55 / 169
55、イく瞬間にお前の名前を叫んだんだ
しおりを挟む楓花と天馬の乗った車は、高速道路を南西に向かって走り続けていた。
「天にい……どうして?!」
「……シートベルト。危ないぞ」
慌ててシートベルトを装着しながら、楓花は天馬を睨みつける。
「今日は気分が悪いって……キャンセルだって言ったのに!」
「仮病は受け付けない」
「……っ!……気分が悪いのは……本当だから」
たぶん茜から全て筒抜けなんだろう。
だとすれば、きっと椿がお店に来たことも伝わってしまっている。
「……水瀬に何を言われた? 」
ーーああ、やっぱり……。
「茜から電話をもらったんだ。『椿さんが楓花ちゃんに会いに来た。何か言われたみたいで様子が変だけど、天馬絡みなんじゃないか、どうなってるんだ』って」
狭いお店の中での出来事だ。会話が全部聞こえなかったにしても、深刻な様子は丸分かりだったんだろう。
その後の楓花を見れば、いくら大丈夫だと言ったところで、茜が心配しないはずは無いんだ……。
履いているジーンズの布地をギュッと握って俯くと、手の甲にポツポツと涙の粒が落ちては横に流れて行く。
不意にその上から右手が重ねられ、指を絡めてきた。
ハッと顔を上げて目を合わせれば、そこにあるのは心配と哀しみが混ざり合ったような苦しげな表情。
「ごめん……そんな風に泣かせてるのは俺なんだよな」
「違う!これは……」
ーー自分が不甲斐なくて情けなくて……。
「……ごめんなさい。 みんなに心配を掛けて……」
「違うだろっ! 」
楓花がビクッとすると、天馬は切なげに眉を寄せて、握る手に力を込めた。
「大きな声を出して悪かった……ただ、今日のドタキャンが水瀬と関係あるんだとしたら……それはつまり、俺が関係してるんだろ?」
「それは……」
「茜にさ、『元カノの後始末くらいちゃんとしろ! 楓花ちゃんを巻き込むな!』って叱られたよ。本当にその通りだ」
苦笑しながらそう言う天馬に向かって、楓花は項垂れることしか出来ない。
だって一度口を開いたら、全部聞いてしまいたくなる。
椿さんと婚約していたの?
お試しじゃなくて本当の恋人だったの?
身体の関係があったの?
私のために医局を追われることになったの?
そして……今の状況を……彼女と別れたことを後悔しているんじゃないの?
彼女と一緒になった方が幸せなんじゃないの?
黙り込む楓花を見て、天馬は深い溜息をつく。
「前にも言ったと思うけど……俺はずっと楓花のことが好きだった。いろいろ勘違いしてて、お前を諦めるために水瀬と付き合う事にしたけれど恋愛にはならなかった。結局お前を忘れられなくて別れた」
「嘘っ!」
「えっ?!」
楓花はバッと天馬の手を振り払って睨みつけた。
「好きじゃないのに……婚約して、エッチまでしたの? 」
「えっ……」
「私のことを忘れられないって……本当に忘れられないのは椿さんの事なんじゃないの? だって……だって男の人は初めての女を忘れられないものなんでしょ!」
「えっ……どうして……」
ーーああ、やっぱり……。
目を見開いて絶句したまま黙り込んだ天馬を見て、それが真実なのだと悟った。
「やだ、もう……最悪……」
「楓花……他には?」
「えっ」
「……水瀬は……何て言ってたんだ。他に何を言われた」
急に低い声音になり、 ジッと見つめてきた天馬の瞳は、何かを覚悟しているような真剣さと必死さがあった。
「……椿さんとはまだ会ってるんだよね? どうして隠してたの? どうしてもう関係ないなんて言えるの? まだ未練があるんじゃないの?」
「会うのは病院で同僚として。未練は全くない。ゼロパーセントだ」
「椿さんには何でも話せて分かり合えるんだよね? 彼女と結婚したら病院の院長になれるんだよね? 」
ーーもう嫌だ!こんな事は言いたくないのに……こんなの思いっきり嫉妬じゃん!
だけど言葉は止まらない。
「私なんかといるよりも……彼女と一緒になった方が幸せ……」
「バカヤロー!」
突然の怒鳴り声にヒッと身を竦めると、「ごめん…」と声を落として、言葉を続けた。
「楓花……俺がいつ院長になりたいだなんて言った? 水瀬とは分かり合えてお前とは分かり合えないって? 水瀬と一緒になれば幸せ?……フザけんなよ。俺の気持ちは無視かよ」
その声があまりにも低く、怒りを 孕んでいたから、言葉を返すことが出来なかった。
……ううん、違う。
言い返す言葉が見つからないのだ。
楓花が車内で語った事は全て椿が発した言葉ばかり。そこには天馬の気持ちや言葉は一切含まれていなくて……。
ーー私……椿さんの言葉を鵜呑みにして、1人で勝手に狼狽えて怒って落ち込んで……天にいにちゃんと確かめようともしなかった……。
「天にい、ごめん、私……」
「楓花……俺は水瀬とホテルに行ったことがある」
ーーえっ?!
「これを言ったら絶対に軽蔑されると思って言えなかった。でも、そうやって水瀬との関係を曖昧に誤魔化してきたせいでお前を不安にさせたんだよな」
「じゃあ、天にいはやっぱり……」
「……どう説明したらいいのか分からないんだ」
「そんなの……分からないよ!」
「……咥えられた」
「えっ……」
天馬は真っ直ぐに前を見ながら唇を噛み、喉から声を絞り出すようにして言った。
「俺はアイツに咥えられて、イく瞬間にお前の名前を叫んだんだ」
10
お気に入りに追加
1,612
あなたにおすすめの小説
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。
すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!?
「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」
(こんなの・・・初めてっ・・!)
ぐずぐずに溶かされる夜。
焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。
「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」
「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」
何度登りつめても終わらない。
終わるのは・・・私が気を失う時だった。
ーーーーーーーーーー
「・・・赤ちゃん・・?」
「堕ろすよな?」
「私は産みたい。」
「医者として許可はできない・・!」
食い違う想い。
「でも・・・」
※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。
※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
それでは、お楽しみください。
【初回完結日2020.05.25】
【修正開始2023.05.08】
【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~
イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。
幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。
六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。
※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。
好きすぎて、壊れるまで抱きたい。
すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。
「はぁ・・はぁ・・・」
「ちょっと待ってろよ?」
息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。
「どこいった?」
また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。
「幽霊だったりして・・・。」
そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。
だめだと思っていても・・・想いは加速していく。
俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。
※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。
※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。
※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。
いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜
花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか?
どこにいても誰といても冷静沈着。
二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司
そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは
十条コーポレーションのお嬢様
十条 月菜《じゅうじょう つきな》
真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。
「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」
「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」
しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――?
冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳
努力家妻 十条 月菜 150㎝ 24歳
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】
衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。
でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。
実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。
マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。
セックスシーンには※、
ハレンチなシーンには☆をつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる