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<< ボストン旅行記 >>
7、ジョン
しおりを挟む美しい涙だ……と思った。
自分のためではなく、若くして亡くなった親友の無念を思って流す友情の涙。
表情を歪ませ頬を激しく震わせているにも関わらず、煌めく滴で顔を濡らしている男はそれでも美しい。
ーータイシと2人並んだ姿を見てみたかったものだ。
かなり見応えがあっただろうに……と心から残念に思いながら、トウマの感情の放出を邪魔しないよう、黙って濃いアルコールを喉に流し込んだ。
『ゆっくり話を聞いてやって欲しい』それがタイシの願いだった。
タイシの名を呼びながら声を上げて泣いている姿を目の前にして、どうやらそれは果たせたようだとホッとする。
ーーだが、まだこれで全部じゃない。
タイシが言っていた『重たい荷物』は、今もまだトウマが抱え込んだままだ。
さて、どうやって切り出そうかと考えながら、グラスの中で揺れる琥珀色の液体を見つめていた。
しばらくすると嗚咽と肩の震えが収まって、トウマがゆっくりと顔を上げる。
「……失礼しました。みっともなく泣いたりして……」
「いや、君を心ゆくまで泣かせることがタイシの願いだったからね」
「くそっ、アイツ、俺の知らないところで勝手なことを……」
困ったように言いながらも、はにかむ笑顔は嬉しげで、彼らの関係性が見て取れる。
ボックスからティッシュを取り出して手渡しながら、先ほど考えた言葉を口にした。
「タイシとサクラは……本当の兄妹では無かったんだね」
途端に肩がビクッと跳ねて、トウマの猫のような瞳が見開かれる。
「それを……どうして……」
「『俺と桜子は血が繋がっていない』……タイシが帰国する日の朝、ここを出て行く最後の最後に彼が残していった言葉だ」
「……他には何か?」
探るような瞳を真っ直ぐ見返して、私は探偵の謎解きの如く、自分の推理を彼にぶつけていった。
「ジョセフの話をした時の反応がね……君と同じだったんだよ」
「えっ?」
『No way! (とんでもない!)』そう言って点滴も抜けんばかりの勢いで飛び起きた時の焦った表情。
『桜子は誰にもやらない』地を這うような低い呟き。
『アイツにそんな醜態を晒すくらいなら、舌を噛み切って死ぬ方を選びますよ』
『俺は桜子と日本で再会することだけを楽しみに命を繋いでるんだ』
『何よりも、誰よりも……一番大切な俺の宝物です』
ハッキリと明言はしなかった。最後まで教えてくれることは無かった。
だけどそれ以上に、サクラを語る時の表情や言葉が明らかにそれを物語っていた。
「……恋人はいないのか…と聞いたんだ」
「大志は……何て?」
「そんなものはいらないと……自分に残された時間は全部サクラのものだと、ハッキリ言い切った」
「……そうですか」
そんなの分かりきった事だという表情で、トウマは頷いた。
「アイツは……大志は、素晴らしい兄でした。桜子を心から愛し慈しみ、全力で守っていました。桜子のために生きていたんです」
「それは兄というだけではなく、1人の男としても……だろ?」
「それは……」
フイッと目を逸らし、ウイスキーをゴクリと流し込む喉を見つめながら、核心に触れる。
「私はハッキリ問いただすことが出来なかった。だけど聡いタイシはそれに気付いていた。だから最後にヒントだけを残していったんだ。『自分たちに血の繋がりはないのだ』……と」
最後の手紙で私の推理は当たっているだろうと述べながら、それでも答えをくれようとはしなかったのだ。
「手紙にはこう書いてあったよ。自分の本当の気持ちは既に親友に託してあると。彼は同級生で仕事のパートナーで心の友で……一生のライバルなのだと」
落ち着いたばかりの冬馬の気持ちが再び波立つのが分かった。瞳が揺れている。
「クソ真面目で堅物で口数が少なくて、憎らしいほど優秀でカッコ良くて優しい奴なんだそうだよ」
「大志が……そんな事を……」
「ああ。彼はタイシが認めた最高の男で……彼に自分の想いと桜子の未来を全部預けたんだそうだ」
それは君のことなんだろう?トウマ……そう言って真っ直ぐ瞳を覗き込むと、
「俺はそんな風に言ってもらえるほど立派な人間ではありません。だけど、アイツの親友で心の友だと言うのなら、それは俺のことだと思います。その座は他の誰にも譲りたくありませんから」
唇を震わせ泣きそうになりながらも、キッパリと俺を見つめ返した。
「タイシは君に多くの荷物を抱えさせてしまった事を悔やんでいたよ。誰かに打ち明けて楽になって欲しいと、その役目を俺に託したんだ。どうだい、君が抱えている一番重い荷物を私にも預けてみないか?」
「タイシはサクラのことを……」そこまで言いかけたところで、「嫌です」と遮られ、私は「えっ?」と間抜けな声を出した。
「嫌って……トウマ……?」
「確かに俺は大志から大事な荷物を預けられました。だけどそれは負担でも重荷でもなくて、俺の生きる糧となっているんです」
大志の遺志は今もズッシリと肩に乗っているけれど、それは自分の進むべき道を示す道標であり、背中を押してくれるタイシの声なのだ……。
そうトウマは語った。
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