上 下
175 / 177
<<デビュー3周年&文庫化記念番外編>>

聖なる夜のプレゼント

しおりを挟む
「やっぱり色違いで両方買っておこう」
 と彼が言った。

 週末の百貨店。二人揃って訪れたベビー服コーナーで、両手に小さな服を持った冬馬さんが私のほうを振り返る。

 妊娠10カ月に入り出産を目前に控えた私たちは、育児グッズの買い忘れは無かったかと最終チェックも兼ねて買い物に来ている。
 12月のお店はクリスマスプレゼントやお歳暮の品を物色する人々で賑わしい。

「ベビー服はすでに何枚か用意してあるし、すぐに成長して着れなくなるから買いすぎないほうがいいって水口さんが言ってたよ」
「しかし洗い替えが必要だし、天気やその日の気分で着たいものも変わるじゃないか」

 彼の真剣な表情から察するに冗談で言っているのでは無さそうだ。しかし考えてほしい。産まれたばかりの0歳児が「今日は気分がいいから花柄で」なんて希望を言うわけがないことを。

 妊婦健診でお腹の赤ちゃんが二卵性の双子だと判明したとき、一緒にいた彼は目に涙を浮かべて喜んでくれた。エコー検査で画面に映った2つの胎嚢を見つめながら、感動のあまり2人でぎゅっと手を握り合ったのを覚えている。

 冬馬さんの買い物熱が過熱したのは妊娠中期に入ってからだ。双子の性別が男女だとわかり、張り切った彼が2人分の育児グッズをせっせと買い求めるようになった。
 すでにマンションにはベビーベッドにチャイルドシート、その他のグッズがすべて2つずつ揃っている。

 授乳時に私が楽なようにと、知らないうちにロッキングチェアとカシミヤ製の膝掛けまでオーダーしていたのには驚いたけど、すべては生まれてくる子供たちと私のためにしてくれているのだと思うと怒れない。
 しかしこれ以上物であふれかえると床に掃除機をかけることもできなくなりそうなので、目の前の暴走だけは止めることにした。

「ほら、もうそろそろレストランに行く時間じゃないの? せっかく予約したのに遅れちゃったら冬馬さんの誕生祝いが台無しだよ」

 12月1日の今日は冬馬さんの33歳のバースデイだ。私たちが泊まったことのある思い出のホテルのレストランでランチをすることになっている。
 誕生日プレゼントは彼が今着ているミッドナイトブルーのセーター。もちろん冬馬さんリクエストによる私の手編みだ。
 
 私の説得が功を奏し、冬馬さんが手にしていたベビー服を棚に戻す。満員のエレベーターに乗り込むと、彼が私を囲うようにして庇ってくれた。
「大丈夫か? 苦しくない?」

 12月25日の出産予定日を前に、私のお腹は今にもはち切れそうなほど大きくなっている。双子だからなおさらだ。
 料理をするにも出っ張ったお腹が邪魔をするし、夜は寝返りするのも一苦労。冬馬さんはそんな私を気遣って、今ではなるべく定時に帰ってくるようにしてくれるし料理も手伝ってくれる。寝る前には背中や腰をさすって気遣ってくれるので、彼に対しては何の不満も心配もない。

「ありがとう、冬馬さんが守ってくれてるから大丈夫」
 彼を見上げて微笑むと、彼も瞳を細めて微笑みかけてくれる。うん、いいパパさんになること確実だ。

 百貨店を出て、すぐ近くにあるホテルのレストランへと向かう。
 結婚以来、クリスマスには毎年このホテルに泊まるのが私たちの恒例行事だった。
 けれど今年からしばらくは封印だ。今年のその日はもしかしたらマタニティクリニックに入院中か、もしかしたらもうパパとママになっているかもしれないのだから。

 手を繋いでホテルへとゆっくり歩いていたら、空からヒラヒラと白い小さな粒が降ってきた。
「おっ、初雪か。この量なら本格的に降ることはないだろうけど、風邪をひいたら大変だ」

 彼が首に巻いていたマフラーをはずして私の頭から頭巾みたいにかぶせてくる。
「ふふっ、すごく過保護だ。冬馬さんがお母さんみたい」
「愛情表現だ。せめて父親か兄貴だと言ってくれ」

 そこまで言ってから、彼が「いや、それは無いな」と首を横に振る。
「桜子の兄貴は世界で唯一アイツだけだからな。俺が兄貴代わりだなんて言ったら、天国の大志が怒ってカミナリを落としてきそうだ」
「ふふっ、それじゃあこの雪は、お兄ちゃんが、早く行かなきゃランチの予約に遅れるぞ! って言ってるんじゃないの?」
「いや、これは……」

 冬馬さんが曇り空を仰ぎ見る。
「きっとこれは大志からの誕生日プレゼントだ。俺はいつだってお前たちを見守ってるぞ。冬馬、これからも桜子を頼む。生まれてくる子供たちも一緒にお前が守るんだ……って、そう言ってくれているような気がするんだ」

 私も彼にならって空を見た。
 グレーの雲の切れ間から、ほんの少しだけ太陽が覗いている。それがなんだか兄が微笑みかけてくれているように見えた。

「うん、本当だ。お兄ちゃんからのプレゼントだね」
「桜子に風邪をひかせたら本当に雷が落ちてきそうだな。さぁ、行こう」

 ご丁寧にも私が羽織っていたマタニティコートのファスナーを一番上まできっちりと閉めてから、私の肩を抱いて歩きだす。
 雪が止み、動いた雲の向こうから眩しい太陽が顔を出す。
 地上を照らすその光が、兄のぬくもりみたいに感じた。

「私、この子たちがクリスマスに会いに来てくれるような気がするの」
 お腹をさすりながら呟くと、横から冬馬さんも私のお腹を覗き込む。
「そうかもな。なんだか俺もそんな気がする」

 ――聖なる夜に、天から最高のプレゼントが贈られるかもしれない。

 そのときを心待ちにしながら、私たちはぴったりと寄り添って先を急ぐのだった。

 12月25日の夜に双子の天使が訪れるお話は、また今度。

 Fin






 

 

 



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

虎の帝は華の妃を希う

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:8

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:40,075pt お気に入り:13,423

幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:221

【本編完結】暁の騎士と宵闇の賢者

BL / 連載中 24h.ポイント:6,961pt お気に入り:878

ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:16,544pt お気に入り:502

「声劇台本置き場」

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:1,136pt お気に入り:35

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:378pt お気に入り:3,160

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。