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63、お前のキスからはじまった (5) side天馬
しおりを挟む「ちょっと天馬、どうしたの? ネクタイを返して貰うだけにしては奮発し過ぎじゃない?」
その夜、天馬が椿を呼び出したのは、市内のホテルにある高級フレンチレストランの個室だった。
どうして個室にしたのかと言うと、これからする話を周囲に聞かれたくなかったのと、それがせめてもの誠意だと思ったから。
お見合いで始まった関係を終わらせるなら、ちゃんと格式ばった場所で伝えるべきだろう。
椿は袖と襟元がレースになっていて途中から切替になっている黒いミディアム丈のドレスを着ていた。ウエストを大きなリボンベルトで縛り、首にはパールのネックレス。
あからさまでは無いけれど、それなりに上品で洒落たコーディネートは、彼女の期待を物語っている。
華やかな笑顔を浮かべた彼女を見ると心が痛んだけれど、決心は揺るがなかった。
天馬は、昨日の酔いが残った目を充血させながらも、真っ直ぐに椿を見つめた。
「椿、ごめん。……俺はお前と結婚できない」
「……えっ…」
開口一番そう告げると、椿は絶句して固まった。
「俺の我が儘だ。本当に済まないと思っている」
天馬は椿の言葉を待たず、一気に話し続けた。そうじゃないとこんな事、とてもじゃないけど言い出せないと思ったし、とっとと全部ぶちまけて、あきれ返って愛想を尽かしてもらった方がいいと思ったから。
「忘れられない子がいるんだ……諦められると思ったけど、やっぱり駄目だった。こんな気持ちのままで椿と結婚したって上手くいくはずが無い。お前には俺なんかより、もっと誠実でしっかりした奴の方が似合っている」
そう言ってもう一度頭を下げると、上から低い声が降って来る。
「嫌よ……」
「えっ」
顔を上げて見ると、そこにはゾッとするほど醒めた目をした青白い顔があった。
「私に似合うかどうかは私自身が決めるわ。私に相応しいのは天馬だし、天馬じゃなきゃ嫌なの」
「だけど俺はっ!」
「……どんな子?」
「えっ……」
「忘れられないって……いつから好きだったの?向こうは天馬をどう思ってるの?もう付き合ってるの?」
天馬は一瞬言葉に詰まったけれど、全部正直に話すことにした。
「……幼馴染だ。昔から可愛がっていて……気が付いたら好きになっていた。向こうには彼氏がいて、俺のことは幼馴染の兄貴みたいな存在だとしか思われていない。それでも……忘れることが出来ないんだ。本当に申し訳ない。だけど俺は……」
「忘れなくっていいわ」
「えっ?」
「私が天馬といたいだけだもの。天馬が誰を思ってたって気にしないわ。その子には彼氏がいて振り向いてもらえないんでしょ? そんな子を想って独り身でいるよりも、愛が無かろうが契約結婚だろうが、ちゃんとパートナーを持ったほうが世間体もいい。ついでに言えば、私は浮気されてもOKよ」
「どう?」と聞かれて天馬は首を横に振る。
「駄目だよ、椿。お前が良くても俺は嫌だ。馬鹿らしいと思うだろうけど、それでも俺はやっぱり、愛のない結婚なんてしたくないんだよ。そんな事をするくらいなら、一生独身を貫くよ」
「天馬……」
椿は目を伏せてから、「分かったわ」と顔を上げた。
「それじゃあ、これがお試し期間解消の晩餐っていうわけね。せっかくだからディナーは最後までいただくわよ。いいでしょ?」
「ああ……勿論だ」
それからは2人でとりとめのない話をした。病院のこと、患者のこと、医学部時代の友人の話……。
それで油断していたのかも知れない。自分から振った負い目もあった。
「ヤケ酒に付き合いなさいよ」
そう言われて18階のバーに移動して、椿がオーダーするアルコールを次々と口にしていったところで……記憶が途切れた。
チュッ……ジュルッ……
水っぽい音と下半身を襲う甘い痺れ。
ーーなんだこれ、気持ちいい……
「えっ?」
朦朧とする意識を必死で覚醒させて目を開くと……そこには天馬の股間に顔を埋め、勃ち上がったものを口に咥える椿がいた。
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