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61、お前のキスからはじまった (3) side天馬
しおりを挟む電話の音で目が覚めた。
ーーくそっ、今何時だよ。病院の呼び出しか?
俺は今超絶二日酔い中だぞ。こんな状態でオペに入ったりしたら医療ミスを起こすだろうが!
そんな事を考えているうちに電話は切れた。
頭も身体も泥のように重く澱んでいる。
昨夜……というかもう時計の針は0時を回っていたけれど……まで結婚式の3次会に付き合った天馬は、大河から楓花の話を聞かされてから強い酒を浴びるように飲みまくって、泥酔状態で家に帰って来た。
椿ともう1人の友達に抱えられるようにしてタクシーから降りたのは薄っすら覚えている。今スウェットを着ているということは、酔いながらも一応シャワーを浴びて寝たのだろう。
ーーあったま痛て……。
手の甲を額に当てて目を瞑っていたら、またしても電話が鳴った。
本当に病院からかも知れない。
仕方なくスマホを手にすると、液晶画面には『颯太』の文字。
ーーえっ?!
慌てて通話に切り替える。
「颯太?」
一瞬の間があってから、『天にい』と呼ぶ小さな声。ああ、懐かしいな。久し振りに声を聞いたな……と思ったら胸がギュッと苦しくなった。
「……颯太、どうした?」
『今、天にいの家の前に来てて……』
「すぐに行く!」
速攻でそう叫んで立ち上がっていた。途端に頭がガンガンして軽い吐き気を覚えたけれど、そんなこと言ってられない。
玄関にあったサンダルを引っ掛けて表に出ると、楓花は黒い門の向こう側でジッとこちらを見つめて立っていた。
なんだか嬉しいような泣きたいような気持ちになって、天馬は目を細める。
門扉を開けるとふわ~っと欠伸をして見せた。これなら瞳が潤んでいたって誤魔化せるだろう。
「ごめん、昨日は大河の3次会まで付き合ってさ…… 」
ニコッと笑ってみせたら、楓花は「そうなんだ……」とぎこちない笑顔を浮かべた。
「んっ? 颯太、どうした?」
「えっ? あっ、ごめん……」
黒いカットソーにチェック柄のミニスカート、黒タイツ。上に千鳥柄のチェスターコートを合わせて他所行きのコーディネートをしている所を見ると、今から東京に行くのだと合点する。
ーーそうか、いよいよ出発するのか……。
恥ずかしそうに俯いた頭の上に手を乗せて、クシャッと撫でる。こんな風にするのは久し振りだ。
最後にこれくらいなら触れたっていいだろう?……と心の中で呟いた。
「そうか……今日出発だったな」
「……知ってたの?」
「ん……親が話してたし、大河からも聞いてたからな。それでわざわざ会いに来てくれたのか?」
切なさをグッと堪え、楓花の頭をわしゃわしゃ撫でながら顔を覗き込んだら、何故か楓花も泣き出しそうな顔をしていた。
そうか、颯太も別れを寂しがってくれているのか……。
「天にい、私…… 」
その時、天馬のポケットから呼び出し音が鳴った。チッと舌打ちしながらスマホの画面を見ると、水瀬椿からだった。
「ちょっとごめん」
何故か後ろめたくて背中を向けた。
「椿、どうした?」
「天馬、体調はどう?酷く酔っ払っていたから……。あなたタクシーに忘れ物をして行ったわよ」
「……えっ、忘れ物?」
「ネクタイ。今から持っていきましょうか?」
「ネクタイ? 今はちょっと……」
「それじゃあ一緒に夕食でもどう?それまでぐっすり寝て酔いを覚ましておきなさいよ」
「ああ、それじゃ今度会った時に……うん、じゃあ」
スマホをポケットに突っ込んで振り返った途端、ギョッとした。
楓花が泣いている。チワワみたいな大きな黒目から涙をポロポロ溢してしゃくり上げて……。
抱き締めてやりたい……と思った。
だけど自分にはそんな資格は無いのだと、両肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「おい楓花、お前泣いてるのか? どうした、大丈夫か?!」
楓花は何も言わず、黙って首を振る。
「くっそ~、ハンカチを持ってないんだよなぁ」
ーー俺はなんでスウェット姿なんだよっ!
ダサ過ぎる。こんな最後の時でさえカッコつかない。
「……これで我慢しろよ」
せめてもと、人差し指で目尻の涙を拭ってやった。目尻に触れたら離れがたくて、そのまま濡れた頬を手の平で拭った。
ーーああ、もうこれでお別れか。だけど楓花はこうして会いに来てくれた。これで充分だ……。
「天にい」
「ん?」
名前を呼ばれて顔を下に向けた途端、首に細い手が回されて、グイッと引っ張られた。
ーーえっ?!
次の瞬間には唇に柔らかい感触があり、それはあっという間に離れて行く。
「えっ……」
「お幸せに!」
ーーええっ?!
「おっ、 おい、 颯太! 」
駆け出そうとして、頭に激しい痛みを感じて足が止まった。
ーーくっそ……俺はどうして酒を飲んだんだ、バカヤロー。そしてどうしてサンダル履きなんだよっ!
それでも額を押さえながらヨロヨロと追い掛けると、楓花が乗ったタクシーは、無情にも目の前で走り去って行ったのだった。
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