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<< 外伝 John Winstonへの手紙 >>

5、秘めた想い

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 ほんの4日間ほどの付き合い、しかも点滴の合間の会話だけなのに、私とタイシの間には、奇妙な友情が芽生えていた。

 タイシは若いのに博識で、しかも会話術に長けていた。こちらの心を読み取りながら時折ユーモアを交えてくる彼との会話は、打てば響くような心地よさがあり、私の楽しみな時間となっていた。

 同時に彼の方も心を開いてくれていたのだろう。
 ポトンポトンとゆっくり落下する点滴の液を見つめながら、タイシは両親が交通事故で亡くなったこと、そのあとすぐに父親の弁護士事務所を引き継いだこと、そして今はそこを自分の代わりに支えてくれている親友のこと……なんかを話してくれるようになっていた。

 私たちは人種も年齢も時間も超えて、心を通わせる友人となったのだ。
 


「冬馬は俺が唯一涙を見せられる相手なんですよ。アイツは強くて優しいやつだから、俺の痛みや苦しみをどれだけぶつけても黙って受け止めてくれる……要は俺が甘えてるだけなんですけどね」

「いや、タイシが正直に気持ちをぶつけている分、親友である彼の方だって本音が晒せているはずだ。お互いに支え合える素晴らしい関係ってことなんだと思うよ」

「そうだといいんですけどね……こんなボロボロの身体になった俺がアイツにしてやれることなんて……何一つない」

 タイシの話によく登場する『トウマ』は、大学時代からの親友で、2人は深い絆で結ばれているようだった。
 自分の病気のせいで負担を掛けていることを申し訳ないと思っているからだろうか、『トウマ』を語る時のタイシは嬉しそうでもあり、何故か酷く苦しそうにも見える。
 実際今もタイシの瞳は切なげに潤み、どこか遠くを見ているようだった。


「とうとう明日の朝には帰国してしまうんだね。せっかく知り合えたのに残念だよ。もっと話をしたかった」

 私が空気を変えるように別の話題を振ると、タイシは漸く笑顔を浮かべ、私と視線を合わせた。

「今度は日本に来て下さいよ、メアリーと一緒に。その頃には俺はもういないだろうけど……桜子と大志がいる」

「君にも是非待っていて欲しいものだね。ああ、その時には下の息子も連れて行こう。上のはもう結婚して総合病院で医師として働いているんだが、ジョセフはサクラにゾッコンでね」

「ジョセフ?!」

 タイシがピクリと片眉を上げて、『それは誰だ』という目で見てくる。

「ジョセフはメディカルスクールに通っていてまだ22歳なんだが、サクラのことを年下の交換留学生だと思い込んでいたらしい。あの艶のある黒髪と切れ長の目がキュートだってすっかり気に入って、今はアメリカで就職するよう彼女を必死に口説いてる最中なんだ。ジョセフが兄である君のお眼鏡にかなうかチェックしてもらわなきゃね」


「No way! (とんでもない!)」

ーーえっ?!

 驚いたことに、場を盛り上げるためのちょっとした冗談に、タイシが激しい反応を示した。

 ガバッと起き上がったために点滴のチューブが引っ張られてピンと張る。

「……痛っ!」
「タイシ、点滴の針がズレる!ジッとしてなきゃ駄目だ!」

 背中を支えて無理矢理元の体勢に押し戻すと、

「桜子は誰にもやらない」
 タイシは低くてドスの効いた声で呟く。

「ジョン、俺は桜子と日本で再会することだけを楽しみに命を繋いでるんだ。いくら恩人の息子であろうとも……桜子は絶対に渡さない」

「タイシ……」

 私がゴクリと唾を飲み込むと、

「な~んてね!」

 タイシは途端に表情を崩してニッと笑ってみせる。

「ハハッ、桜子はうちの事務所の大切な戦力だからね、簡単に譲り渡すわけにいかないんですよ」

 先程の怖いほど鋭い目つきや強張った表情が嘘みたいに、今度は一転して白い歯を見せて豪快に笑いだして……その姿が、逆になんだかわざとらしくて、大きな違和感となった。

ーーなんと言うか、妹相手にしては……。

 まるで大切な恋人に対する反応みたいな……。

 初めて会ったあの日の、彼との会話がフラッシュバックする。

『いえ。桜子との時間の方が大切ですから』

『どうか桜子には内緒にして下さい。アイツがせっかく頑張ってくれてるんで』

『それに俺、アイツに通訳してもらうのが嬉しいんです』

『アイツにそんな醜態を晒すくらいなら、舌を噛み切って死ぬ方を選びますよ』


ーー妹相手に、まさか……な。

「タイシは……本当にサクラを大切に思っているんだね」
「はい。何よりも、誰よりも……一番大切な俺の宝物です」

 躊躇なく即答する彼を横目に見ながら、左腕から点滴の針をスッと抜いてアルコール綿を充てる。

「君には恋人はいないのかい?」

 そう言えば、日本に待たせている女性ひとがいるのかどうか、タイシに聞いたことが無かった。
 彼があまりにもサクラのことしか眼中にないみたいだったから、今の今までその考えに到りもしなかったのだ。
 
 アルコール綿をテープで留めて固定しながらチラリと顔を窺うと、タイシは自虐気味に唇の端を上げ、何も無いのに白い壁をジッと見つめている。

「そんなの……いらないです。俺に残された時間は全部、桜子のもんですから……」

 キッパリと言い切る彼の目には、一片いっぺんの迷いも見られなかった。


ーータイシ、もしかしたら君は……。

 喉元まで迫り上がってきた言葉を飲み込んで、何気ないフリを装い点滴を片付け始める。

「明日は何時の便で発つんだい?」
「午後12時20分です」

「明日の朝、もう一度ここに寄れるかい? 長時間のフライトはキツいだろう。出発前にもう一度点滴をしておいた方がいい」

「お心遣いに感謝します。本当に良くしていただいて……」

「君の強い想いに心を動かされただけだよ。私が勝手に押し付けた親切だ。全く気に病む必要はない」
「ありがとうございます……」

 タイシは丁寧に感謝の言葉を述べると、握手を交わしてからオフィスを出て行った。
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