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84、さようなら side天馬

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「当直お疲れ様でした」

 土曜日の午前9時過ぎ。
 従業員用ドアを開けて外に出た椿は、背後から突然聞こえて来た声にギクリとして足を止めた。

 艶のあるバリトンボイス。その声の主は分かっている。
 右方向に顔を向けると、天馬はすぐ横の壁に背を預けて立っていた。

「光栄だわ……あなたが私を待ち伏せしてくれるなんて。付き合っていた頃だって無かったのにね」

 椿が口角を上げて皮肉げに言うと、天馬は組んでいた腕を解いて壁から背を離した。
 ポケットに手を入れてゆっくり歩いてくると、目の前で立ち止まる。

「俺の楓花をイジメるのはやめてくれないか?」

 椿は鼻にシワを寄せてフッと笑うと、真っ直ぐに天馬を見上げる。

「あら、あの子、早速あなたに告げ口したのね。それであなたは『イジメられて悲しい』って年下の彼女に泣きつかれて、慌てて来たってわけ?」

「そんなんじゃない。あの子が隠そうとしていたのを俺が無理矢理言わせたんだ」

「あっ、そう」

 しばらく無言で睨み合う。

「俺たちのことと彼女は関係ない」
「私が彼女と世間話をするのにもあなたは関係ないわ」

 天馬は一つ溜息をつくと、ポケットから手を出して拳を握った。

「俺と水瀬の間に起こったことは……君の気持ちにつけ込んで甘えた俺のせいでもある。だから今更文句を言う気は無いし、責める権利もないと思っている。だけど……」

「だけど?」

「だけど、大切な女のために怒る権利はあるはずだ」

 目つきを厳しくしてキッと見下ろされ、椿は視線を逸らした。

「全部彼女に話したよ。驚いていたけれど、それでもこんな俺を許してくれた。もう揺さぶったって無駄だ」

「あっ、そう。だったらもういいじゃない」

「駄目だ。彼女が許しても、俺がケジメをつけなきゃ駄目なんだ。今回のことは、水瀬と正面から向き合うのを避けてズルズルと引き伸ばしてきたツケが回ってきたんだと思うから」

「………。」

「水瀬……俺はずっと臆病だったけど……彼女を守るためなら全力で闘うし、鬼にもなるよ」

「……それで猫の首に鈴をつけに来たってわけね。おあいにくさま。あなたに最後通牒つうちょうを叩きつけられる前に、自分から言ってやったわ」

「えっ?」

 椿はズイッと一歩前に出て至近距離から見上げると、戸惑う天馬に向かって告げた。

「ついさっき院長に会って、バイトを辞めるって言って来た」
「えっ……」

 椿は下唇を噛んで俯いてから、前髪を掻き上げる。

「……分かってたわ。あなたも院長も私を持て余してるってことは。夜勤のバイトなら若い研修医で十分だし、わざわざ高い時給を払って私を使い続ける意味なんて無い。それでも婚約直前で破棄にした負い目があるから追い出せなかったのよね」

「水瀬……」

「私はそれを知りながら.…そこに付け込んで居座り続けた。どんな形でも天馬と接点を持っていたかった。望みを捨てたくなかったのよ。あなたの楓花さんが結婚でもしてくれたら、そのうちに諦めて私を見てくれるかも……って」

「悪かったな……そうさせたのは俺だ」

「謝らないで。私ね、父に随分前から病院に入れって言われてたのよ。それでも未練がましくここにしがみ付いてたけれど……もう意味がないから……」

 椿はキッと顔を上げると、清々とした表情で、キッパリと言い切った。

「私は自分の意思で辞めるって決めて、自分から辞めて行くの。だからあなたは関係ない」

「……流石だな。君は昔からいつも自信に溢れて堂々としていて……みんなの憧れだった」

「あなた以外にはね」

 そして椿には、口を歪めて苦笑する天馬にどうしても聞いておきたい事があった。

「ねえ……私はあの子に比べて何が駄目だったのかしら。私も幼馴染みだったら何か変わってた?」
「水瀬……」

「私には分からないのよ。あの子のどこに、あなたにそこまで言わせる魅力があるのか」

「違うよ」
「えっ?」

「彼女の『どこに魅力があるか』……じゃなくて、『アイツ自身が魅力的』なんだ。アイツがやる事なす事、存在全てが愛おしいんだよ。他の誰かが同じ事をしたってきっとそんな風には見れないと思う。『アイツだから』魅力を感じるんだ」

「楓花さん……だから……」

「そう、楓花だから。あっ、でも……強いて言うなら……俺はアイツの強さを尊敬してる」

「強さ?」

 怪訝そうな顔をした椿に、天馬はニコッとして、

「アイツは自分に自信が無くて弱々しくて……他人に理不尽に傷付けられたり踏みにじられる事も少なくない。だけど自分がそんな目に遭っても、それを他人に対してやり返そうとはしない。自分の中で受け入れて、辛いことにジッと耐えるんだ。それはアイツの優しさで強さだと思う」


 楓花の姿を脳裏に描いているんだろう。目を細め、頬を緩めた柔らかい天馬の表情に、椿は呆気に取られ、そして苦笑した。
 恋人を想うその表情かおは、自分には決して向けられないものだ。

「凄いわね……あなたにそこまで言わせちゃうなんて」

「俺もそう思う。だけど、惚れるってそういうことなんじゃね~の?」

「……あ~あ、アホらしい!もういいわ。」

 椿は胸の前でパンと両手を合わせ、話を打ち切る仕草を見せた。

「楓花さんがあなたの前に現れた時点で、こうなるって分かってた。楓花さんに会いに行ったのは最後の意地悪よ。悪かったわね」

「……今まで一緒に働いてくれてありがとう。君は優秀な消化器外科医だ」

 天馬が右手を差し出すと、椿はその手をパシッとはたいてニコッと微笑んだ。

「天馬、今後のために教えておいてあげる。中途半端な優しさは罪作りよ。好きでもないのに優しくするのは、私みたいに面倒な女を寄せ付けるだけ。特に別れ話をするのなら、徹底的に冷たく突き放さなきゃ駄目」

「分かった……参考にさせてもらうよ」

「さようなら」

 トレンチコートの裾を翻して背中を向けると、ポケットに手を入れたままツカツカと歩き出した。
 背筋のビシッと伸びた自信に溢れる後ろ姿は、同期のマドンナだったあの頃のままだ……と天馬は思った。
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