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51、私が彼の初めての女だから

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「えっ……」

「あら、聞こえなかった? 彼が初めて抱いた女は私だ……って言ったんだけど」

 楓花が言葉を失い、トレイを握る手にギュッと力を入れたのを見ると、椿は目を細め、紅茶を優雅な仕草で口にした。
 カチャッとカップを置きながら、「天馬はね…… 」と、まるで彼が自分の所有物かのように親しい響きを込めて語り始める。

「彼は、レベルが高いと言われていた私たち同期の中でも断トツだったわ」

 チラッと上目遣いに楓花の様子を窺いうかがい、彼女が呆然ぼうぜんとティーカップを見ているのを確認すると、口元を緩めてフッと薄く笑う。

「本当に彼は、全てにおいて飛び抜けてた。整った容姿は勿論だけど、あの自信に溢れた豪快ごうかいな性格と行動力で、いつもみんなの中心にいたし、成績も優秀。誰も彼には構わなかった。あの頃、周りにいた女子は、誰もが一度は彼に恋をしてたと思うわ」

 楓花が何も言えずに黙り込んでいると、椿は構わず話を続けた。

「研修医時代もね…… 彼はどこの科に行ってもソツなくこなしちゃって、すぐに先輩医師に気に入られるし、ナースや患者からは迫られるしで……。研修の途中からは、『ひいらぎには男性患者しか受けもたせてはならない』って院長からのお達しが出ちゃって……フフッ、笑えるでしょ?」

「………。」

「2年目からは医局同士が彼の奪い合い。部長クラスが連日のように研修医室に顔を出して飲みに誘ってくるの。『柊もうで』なんて言葉も出来たくらいで……いくつもの伝説を残したわ」

 楽しそうに語る椿とは正反対に、楓花の表情がどんどんくもっていく。

ーーどうしてこの人は延々とこんな話をしてくるんだろう。天にいと仲が良かったって言いたいの? 昔話なら、私はこの人じゃなくて天にい本人から聞きたい……。

 目頭が熱くなって瞼が震えたけれど、唇を噛んでジッと堪えた。こんなことで動揺して泣きたくなんかない。


「……そんな天馬がいつまで経っても彼女を作らないから、ゲイ疑惑まで出てきちゃってね。だから私が聞いてやったの。『天馬って女より男の方が好きなの? 』って。そしたら彼、『まさか、女の子は大好きだよ。ただ彼女がいないだけ』って言うから…… 私が彼女になろうって思ったの」

 楓花の肩が、ビクッと動いた。
 たぶん彼女が聞かせたかったのは、ここから先の話なんだ……。

「2年間の研修後も私たちは大学病院に残って、2人とも消化器外科に所属して……他のどんな女よりも私が一番近くにいたし、彼にふさわしいのは私だと思ってた」

 椿はズイッと楓花に顔を寄せる。

「ねえ楓花さん、ちょっと遊ぶだけの相手ならまだしも、結婚相手となると、釣り合いが大事だと思わない?」

『ちょっと遊ぶだけ』に強いアクセントをつけて言われて、楓花は理解した。

ーーああ、この人は、私が天にいの『ちょっと遊ぶだけ』の相手だって、私では釣り合わないって言ってるんだ……。


「私の家って医者一族でね、祖父の病院を父が受け継いでいて、いずれ私がそれを引き継ぐの。天馬もうちと同じだけど、彼はお兄さんがいるから自由な身でしょ? だから私は、彼に婿に入って貰おうと思ったの。祖父が医師会繋がりで天馬のお祖父じい様と仲がいいものだから、そのツテを頼ることにした」

「それじゃあ、お見合いは…… 」

「ええ、私が祖父にお願いしてセッティングしてもらったの……そして私と天馬は付き合うことになった」

「でも……お試しって……」

 その言葉を聞いて、椿が首を傾げながらフフッと笑う。

「始まりはお試しでも、それが本気になったって可笑しくないでしょ? 私たちは結婚を前提に付き合うようになって……体の関係も持った。楓花さん、私たち、寝たわよ」
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