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16、お前のことが好きだったんだ

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「それで……そんなの大人げないとは分かっていたけれど、結婚した天にいを見たくなくて、『おめでとう』って言うのが辛くて……だからそのまま向こうで就職して……」

 思いの丈を全部打ち明け終わると、楓花は「ふぅ…」と一つ溜息をついて、白いシーツの上で視線を泳がせた。

ーーとうとう全部言ってしまった……。

 絶対に言うことがないと思っていた気持ちを、こんな所でこんな形で告げてしまった。
 天馬の反応が気になるけれど、それを見るのが怖い気がして目を見ることが出来ない。


「なんだそれ……マジか」
「えっ?」

 視線をシーツから上げて天馬へと移すと、右手で口を押さえて顔を赤らめている。

「天にい?」
「お前……俺のことを好きだったの?」

「……うん…ごめん……」
「ごめんじゃなくて……それじゃあ、さっきのアイツは本当に元カレじゃないんだな? 付き合ってなかったんだな?」

「違うよ! 本当に……」
「よしっ!」
「きゃっ!」

 フルフルと首を振って否定している途中でガバッと飛び掛かられて、勢いよく後ろに倒れ込んだ。

「ちょっと、天にい!」
「よっしゃー! よしっ、よしっ!」

 上から楓花をギュッと抱きしめたまま歓喜の声をあげる天馬が少年みたいで、何が何だか良く分からないけど笑みが浮かんでしまう。
 そっと背中に手を回したら、抱き締める天馬の腕に、ますます力が加わった。
 チュッとこめかみに唇を当てられる。


「俺さ……実はあの日、お前を追い掛けてったんだよ」
「えっ、あの日?」

「ああ……あの日、お前がキスしてやり逃げした日」
「嘘っ!」

 楓花の肩に顔を埋めたまま、天馬がくぐもった声でボソボソと経緯を語り始めた。

 楓花がタクシーに乗り込んだ後で、実は天馬もすぐに追い掛けようとしたのだという。

「だけど俺は寝起きのままの格好で、財布も持っていなかっただろ? それで一瞬躊躇した隙に、颯太の乗ったタクシーは走り出してしまった」

「……ああ」

 あの日の天馬の格好を思い浮かべてみる。確かにスウェットの上下にサンダル履きでは大通りに出るのも憚られるだろう。

 それでも天馬はあのキスに期待を抱いて、楓花の真意を知りたくて……結局そのままタクシーを捕まえて楓花を追い掛けたのだ。だけど……。

「漸く駅に着いたと思ったら、お前はアイツと抱き合っていた」

--えっ?

「ああっ!あれを見てたの?!」

 なんてタイミングが悪かったんだろう。いくら失恋のショックで動揺してたとはいえ、公衆の面前で涼太と抱擁して、しかもそれを天馬に見られていたとは……。
 
「涼太の彼女は駅の中にいたの。どうせ追い掛けるなら中まで来てくれたら良かったのに!」

「いや、そうしたくてもあの格好だし、財布が無いからタクシーから降りたくても降りられなかったんだよ」

 2人で顔を見合わせて、それからプッと吹き出した。

「だから病室で再会した時もあんなに怖い顔をしてたんだ」

「まあ……完全に弄ばれたと思ってたからな。キスしてその気にさせといて、その直後に彼氏と堂々とハグして一緒に上京って、どんだけ悪女だよって」
「やだっ、悪女って!」

「悪女だよ。あの流れからすると、東京じゃ彼氏と半同棲で酒池肉林の日々だって思うだろ? 駅前の抱擁を見せつけられて家にUターンした時の俺の絶望ったらさぁ……」

「……ごめんなさい」

 ーーだけどこれで私の不倫疑惑は晴れたんだ……。

「天にい……それじゃ逆に聞くけど、天にいも本当に結婚してないんだよね?」
「してない! 本当に! 命を賭けてもいい!」

 バッと顔を上げて弁明するその瞳は真剣で必死だ。

「それじゃ、お見合いしたって言うのは……」
「悪い、それは……本当」

 そうなのか……と複雑な気持ちになる。それも嘘だと言って欲しかっただなんて……流石に贅沢だよね。

 知らずに表情を曇らせていたようで、天馬が慌てて説明を付け加えて来た。

「確かに見合いさせられたけど……結婚に関してはお前の勘違いだ。お前、東京に行ってから殆ど帰ってこなかっただろう? だからこっちの情報に疎いんだよ」

「それは…… 」

ーーあんな事をしておいて、天にいに合わせる顔が無かったから……。

 だからお正月に帰省しても1泊しかしなかったし、天馬の話題はことごとく避けていた。

「……俺がお見合いしたのは本当だ。 相手は医学部の同期で研修医仲間の女性だった 」

水瀬椿みなせつばきさん…… 」

 今でもハッキリ思い出せる。背の高いモデルみたいな美人。

「大河の野郎、そんなことまで言ったのか」

 天馬がチッと舌打ちした。

「そう、相手は水瀬椿。親に呼ばれてホテルのレストランに行ったら、そこに彼女が待っていた。親に仕組まれたんだ」

 天馬はその時の情景を思い浮かべたのか、 苦々しい顔をした。

「椿はお見合いだって承知で来ていた。俺はそんな気は無かったから、その場で彼女にそう伝えた。だけど椿に、『お試しでいいからしばらく恋人ごっこをしよう。それで心が動かなかったら諦める』って言われて、迷いが出た」

「迷い?」

 軽く首を傾げた楓花を見て、天馬が「ふっ…」と口許を緩めた。照れたような情けないような顔で俯きながら、チラッと上目遣いで見上げてくる。そんな表情も 蠱惑的こわくてきだ。

「ああ……自分の気持ちを押し殺すのが辛くて……椿と付き合えば、 お前を諦められるかも知れないって思ったんだ」

「……えっ?」

「驚いたか? 俺はな…… ずっと前からお前のことが好きだったんだ」
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