16 / 169
16、お前のことが好きだったんだ
しおりを挟む「それで……そんなの大人げないとは分かっていたけれど、結婚した天にいを見たくなくて、『おめでとう』って言うのが辛くて……だからそのまま向こうで就職して……」
思いの丈を全部打ち明け終わると、楓花は「ふぅ…」と一つ溜息をついて、白いシーツの上で視線を泳がせた。
ーーとうとう全部言ってしまった……。
絶対に言うことがないと思っていた気持ちを、こんな所でこんな形で告げてしまった。
天馬の反応が気になるけれど、それを見るのが怖い気がして目を見ることが出来ない。
「なんだそれ……マジか」
「えっ?」
視線をシーツから上げて天馬へと移すと、右手で口を押さえて顔を赤らめている。
「天にい?」
「お前……俺のことを好きだったの?」
「……うん…ごめん……」
「ごめんじゃなくて……それじゃあ、さっきのアイツは本当に元カレじゃないんだな? 付き合ってなかったんだな?」
「違うよ! 本当に……」
「よしっ!」
「きゃっ!」
フルフルと首を振って否定している途中でガバッと飛び掛かられて、勢いよく後ろに倒れ込んだ。
「ちょっと、天にい!」
「よっしゃー! よしっ、よしっ!」
上から楓花をギュッと抱きしめたまま歓喜の声をあげる天馬が少年みたいで、何が何だか良く分からないけど笑みが浮かんでしまう。
そっと背中に手を回したら、抱き締める天馬の腕に、ますます力が加わった。
チュッとこめかみに唇を当てられる。
「俺さ……実はあの日、お前を追い掛けてったんだよ」
「えっ、あの日?」
「ああ……あの日、お前がキスしてやり逃げした日」
「嘘っ!」
楓花の肩に顔を埋めたまま、天馬がくぐもった声でボソボソと経緯を語り始めた。
楓花がタクシーに乗り込んだ後で、実は天馬もすぐに追い掛けようとしたのだという。
「だけど俺は寝起きのままの格好で、財布も持っていなかっただろ? それで一瞬躊躇した隙に、颯太の乗ったタクシーは走り出してしまった」
「……ああ」
あの日の天馬の格好を思い浮かべてみる。確かにスウェットの上下にサンダル履きでは大通りに出るのも憚られるだろう。
それでも天馬はあのキスに期待を抱いて、楓花の真意を知りたくて……結局そのままタクシーを捕まえて楓花を追い掛けたのだ。だけど……。
「漸く駅に着いたと思ったら、お前はアイツと抱き合っていた」
--えっ?
「ああっ!あれを見てたの?!」
なんてタイミングが悪かったんだろう。いくら失恋のショックで動揺してたとはいえ、公衆の面前で涼太と抱擁して、しかもそれを天馬に見られていたとは……。
「涼太の彼女は駅の中にいたの。どうせ追い掛けるなら中まで来てくれたら良かったのに!」
「いや、そうしたくてもあの格好だし、財布が無いからタクシーから降りたくても降りられなかったんだよ」
2人で顔を見合わせて、それからプッと吹き出した。
「だから病室で再会した時もあんなに怖い顔をしてたんだ」
「まあ……完全に弄ばれたと思ってたからな。キスしてその気にさせといて、その直後に彼氏と堂々とハグして一緒に上京って、どんだけ悪女だよって」
「やだっ、悪女って!」
「悪女だよ。あの流れからすると、東京じゃ彼氏と半同棲で酒池肉林の日々だって思うだろ? 駅前の抱擁を見せつけられて家にUターンした時の俺の絶望ったらさぁ……」
「……ごめんなさい」
ーーだけどこれで私の不倫疑惑は晴れたんだ……。
「天にい……それじゃ逆に聞くけど、天にいも本当に結婚してないんだよね?」
「してない! 本当に! 命を賭けてもいい!」
バッと顔を上げて弁明するその瞳は真剣で必死だ。
「それじゃ、お見合いしたって言うのは……」
「悪い、それは……本当」
そうなのか……と複雑な気持ちになる。それも嘘だと言って欲しかっただなんて……流石に贅沢だよね。
知らずに表情を曇らせていたようで、天馬が慌てて説明を付け加えて来た。
「確かに見合いさせられたけど……結婚に関してはお前の勘違いだ。お前、東京に行ってから殆ど帰ってこなかっただろう? だからこっちの情報に疎いんだよ」
「それは…… 」
ーーあんな事をしておいて、天にいに合わせる顔が無かったから……。
だからお正月に帰省しても1泊しかしなかったし、天馬の話題はことごとく避けていた。
「……俺がお見合いしたのは本当だ。 相手は医学部の同期で研修医仲間の女性だった 」
「水瀬椿さん…… 」
今でもハッキリ思い出せる。背の高いモデルみたいな美人。
「大河の野郎、そんなことまで言ったのか」
天馬がチッと舌打ちした。
「そう、相手は水瀬椿。親に呼ばれてホテルのレストランに行ったら、そこに彼女が待っていた。親に仕組まれたんだ」
天馬はその時の情景を思い浮かべたのか、 苦々しい顔をした。
「椿はお見合いだって承知で来ていた。俺はそんな気は無かったから、その場で彼女にそう伝えた。だけど椿に、『お試しでいいからしばらく恋人ごっこをしよう。それで心が動かなかったら諦める』って言われて、迷いが出た」
「迷い?」
軽く首を傾げた楓花を見て、天馬が「ふっ…」と口許を緩めた。照れたような情けないような顔で俯きながら、チラッと上目遣いで見上げてくる。そんな表情も 蠱惑的だ。
「ああ……自分の気持ちを押し殺すのが辛くて……椿と付き合えば、 お前を諦められるかも知れないって思ったんだ」
「……えっ?」
「驚いたか? 俺はな…… ずっと前からお前のことが好きだったんだ」
10
お気に入りに追加
1,612
あなたにおすすめの小説
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。
すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!?
「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」
(こんなの・・・初めてっ・・!)
ぐずぐずに溶かされる夜。
焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。
「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」
「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」
何度登りつめても終わらない。
終わるのは・・・私が気を失う時だった。
ーーーーーーーーーー
「・・・赤ちゃん・・?」
「堕ろすよな?」
「私は産みたい。」
「医者として許可はできない・・!」
食い違う想い。
「でも・・・」
※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。
※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
それでは、お楽しみください。
【初回完結日2020.05.25】
【修正開始2023.05.08】
【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~
イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。
幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。
六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。
※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
好きすぎて、壊れるまで抱きたい。
すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。
「はぁ・・はぁ・・・」
「ちょっと待ってろよ?」
息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。
「どこいった?」
また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。
「幽霊だったりして・・・。」
そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。
だめだと思っていても・・・想いは加速していく。
俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。
※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。
※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。
※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。
いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。
【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜
花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか?
どこにいても誰といても冷静沈着。
二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司
そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは
十条コーポレーションのお嬢様
十条 月菜《じゅうじょう つきな》
真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。
「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」
「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」
しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――?
冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳
努力家妻 十条 月菜 150㎝ 24歳
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】
衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。
でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。
実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。
マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。
セックスシーンには※、
ハレンチなシーンには☆をつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる