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<< 外伝 水口麻耶への手紙 >>
23、ストーカー事件 (2)
しおりを挟む玄関を開けた途端に顔を出したのが母ではなくて日野先生だったことで、アイツは度肝を抜かれたらしい。目を大きく見開いて一瞬声を失った。
「おっ……お前は誰だ! 麻耶の新しい男なのか?!」
私の裁判を担当していたのは八神先生だったから、コイツは日野先生のことを知らない。
だから彼を私の恋人だと思ったのだろう。
目を血走らせて睨みつけた。
「麻耶! お前、もう浮気しているのか!」
奥から顔だけ覗かせている私に気付くと、玄関に入ろうとグイッと身体を押し込んで来る。
だけどその前に日野先生が立ちはだかった。
日野先生は胸ポケットから名刺を取り出すと、アイツの目の前にスッと差し出して、冷静な口調で告げた。
「『日野法律事務所』の日野と申します。この度は水口麻耶さん及びその御家族の代理人としてお話をさせていただきたく……」
相手が弁護士だと分かると、今度は顔色を変えて私に懇願する。
「麻耶、俺が悪かった!俺はただやり直したいだけなんだ。話をしよう!」
「接近禁止命令によりあなたが彼女に近付くことは禁止されています。そして今後は同じく彼女の家族にも保護命令が出されます。2度とこちらに立ち寄らないでいただきたい」
「なっ……!」
「それと……今あなたがしていることは住居侵入罪ですよ。今すぐ玄関から出ていかなければ警察に通報します。それとも私が警察に連れて行きましょうか?」
体格のいい日野先生にズイッと詰め寄られ、アイツは唇を戦慄かせながら踵を返して去って行った。
「先生、ありがとうございました」
漸く廊下に出て日野先生に御礼を言うと、先生は「全ての手続きを終わらせるまでは油断できない」と厳しい表情を崩さなかった。
そして私の母に、
「水口さん、アイツがまた戻って来るかも知れないから、今日は念のためもう少しここにいさせてもらっていいですか?」
そして明日の朝イチで、先生の同期の弁護士事務所に行って保護命令の手続きをすることになった。
「ちょっと失礼」
先生がスマホを片手に立ち上がったのは母と私が夕食の支度をしている時で、私は『ああ、愛妻へのラブコールね』と思いながら、「どうぞごゆっくり」と声を掛けてモツ鍋を煮込んでいた。
暫くしてから居間でテレビを見ていたはずの彬の姿が見えないことに気付き、慌てて姿を探すと日野先生を追って廊下に出ていた。
今日1日一緒に過ごしているうちにすっかり懐いてしまったようだ。
「日野せんせ~!」
彬が大声を出しながら近付いて行くと、日野先生は驚いて一瞬だけスマホから顔を離し、こちらを向いた。
「こら、先生はお電話中だから邪魔しちゃ駄目でしょ!」
私が慌てて抱え上げると、彬は足をバタつかせて抵抗する。
「やだ!せんせ~!」
私がペコリと頭を下げて居間へと戻る途中、後ろから
「いや、あの……水口さんの御実家がこっちでね。彼女のお母さんが夕食を準備して下さって……」
しどろもどろになりながら説明している日野先生の声が聞こえた。
ーー初々しいわね。弁護士の日野先生はあんなに堂々としてるのに。
私はクスッと笑いながら廊下に続く擦りガラスのスライドドアを閉めた。
「すいません……今から帰ろうと思います」
「「えっ?!」」
電話を終えて帰って来るなりそう言った日野先生に、私と母は驚いて振り向いた。
「保護命令の手続きは俺が責任を持ってこちらの弁護士に頼んでおきます。なので……まずはこちらの書類を読んでサインだけいただけますか?」
座卓の上に書類を広げると、母にペンを渡して次々とサインを促して行く。
時刻は午後6時半。
「先生、今から帰るって、飛行機は明日の予定だったんじゃ……」
「今夜の21時の便が取れたんだ。これからこの書類を同期の家に置いて、そのまま出発します。お母さん、お料理すいませんでした。今後のことは俺の知り合いにお任せ下さい。それでは」
早口で一気に告げると、足元に纏わりついている彬の頭をクシャッと優しく撫でて出て行った。
私と母は呆気に取られて暫く玄関でボンヤリしてから、顔を見合わせてクスッ笑い合う。
「日野先生ね、新婚さんなの」
「あら、それじゃあ1泊だってしたくないわよねぇ」
日野先生をあんなに焦らせる桜子さんは、やっぱり凄い女性だ……と思った。
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