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26、浮かれる男 side天馬

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 ひいらぎ胃腸科病院は、現理事長である祖父の柊しげるの代から続く一般病院で、主に胃がん、大腸がん、胆石症や潰瘍かいよう性大腸炎などの消化器病を中心に扱っている、地域密着型の病院だ。

 現院長は父親の宗馬そうま。消化器内科部長である兄の風馬ふうまと消化器外科部長の天馬を中心に、数名の常勤、非常勤医師とで診断、治療にあたっている。

 因みに父親と息子たちの名前が『馬』繋がりなのは、茂が競馬好きで馬主でもあるから。
 余談だが、茂と楓花の祖父の新之助は競馬仲間でもある。



 土曜日の朝。
 天馬がナースステーションの電子カルテで患者のバイタルサインのチェックをしていると、後輩医師の辻吉成つじよしなりが横からカルテを覗き込んで声を掛けて来た。

「天馬先生、上機嫌っすね。何かいい事でもあったんですか? 」

 病院では冷静沈着なイケメン外科医でとおっている天馬が鼻歌交じりで顔を綻ばせているものだから、何かあったのかと興味津々だ。

「おお、辻か。……俺、顔に出てる? 」

「めちゃくちゃニヤケてます。いつもクールな天馬先生のレアな微笑みが見れるって、さっきからナースが入れ替わり立ち替わり覗きに来てるのに気付いてなかったんですか? 患者もナースも浮き足立っちゃうんで、そういうの自重して下さいよ! 」

「そうか、俺はニヤケてるのか……」
「ほらっ、言ってるそばから!」
「ハハッ」

ーー自重しようったってなぁ…… そりゃあニヤけるだろ。


 ホテルで楓花と気持ちを伝え合った翌朝、天馬は愛車の黒いメルセデスマイバッハで彼女を家に送って行った。

 信号で停まった時に隣をチラッと見たら、楓花も助手席からこちらを見ていて目が合い、お互いに照れて口許を緩ませた。
 白くて小さな手を上からそっと握ったら、彼女が顔を赤くしながらキュッと握り返してきて、思わず「く~っ!」と声に出そうになった。流石にカッコ悪いから耐えたけれど。

 楓花の家の前で車を停め、ハンドルに両腕を預けながら彼女の顔を覗き込み、運転中にずっと考えていたことを口にしてみた。

「楓花、明後日の土曜日って時間ある? 」
「まだお店はお手伝い程度しか入ってないから、 茜ちゃんに頼めば早目に上がれるとは思うけど…… 」

「そうか、それじゃあデート出来るな」
「デート?!」

「何を驚いてるんだよ。昨日言っただろ、最初からやり直すって……いいだろ? 」
「うん、楽しみ!……それじゃ、もう行くね。えっと……昨日と今朝は…その……ありがとう」

「待って! 」
「えっ?! 」

 車のドアを開けて出ようとする楓花の腕を掴んでドサリと席に引き戻すと、肩を抱いて口づけた。
 真っ赤になって俯いた顔が可愛くて、今度は額にチュッと短いキスをして、至近距離から見つめ合う。

「もっ…… もう! 」
「ごめん、俺っていきなり浮かれてるな」

「私だって…… 浮かれてるけど…… 」

 最後の方は小声でモニョモニョと呟く彼女が可愛くて愛しくて……。

「ああ、ヤバイ。帰したくないな……」

 強く抱きしめながら吐息と共に呟くと、楓花も腕の中でコクンと頷いた。

「土曜日……楽しみにしてる」
「うん、私も」



 パソコン画面を見つめながらあの時のことを思い出していると、辻が不審げな顔で追及してくる。

「ホントにどうしたんですか? まさか彼女でも出来たとか?!」
「う~ん…… そうだな…… お前は口が軽いから教えてやらない」
「え~っ、そんなぁ! 」

 パソコン画面をクリックして次のカルテを確認しつつ、目尻を下げて、天馬が口を開く。

「辻、お前、『源氏物語』って知ってるか? 」

「馬鹿にしないで下さい、それくらい知ってますよ! 光源氏が数々の女性と浮名を流す…… 要は平安時代のラノベですよね? 」

「ハハッ、ラノベか。……俺は光源氏が『紫の上』を選んだ気持ちが良く分かるんだよな……」
「まさかのロリコンっすか?! 」

「俺は理数系だから古典は苦手だけどさ、光源氏の気持ちで作文を書けって言われたら、今なら100枚くらいスラスラと書き上げる自信がある」

「えっ? どういう事ですか?! 」

 それには天馬は答えず、パソコン画面を閉じて立ち上がると、意味深な笑顔だけを残してナースステーションを後にした。
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