違う」

 天馬は真剣な表情で2人を交互に見て、ゆっくりと口を開いた。

「八重さん、茜……俺、楓花を引き抜きたいんだけど」
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