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<< 外伝 John Winstonへの手紙 >>

3、 タイシ・ヤガミ

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 私がタイシと出会ったのはボストンで有名なシーフードレストランだった。
 妻のメアリーが教師をしているESOLクラスの生徒であるサクラとその兄と、一緒にディナーをとることになったのだ。

 サクラはメアリーのお気に入りで、その前に4度ほど我が家に遊びに来たこともある。
 日本人はシャイだと聞くが、サクラは本当に控えめで、名前の『チェリーブロッサム』そのままの儚げで可憐な少女だった。

 いや、23歳のレディを少女と呼ぶのは失礼なのかも知れないが、彼女はどう見てもまだティーンエイジャーのようで、ハイスクールを卒業したばかりだと言っても十分に通用しそうな外見だったのだ。
 日本人は小柄だし肌がきめ細かいから、大抵実年齢よりも幼く見える。

 実際、ハーバードを卒業後にメディカルスクールに通っていた下の息子は、サクラに初めて会った時に彼女をハイスクールの交換留学生だと思い込んでいた。

『ハイスクールを卒業したらこっちの大学においでよ。そして俺と付き合って』

 そう言って真剣に口説いて、メアリーにいきなり過ぎると叱られていた。
 その直後にサクラ本人からも、『日本の兄の事務所で働くのが夢ですから』とアッサリ振られていたが。

 
 そういう訳で、可愛いサクラの兄が遠路はるばる日本から会いに来ると聞き、メアリーは是非ともディナーを一緒にと提案した。
 先方が兄を連れてくるのなら、こちらも男性同伴がマナーだろう。
 サクラの兄が行きたがっていたというレストランを予約して、当日は私もメアリーに付き添って出掛けたのだった。


「I’m John, Mary’s husband, nice to meet you (はじめまして、メアリーの夫のジョンです)」

「I’m Taishi, nice to meet you.(大志です。はじめまして)」

 初めて会ったタイシは、サクラ同様若々しく幼い顔付きをしていたけれど、日本人にしては彫りが深く、目元のぱっちりとした美男子だった。
 背が高くて脚が長く、そしてかなり細っそりした体型。
 笑顔が柔らかくて華やかで、『彼はモテるな』と直感的に思った。

 ただ気になったのは、その異様な痩せ具合と顔色の悪さ、そして目の下のくまと頬のけ具合だ。

 呼吸器科医師という職業柄、病気の患者を多々診てきている。彼の風貌は患者のそれ……しかもただの風邪や体調の乱れとは違った不吉な症状を思わせるものだった。

ーー病気を患って完治した後……なのか?

 大きな手術か何かをした後なのかも知れない……。

 まさか末期癌の告知をされた後で治療そっちのけで妹に会いに来たなんて思いもしなかった私は、病気が治って落ち着いたところでサクラの顔を見に来たのだろうと、1人で勝手に想像していたのだ。


 タイシは英語が得意では無いらしく、会話はサクラの通訳で進んでいた。
 その割には私たちの会話のタイミングに遅れることなく笑ったり相槌を打ってくるから、実際は英語が理解出来ているのでは? とも思ったが、わざわざそんなフリをする理由も見当たらない。

 あまり深くは考えず、サクラに通訳されてニコニコ嬉しそうに頷いている彼を、そっと観察するに留める事にした。

 
 私たちがオーダーしたのはボストン名物のシーフードの数々。
 生のオイスターやクラムチャウダーにカクテルシュリンプなどが所狭しとテーブルに並び、ボイルされた特大のロブスターは私が捌いて皆に取り分けていく。

 最初に「おやっ?」と思ったのはビールで乾杯した時。
 彼はグラスを合わせた後で口をつけるフリをして、すぐさまグラスを置いたのだ。

 最初に運ばれてきたカクテルシュリンプは2匹のみ。丸いパンは半分。
 たったそれだけ口にしただけで、彼は胃を押さえて顔をしかめた。

ーー食欲が無い……のか?

 あからさまにジッと見ていた私の視線に気づき、タイシが苦笑しながらサクラに日本語で何か言う。

「実は兄は時差ぼけのせいであまり食欲が無いんです」

 サクラの話を聞いて私が頷いて見せると、タイシはカップ1杯のクラムチャウダーをスプーンで掬って口に運び、
「good!」と笑顔を浮かべながら、私に向けて親指を立ててみせた。

 続いて皿に取り分けてあったロブスターを美味しそうに食べ、レモンを搾った生のオイスターを口にしたところで……

「Excuse me...(ちょっと失礼します…)」

 彼が口を押さえて席を立った。
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