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15、彼のお見合いと別れのキス (2)

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 翌朝は緊張のあまり異様に早く起きた。
 と言うか、いろいろ考えていたら殆ど眠れなくてうつらうつらしただけだったから、正確には早い時間にベッドから出た……の方が正しい。

 朝食も殆ど喉を通らなかったから家族に心配されたけれど、『家を離れる寂しさから』だと思ってくれたらしく、誰1人としてこれから楓花が玉砕覚悟で愛の告白に行くだなんて気付いていなかった。当たり前か。

 楓花は家族に見送られながらボストンバッグ片手にタクシーに乗り込み、新幹線の駅に向かう……と見せかけて、家に反対側の道路に着いたところで車を降りた。
 タクシーをそのまま待たせているのは、告白したら言い逃げするつもりだから。


 今は朝の9時過ぎ。昨夜天馬は遅くまで飲んでいたはずだから、きっと二日酔いに違いない。なのにこんな時間に起こしちゃって申し訳ないな……と思いながら、スマホのアドレス帳にある名前をタップする。

 楓花が天馬に電話するなんていつ振りだろう。中学生くらいまでは大した用事が無くてもLINEを送ったりしていたものだけど、高校生と社会人の差が、いつの間にかそう言うことを気軽に出来なくさせていた。

ーーだけど、今日だけは……。

 1回目の電話には応答が無く、もう一度掛け直したら4コール目で返事があった。かすれた眠そうな声が『颯太?』と名前を呼ぶ。ああ、この声をずっと忘れないでいよう……と思った。

 急に起こされて不機嫌になるのを覚悟していたけれど、どちらかと言えば驚いている風で、家の前にいると告げただけで、向こうから『すぐに行く』と電話を切られた。
 
 楓花が緊張した面持ちで立っていると、グレーのスウェットの上下にサンダル履きの天馬がガチャンと門扉を開けて出て来た。目の前でふわ~っと欠伸をして、「ごめん、昨日は大河の3次会まで付き合ってさ…… 」とニコッと笑ってみせる。

ーー3次会までって……ずっと椿さんって人と一緒だったのかな……。

「んっ? 颯太、どうした?」
「えっ? あっ、ごめん」

 あんなに夜通し考えたのに、本人を目の前にしたら全部吹っ飛んだ。目を合わせられずに俯いたら、頭の上にクシャッと手のひらが降りて来る。

「そうか……今日出発だったな」
「……知ってたの?」

「ん……親が話してたし、大河からも聞いてたからな。それでわざわざ会いに来てくれたのか?」
 
 楓花の頭をわしゃわしゃ撫でながら顔を覗き込んでくる。
 三日月のように細めた目が優しくて、『ああ、好きだなぁ……』と思ったら胸が詰まって泣きそうになった。

ーー天にい、最後まで優し過ぎるよ……そして、 スウェット姿でもカッコいいって、反則だよ……。

うん、言おう……と決めた。


「天にい、 私…… 」

 その時、天馬のポケットから呼び出し音が鳴り、スマホを取り出して画面を見るなり「ちょっとごめん」と言って背中を向けられる。

「椿、どうした?」

ーー椿さん?!

「……えっ、忘れ物? ネクタイ? 今はちょっと……ああ、それじゃ今度会った時に……うん、じゃあ」

 スマホをポケットに突っ込んで楓花に向き直った天馬がギョッとした顔をして、肩を掴んできた。

「おい楓太、お前泣いてるのか? どうした、大丈夫か?!」

 楓花が何も言えず黙って首を振ると、
「くっそ~、ハンカチを持ってないんだよなぁ」

ポケットに手を突っ込んでキョロキョロしたあと、「これで我慢しろよ」と人差し指でスッと目尻の涙を掬い、それから濡れた頬を手の平で拭ってくれた。

ーーああ、もうこれでいいや。これで充分……。


「天にい」
「ん?」

 グイッと背伸びをして天にいの首に手を回すと、チュッと唇が触れるだけのキス。そして「お幸せに!」の一言だけを残し、タクシーに向かって駆け出した。

「おっ、 おい、 颯太! 」

 後ろで天にいが呼ぶ声がしたけれど、振り返るなと自分に言い聞かせてタクシーに飛び乗り、そっと目を閉じた。

ーー結局、 気持ちを口にすることは出来なかったけれど……たった1度のキスの思い出だけで、もう充分。さようなら、天にい。



「楓花、こっち!」

 楓花がタクシーを降りると、駅前で待っていた涼太が頭の上で両手をブンブン振っているのが見えた。

「どうだった? ちゃんと気持ちを伝えられたか? 」

 首を横に振り、唇を噛む。

「涼太…… 私…… 」

 それだけでいろいろ察してくれたのだろう。

「そっか……今だけ特別に俺の胸を貸してやる」

 そう言って後頭部に手を添え抱き寄せて、頭をポンポンと撫でてくれた。

「東京に行ったら、そんなオジサンよりもいい男が一杯いるよ。めちゃくちゃいい女になって、天にいを見返してやれ! 」

「うん…… うん…… 」

ーーいつかは忘れられるのかな。新しい恋が出来るのかな。

 それでもやっぱり、天にいのことは忘れたくないな……天にいを想ってときめいたり苦しくなる気持ちを失いたくないな……って正直に言ったら、涼太も結子も馬鹿だって怒るんだろうな……。

 なんて考えながら、みどりの窓口に並んでいた結子と合流し、9時32分発ののぞみで名古屋を後にしたのだった。
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