上 下
157 / 177
<< 特別番外編 >>

プレゼントを買いに (3) side冬馬

しおりを挟む

ーー桜子ちゃんが1人で来ようとしてるって !?

 実をいうと、彼女は今年の夏休みに電車で痴漢に遭っている。
 ただでさえDVのトラウマがあるうえにそんな怖い目に遭って、彼女のショックは相当なものだったに違いない。
 それ以来、通学は友人に両側から挟まれて、または時間があえば大志が車で送って行っている。
 なのに混雑する週末に1人で電車だなんて、大志が心配するのも当然だ。

ーー俺だって!

 彼女に何かあったら……俺だって平気じゃいられない !

 心臓がドクンと跳ねた。
 考えるよりも先に足が前に出る。
 大志のあとを追うようにエレベーターホールに体を向けると、後ろからガシッと腕を掴まれた。

「ねえ日野くん、だったらこれから私と2人で……」
「ごめん、俺も大志と一緒に行く。山崎さんは、ごゆっくり。それじゃ!」

 バッと腕を振りほどくと、彼女の顔も見ずに駆けだした。


 全力疾走すると、ちょうど到着したエレベーターに大志が乗り込むのが見えた。
 閉じかけのドアに勢いよく身体を突っ込むと、大志が目を見開く。

「おいっ、冬馬 !  お前何してるんだよ ! 」
「……買い物に行くんだろ ?  俺も一緒に行く」

 構わず目の前の『閉』ボタンを押した。

「馬鹿野郎! 山崎さんを置き去りにしてんじゃねえよ! 戻れ!」
「彼女には大志と一緒に行くって言ってきた。べつに買い物くらい彼女1人で出来るだろ。桜子ちゃんが1人で来るって言ってたほうが大問題だ」

「だから俺が行くから……」
「いや、俺も行く」

 そのまま点灯する階数表示をジッと見上げる。
大志は大きな溜息を一つ吐くと、強張った顔で黙って一緒に階数ボタンを見つめた。



 桜子ちゃんは駅の改札口で待っていた。
 俺たちを見付けると胸の前で小さく手を振ってくる。
 控え目で可愛らしい仕草。俺は無事に合流出来たことにホッとする。

 大志が小走りで桜子ちゃんに近づいたと思うと、彼女の両肩をガッと掴んで軽く揺すった。

「桜子、何やってんだ !  家で大人しく待ってろって言っただろ ?!  どうして言うことを聞かないんだよ、危ないだろ ! 」

 大志はさっきからずっと不機嫌だ。そのせいか、桜子ちゃんに対しても珍しく声を荒げ、強い口調になっている。

ーー大志、何やってんだよ!

 大志らしくもない。彼女にはDVのトラウマがあるから大声を出さないようにと言っていたのはアイツ自身じゃなかったのか。

「おいっ、大志!」

 2人の間に割って入ろうとしたその時、桜子ちゃんの消え入りそうな震え声が聞こえた。

「……ごめんなさい。いつまでもお兄ちゃんに頼ってばかりじゃいけないと思って……」

 瞳を潤ませて俯いた妹に、大志はハッとしてその顔を覗きこむ。

「ごめん、怒ってるわけじゃないんだ。俺はただ桜子が心配なだけで……」

 大志は「ああ、くそっ!」と短く言い捨てるとそのまま桜子ちゃんを抱き締める。
 自分の胸に彼女の顔を押しつけて、今度は泣きそうなくらい優しい声音でゆっくりと告げた。

「桜子……お前は俺の宝物なんだ。お前を絶対に傷つけたくないし、怖いものすべてから守りたいんだ。 俺がそうしたいんだよ……わかる ? 」

 大志の腕の中で、桜子ちゃんがコクンと頷く。

「大きな声を出してゴメンな。だけどさ、俺は桜子に頼ってほしいんだよ。俺がお前に構いたいんだ。迷惑だとか絶対に思うなよ。もっともっと甘えていいんだ……なっ ?  わかった ? 」

 恋人に囁くかのような甘い甘い台詞。
 彼女が再びコクリと頷くのを見届けて、大志はようやくホッと息をく。

「ゴメンな、兄ちゃんの八つ当たりだ」
「八つ当たり ? 」
「……ん……何でもない」

 コツンとオデコを合わせて見つめあい、同時にクスッと笑って……

ーーまるで本物の恋人同士みたいだな。

 大勢の人が行き交う雑踏のなか、美男美女の2人の抱擁は目立ちに目立ちまくっていた。
 だけどその姿はまるで映画のワンシーンみたいで、すれ違う人々が「ほおっ」と溜息をつき見惚れている。

 俺も……俺は、そんな2人を微笑ましいと思いながら、同時に胸の奥でジリッと何かが焼ける音を聞いていた。

「ハハッ、大志、兄バカ極まれり……だな」

 そう呟いたのは、大志が彼女の『兄』なのだと再確認したかったからなのかもしれない。



 3人で電車に乗って出掛けたのは1駅先にある百貨店で、そこには八神の御両親お気に入りの店がいくつか入っているのだという。

「パジャマなんてどうかな……って思ってるんだけど」

 大志と桜子ちゃんの連名で2年前に夫婦お揃いのパジャマを贈ったから、そろそろ買い替え時なのだそうだ。

「母さん達は俺達に気兼ねして、ボロボロになってもきっと新しいのを買わないだろ ? 」
「さすがお兄ちゃん、それでいいよ ! 」
「なるほど。大志、お前、よく気がつくな」

 大志の頭の回転の速さと気配りは本当に凄いと思う。
 そしてお店に着くなり、「桜子、俺よりお前のほうがセンスがいいから、良いのを選んでくれ」と、さりげなく桜子ちゃんを褒めて引き立てるのも、彼女に自信を持たせようとするアイツの配慮なのだろう。
 実際、桜子ちゃんが選んだシンプルなシルクのパジャマを見て、大志は大袈裟なくらい褒めちぎり、ニコニコしながら一緒にレジに並んでいた。

 そうなると俺はいてもいなくても関係ない存在で、2人の後ろ姿を眺めながら、無性に羨ましいような寂しいような気持ちになったのを覚えている。

ーー必死になってこんなところまで追い掛けてきて、俺は一体何やってんだ……

 2人に近付くことも、そこから離れることも出来ないまま。俺はただ黙って、仲良く見つめあっている兄妹の姿を眺めていた。
しおりを挟む
感想 399

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした

瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。 家も取り押さえられ、帰る場所もない。 まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。 …そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。 ヤクザの若頭でした。 *この話はフィクションです 現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます ツッコミたくてイラつく人はお帰りください またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。