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<< 外伝 John Winstonへの手紙 >>

7、See you again (1)

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 6月中旬の週末、裏庭のレンガ敷のポーチでガーデンチェアに座って寛いでいると、スライドドアがスッと開いて家からメアリーが出て来た。
 彼女は笑顔で自分のスマートフォンを差し出して来る。

「なんだい?」
「電話よ、サクラから」

「えっ、私に?」

 メアリーとサクラは仲良しで、月に数回の割合でメールのやり取りをしている。

 実を言うと、サクラが日本に帰国してすぐに、『無事に日本に着きました』とショートメールがあったきりしばらく連絡が途絶えていた時期があったのだけれど、5月の中旬に『兄へのお花をありがとうございました』と御礼のメールが来たのを皮切りに、再びメアリーとメールでの交流が続いていたのだ。

ーーサクラと私が電話で話すなんて初じゃないか?

 私もサクラを気に入っているけれど、彼女はあくまでメアリーの親友だ。私が彼女と直接連絡を取ることは無い。そのサクラがわざわざ私と話したいなんて、どういうことだろう。

 すぐに頭に浮かんだのはタイシのこと。

ーーだけど彼女は、彼と私の秘密を知らないはずだ……。

 一瞬の間でめまぐるしく考えながら、メアリーからスマホを受け取り耳にあてた。

「Hi、サクラ?ジョンだ」
『ジョン、お久しぶりです。お元気でしたか?』
「ああ、お陰様でね」

『あの……実は私、このたび結婚しまして……』

ーーサクラが結婚したのはタイシが亡くなった直後、今から1ヶ月以上も前だったはずなのに、今頃改めてその報告?わざわざ私に?

 訝しく思いながらもサクラの話に相槌を打つ。

「ああ、彼の親友と一緒になったんだったね。良かった、おめでとう」

「それで、私の夫の……冬馬がジョンとお話したいって言ってるんですが、いいでしょうか」

「トウマ?!」

 その名前を聞いた途端、胸がドクンと鳴った。


『冬馬は俺が唯一涙を見せられる相手なんですよ』
 
『俺の本当の気持ちは既に俺の親友に託してあるのです』

 それはボストンのオフィスで何度も聞いた名前。そして名前こそ書かれていなかったけれど、タイシの手紙で心から信頼出来る相手として触れられていた男性だ。

 サクラが結婚した相手がタイシの親友の『トウマ・ヒノ』だと知った時も、おめでとうという気持ちと同時に、タイシの事を考えて切ない気持ちになったものだった。
 こんな不謹慎なことはメアリーにさえ言えないけれど……。


「もちろんだよ! 私も彼とは是非話してみたいと思っていたんだ!」

 食いつき気味に答えると、その後少し静かになってから、耳に心地よいバリトンボイスが聞こえて来た。

『ハロー、Dr.ウインストン? 私はトウマ・ヒノです。初めまして』

「ジョンと呼んでもらって構わないよ、Mr.ヒノ。君のことはタイシから聞いていた」

『それでは私のこともトウマ……と。……少し失礼します』

 しばらく声が途絶えてからバタンとドアが開閉する音、そしてギッとスプリングが軋む様な音……椅子に座ったのかも知れない。


『失礼しました。自分の部屋に移動したので……』

「近くにサクラはいないのかい?」

『はい……俺だけです』

ーーということは、やはりタイシに関すること……か。

『タイシがボストンから帰って来た時、楽しかった、最高の1週間だった……と言っていて、俺もそれを信じていました。ですがタイシからあなたへの手紙を託された時に、『ジョンは命の恩人だ』、『彼に助けられた』、『アメリカの親友だ』と言っていて……』

「ああ、私にとってもタイシはかけがえのない日本の親友だよ」

 そこで何故か、トウマが不自然に黙り込んだ。
 言いにくいことでもあるのかと耳を済ませていると、一つ息を吸い込むような音がしてから、再び低めの声が聞こえだす。


『俺は大志の親友で、アイツの事なら何でも知っていると思っていました。だけどボストンで何があったかは最後まで教えてくれなかった』

「そりゃあ親友だからって全てを打ち明けなくてはいけないという決まりはないからね」

『分かっています。だけど、あなたは医師だ。もしかしたら……ボストンで大志はあなたの治療を受けたんじゃないですか?』

「……医師には守秘義務がある。それにタイシが君に何も言わなかったのであれば、それが全てだろう」

 途端に向こうが黙り込み、電話の向こうで絶句したのが分かった。
 暫くしてから溜息の後で声がした。


『……失礼を承知で言わせて下さい……俺は……悔しいです』

ーーえっ?

 悔しい……とはどういう意味だ? 彼の言っている意味が分からない。
 とりあえず彼の言葉の続きを待つ。

『大志は病気になった事も、プライベートな悩みも、いつだって俺に打ち明けてくれていました。だけどボストンでの出来事どころか、あなたの存在でさえ、手紙を預けるその瞬間まで内緒にしていたんです』

「それで、『悔しい』……と?」

『はい……笑って下さって結構ですが……俺はあなたに嫉妬しています』

ーー嫉妬だって?

「ちょっと待ってくれ、言っている意味が分からないんだが……もしかしたら君は……タイシのことを?」

 まさかゲイなのか?……と言う前に、トウマの方が焦った口調で弁明してきた。

『いえっ、大志のことは好きですが、恋愛感情とかそういうのでは無く、俺が愛しているのは桜子でっ……!』

 自分が大志の一番の親友で誰よりも近い間柄だと思っていたのに、ボストンでの事を秘密にされ、しかも大志が私の事を『アメリカの親友』だなんて言ったものだから、悔しく思ったのだと言う。
 つまり、親友としてのジェラシーだ。


『出会ってたった1週間で親友と呼び、手紙まで残すなんてよっぽどです。あなたと是非話してみたいと思っていたところに、桜子がメアリーさんに結婚報告の電話をすると言うものですから……』

 それに便乗して電話を代わってもらったということだった。

「それは……奇遇だな。私も君と話してみたいと思っていたんだよ」
『えっ?』

「実を言うと、私も君に嫉妬していたのでね」

 なんと言うことだ。
 私がトウマに対して抱いていたのと同じ感情を彼の方も持っていたなんて!

 オフィスで点滴の合間に何度も聞かされた『トウマ』の話。
 タイシが宝物のサクラを託すほど信頼している男。
 きっと彼にだけはサクラへの気持ちも全部打ち明けているのだろう。

ーー私には最後まで言わなかったのに……。


「トウマ、確かに私とタイシは短い期間で心を通わせ合い親友となった。だけど本当に大切な……彼にとって一番重要なことは最後まで打ち明けてもらえなかったんだ。彼は、『タイシに俺の想いと桜子の未来を全部預けました』と言っていた。彼にとって一番の親友は、やはり君なんだよ。悔しいけれど、私は『アメリカの親友』でしか無いんだ」

『大志が……そんなことを……』

 電話の向こう側でトウマが泣いているような気がした。いや、きっと本当に泣いているんだろう。
 だって、『そうだったんですか』……と短く答えたその声が震えていたから。
 その直後に黙り込み、鼻を啜る音だけが聞こえてきたから。


 ふと、タイシの言葉を思い出した。

『俺はアイツに重たい荷物を背負わせてしまったから、何処かで信頼出来る誰かに打ち明けて楽になって欲しい。
 ジョン、あなたがその役目を引き受けてくれるなら、嬉しいと思う』


 だからその次の言葉も、すんなりと口から滑り出た。

「トウマ……ボストンに来ないか。君と話したいことが沢山あるんだ」
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