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28(ラスト)、八神大志への言葉
しおりを挟む手を合わせたままでゆっくりと顔を上げると、もう一度墓石をジッと見つめる。
「それにしても先生は酷い人ですね。アレをしろコレをしろって散々頼みごとをしておいて、お別れの法要には呼んでくれないなんて」
四十九日法要は桜子さんと日野先生の2人だけで行うというのが八神先生の希望だったという。
それを聞いた時には少し寂しい気もしたけれど、今となってはその方が良かったのかも知れないな……と思う。
1人でここに来たことで、人目を気にせずこうしてゆっくりお話する事が出来るのだから。
「先生、桜子さんは今度こそ本当に日野桜子さんになりました。結婚式は無しですけど、今度ウエディングドレス姿の写真だけ撮りに行くそうですよ。忙しいから新婚旅行はしばらくお預けですって。あの2人らしいですね」
ーーあとは……。
他に言い残した事は無かったかとしばらく考える。
ーーあっ、そうそう!
「先生……謀りましたね」
桜子さんが私と日野先生の会話を立ち聞きしてしまった翌日、揃って事務所に出勤して来た2人は、照れ笑いしながら事の顛末を交互に聞かせてくれた。
あの日、家に帰った日野先生は全てを包み隠さず話し、お互いの本音を曝け出してじっくり話し合ったのだそうだ。
「私と日野先生がお付き合いしてるだなんて……よくもそんな作戦を思いつきましたね」
桜子さんがやけに私に対しておどおどしていると思ったら、私が日野先生の恋人なのだと思い込んでいたのだと言う。
『お兄ちゃんの勝手な思い込みで、私まで勘違いしちゃって……』
桜子さんははにかみながらそう言ったけれど、これは思い込みなんかじゃない、八神先生の確信犯だ……と思った。
チラリと日野先生を見ると、彼は苦笑しながら黙って頷いてみせた。
その瞬間に、私の頭の中で、一枚のパズルが綺麗に完成した。
ーーそうか……そうだったんだ……。
「八神先生、私、漸く分かりましたよ。先生は日野先生に自分が桜子さんを好きだと教えて牽制しつつ、陰では桜子さんに私が日野先生の彼女だと信じ込ませて分断工作を謀ってたんですね」
一方の日野先生は、自分の恋心を八神先生に見抜かれているとも知らずに、必死に気持ちを押し殺そうとしていた。
どう見ても恋心がダダ漏れだったのに、当の本人と桜子さんはそれに気付かずに、両片想いの状況を長く引き摺っていたというわけだ。
「先生のせいで、あの2人はずいぶん遠回りしちゃいましたよ。まあ、それが先生の狙いだったんでしょうけど」
まさしく八神大志の作戦通り。
私たちはみんな彼の手の中で転がされていたのだ。
「先生の悪知恵には呆れるよりも感心しちゃいましたよ。八神先生と日野先生のコンビだったら無敵だったのに……なんて、私も未練がましいですね」
そんな八神先生でさえ、まさか日野先生が遺言だなんて嘘をついて、桜子さんをモノにしちゃうなんて未来は想像していなかっただろう。
ーーまあ、それだけ日野先生が桜子さんにゾッコンだった……っていうことなんでしょうけど。
「あっ、そうそう。私、お付き合いしていた彼とはお別れしました」
前から薄々気付いてた。
あの人は私には愛情を持ってくれているけれど、息子には同じように愛情を向けてくれてはいない。
結婚をせがまず金払いの良い私との関係が心地いいだけだって分かっていながら、1人になるのが寂しくて、ズルズルと関係を続けていたけれど……。
「私には息子がいて、素晴らしい仕事の仲間だっているのに、どうして1人ぼっちだなんて思ってたんでしょうね」
だけど漸く前に進む事が出来た。
八神大志からの手紙の……
あなたの言葉で前に進む勇気を持てたんです。
『駄目ンズ好きだなんて自分で枠を作らずに、選択の幅を広げてみてはどうだろうか』
『まだまだこれからの可能性があるあなたには幸せになって欲しいと思うから』
ーーそうですね……。
3つばかり歳下で、地位もお金も美貌もあるのに、愛する妹を誰よりも想い、大切な親友のために身を引くような、賢くて不器用な男……。
最期まで想いを告げられずに悶々と悩み苦しむような駄目な男がいいかも知れないですね。
そう、そんな人がこの世にいてくれたら……きっと本気で好きになっていたでしょう。
そんないい男はなかなか現れないと思うから……しばらくはせいぜい後輩の指導に全力を尽くします。
ーー先生、あなたの大事な……あなたが命よりも大切だと言ったあの人たちは……今はとても幸せですよ。
そして私も……。
「八神先生、ありがとうございました」
くゆる線香の煙の向こう側で、八神先生が太陽のような笑顔を浮かべているのが見えたような気がした。
Fin
*・゜゚・*:.。..。.:*.。.:*・・**・゜゚・*:.。.. .。.:*・゜゚・*
『外伝 水口麻耶への手紙』これにて完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
あとは『外伝 ジョンへの手紙』、大志の最期、桜子と冬馬のその後……で(たぶん)終了かと思います。
こちらは全部短くササッと終わる予定です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
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