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<< ボストン旅行記 >>
1、冬馬
しおりを挟む「ボストン……ですか?」
「そう、ボストンだ」
新婚旅行でボストンに行かないか……と言い出したのは俺だった。
大志の四十九日法要の後で入籍し、正式な夫婦になった俺たちは、新婚旅行はおろか結婚式さえ挙げていない。
こういうのは女性の憧れだと思うから、桜子が望むなら可能な限り叶えてあげたいと思うのに、当の桜子に欲がないのだ。
『本当の夫婦になれただけで満足です』
『兄が亡くなったばかりで派手なことは控えた方が……』
『兄の看病で仕事をセーブしていたぶん、事務所に注力して下さい。私にお構いなく』
そうは言うけれど、桜子のウエディングドレス姿を見てみたいし、天国の御両親や大志だってそう思っているに違いない。
それに、『お構いなく』じゃなくて、俺が彼女に構いたくて仕方ないんだけど……。
だから俺のたっての願いでウエディングドレスと白無垢の2パターンの写真撮影だけはさせてもらった。もちろん俺はタキシードと紋付き袴姿で。
だけどこれだけではまだ何か物足りない……そう思っていた時に、海の向こうからきっかけが降って来た。
Mr.ジョン・ウインストン。桜子の恩師であるメアリーの夫であり呼吸器科医師。
そして多分……大志と深い関わりのあった人物……だ。
大志は生前、ほんの親しい数名だけに手紙をしたためていた。
俺が預かったのは、桜子、俺、水口さん、そしてジョンへの4通。
思うように動かなくなった身体で書けたのはそれが精一杯だったんだろう。
だけど、アイツが遺したたった4通に見慣れぬ名前、Mr.John Winstonがあったことに、俺は強い違和感を覚えた。
ホスピス病棟のベッドで大志に手紙を手渡された時、訝しげな表情を浮かべた俺に、大志が言った。
「ジョンは命の恩人なんだ」
「恩人?」
「ああ、彼は桜子がお世話になった人の夫で呼吸器科医。ボストンで彼に助けられた」
「お前……ボストンは楽しかったって……大丈夫だったって……」
「……楽しかったよ」
遠くを見るような目をして顔を綻ばせたアイツは、きっとボストンでの日々を思い出していたんだろう。
穏やかで嬉しげで、そして何だか誇らしげで……見ているこちらまで釣られて微笑んでしまうような、そんな笑顔だった。
「最高の1週間だった……行って良かった。楽しい時間を過ごせたのも、無事に帰国できたのも、ジョンのお陰なんだ」
『アメリカの親友に、俺の最後の言葉を届けて欲しい』
そう言われた時、不謹慎にも俺は海の向こうにいる会ったこともない男に嫉妬をしていた。
大志は俺の唯一無二の親友で、大志にとっても俺がそういう存在だと自負していた。
アイツの事なら何でも知っていると思っていたし、実際大志の桜子への気持ちを打ち明けられたのも俺だけのはずだ。
ーーだけど実はそうじゃなかったのかも知れない……。
ボストンで、俺が知らない何かがあった。
『医師』、『命の恩人』、『助けられた』。これらのワードが示すものは、大志の病気だ。
察するに、たぶん大志はボストンで病気の症状が現れて治療を受けざるを得ない状態になったんじゃないだろうか。その時に救いの手を差し伸べたのがDr. Winston。呼吸器科医であったジョンだ。
多分それは桜子には内緒で行われたはずだ。何故なら桜子は帰国するまで大志の病気のことを知らなかった。
何故言ってくれなかったんだ。俺たちは親友だったろ? ボストンで一体何が起こって、ジョンと何を話したんだ?
だけど俺は最後まで大志にそれを聞くことが出来なかった。
カッコつけたりせずに、正面きって聞いておけば良かった。
しつこく食い下がればアイツだって話してくれたかも知れないのに……。
不完全燃焼のような心残りのような……そんな気持ちを抱えたまま、だけどどうしようもないと諦めていたある日、天恵がもたらされた。
『トウマ……ボストンに来ないか。君と話したいことが沢山あるんだ』
思ってもいなかったジョンからの誘い。
『俺も……あなたと話をしたいです』
迷うことなくそう答えていた。
*・゜゚・*:.。..。.:**・゜゚*・・**:.。. .。.:*・゜゚・*
『ボストン旅行記』、桜子と冬馬の新婚旅行、そして冬馬とジョンが大志を偲ぶお話です。
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